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Netflix韓国ドラマ『エマ』(全6話)あらすじと解説/1980年代の韓国映画界の光と影をイ・ハニをはじめとする巧みなキャストで描く

韓国ドラマ『エマ』はスタイリッシュな犯罪アクション映画『毒戦 BELIEVER』(2018)や、『PHANTOM ユリョンと呼ばれたスパイ』(2023)などの作品で知られるイ・ヘヨン監督の初のドラマシリーズ演出作品だ。

 

1982年に韓国で実際に公開され、大ヒットした映画『Madame Aema(愛麻夫人)』を題材に、1980年代の忠武路(チョンムロ)で映画制作に関わった人々の光と陰がコメディタッチでエネルギッシュに描かれる。

 

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主演のイ・ハニが演じたチョン・ヒランは当代最高のスター俳優だが、「脱セクシー女優」を宣言し映画会社の社長に逆らったため、助演に降格されてしまうという役柄。一方、オーディションでチョン・ヒランに変わる主演女優に選ばれた新人俳優シン・ジュエ役を演じるのは『地獄でも大丈夫』(2022)のパン・ヒョリン。彼女自身、オーディションで2000人余りの応募者の中から選ばれた。

 

会社存続のためには手段を選ばない映画会社のプロデューサー、ク・ジュンホに、『エクストリーム・ジョブ』でイ・ハニと愉快なコンビネーションを見せたチン・ソンギュが、また、『愛麻夫人』で演出家デビューする新人監督クァク・イヌをドラマ『D.P.ー脱走兵追跡官—』(2021)や映画『サムジンカンパニー1995』(2020)などで知られるチョ・ヒョンチョルが演じている。チョ・ヒョンチョルは、実生活においても『君と私』(2024)で映画監督・脚本デビューを果たし、2024年・第45回青龍映画賞で最優秀脚本賞と新人監督賞を受賞した。

 

また、Netflixの「脱出おひとり島」シーズン2(2022~23)で注目されたイ・ソイが、女優志望でク・ジュンホの愛人ファン・ミナに扮している他、Netflixドラマ『トリガー』(2025)で最初の大量殺人犯となる公務員試験浪人生を演じたウ・ジヒョンが雑用をこなす新星映画社の部長を演じている。

 

韓国ドラマ『エマ』(全6話)は2025年8月22日よりNetflixで配信中。

 

目次

 

Netflix韓国ドラマ『エマ』(全6話)作品情報

(C)Netflix

2025年/韓国/全6話(47~68分)/原題:애마(英題:Aema)/配信:Netflix

監督・脚本:イ・ヘヨン 製作:パク・ウンギョン、イ・ヨンヨン 

出演:イ・ハニ、パン・ヒョリン、チン・ソンギュ、チョ・ヒョンチョル、ヒョン・ボンシク、ウ・ジヒョン、パク・ヘジュン、イ・ソンウク、チョン・ナムス、アン・ギルガン、イ・ジュヨン、キム・ジョンス、イ・ホンネ、キム・ヘファ、キム・ソニョン、パク・ソンヨン、イ・ソイ、

 

Netflix韓国ドラマ『エマ』(全6話)あらすじ

(C)Netflix

トップ女優のチョン・ヒランは、長年、新星映画社の社長ク・ジュンホと組んで来たが、それは新人の頃に交わした契約に縛られ、どうしても中途解約できなかったからだ。だがその契約もあと一本となり、最後の脚本が送られてきた。目を通したヒランは、「脱ぐ」という描写が頻繁に出て来る露出が多すぎる内容に辟易し、「もう脱がない」宣言をする。

 

それを聞いたク・ジュンホンは激怒し、ヒランを主演から降格させ、主役を選ぶオーディションを開催するようクァク・イヌ監督に命じる。さらにヒランの役柄を最低の嫌な女にするようにと付け加えた。

 

だが、応募してきたのはわずか数人で、これといった人材はみつからなかった。肩を落とす監督のもとに現れたのは、オーディションを受けるつもりだったが、仕事の関係で時間に間に合わなかったというシン・ジュエという女性だった。彼女は、タップダンスを披露し、監督はたちまち彼女に魅了される。

 

こうして無名の新人女優ジュエが主役のエマ役に決まるが、面白くないのは脇役に格下げされたヒランだ。ヒランはジュエにきつくあたり、両者の間には張り詰めた緊張感が漂っていた。

 

イヌ監督はこれが初めての監督作で、脚本も自身が担当していた。彼は、官能的なシーンを入れるという条件を満たしながらも女性の視点からみた芸術的な作品を追求したいと考え、一方、ジュンホンは、刺激的なシーンをいっぱい詰め込んだヒット作を望んでいた。

 

クランクインが近づいてきた頃、政府から脚本に検閲が入り、何十か所もの訂正を要求してきた。セクシーな映画のはずなのに、ほとんど露出が許されない状況だ。イヌ監督はパニックになりかけるが、支持された箇所の訂正に忙殺される。

 

いよいよクランクイン。だが、ジュエは緊張し、思うような演技ができず、呆れたヒランは代役をたてて現場を離れてしまう。その後も二人の関係はギスギスしたままだった。

 

だが、やがてジュエに敵意を抱いていたヒランも、彼女の並々ならぬ決意と覚悟を知ることとなり、あぶなっかしさを宿す彼女にアドバイスするようになる。明らかに二人の関係には変化が起きていた。しかし、ジュエには演技とは関係ないことで思いもよらぬ試練が訪れる・・・。

 

Netflix韓国ドラマ『エマ』(全6話)感想と解説

(C)Netflix

ソウル・忠武路(チュンムロ)は、かつては「映画の街」と呼ばれた映画文化の中心地だった。

Netflixで配信中の韓国ドラマ『エマ』は、そんな忠武路を舞台に、1980年代初頭に大きな転換期を迎えた韓国社会と映画業界の実態を浮かび上がらせながら、トップスターと新人女優が一つの映画を通してぶつかり合い人生と信念をかけて奮闘する姿を描いている。

 

その一つの映画とは、1982年に韓国で公開され大ヒットした「性映画」の代表格、『Madame Aema(愛麻夫人)』だ。当時、この作品は大ヒットして12作もの続編と数々の関連作品を生んだことで知られている。初期の作品の主人公を演じたアン・ソヨンは『エマ』の第六話に特別出演している。もっとも『エマ』は『愛麻夫人』を基にしているが、ドラマの中の人物たちはすべて仮想のキャラクターだ。

 

『エマ』は、トップ女優でありながら「もう脱がない宣言」をしたために助演に降格されたチョン・ヒラン(イ・ハニ)とオーディションでヒロインに選ばれた新人女優のシン・ジュエ(パン・ヒョリン)の対立を軸に進行する。

表情など全てオーバーアクションで演じるイ・ハニが抜群のコメデイエンヌぶりを発揮しながらパン・ヒョリン扮するジュエをじわりといじめるのだが、パン・ヒョリンも負けてはいない。このようにドラマは、一見トップスターと新鋭女優のバトルを描く愉快なコメディのように展開するが、第二話になると、当時の映画製作内幕ものという違った局面へ向かい始める。

 

1980年から1988年までの韓国は、全斗煥大統領の権威主義軍事政権下にあり、1980年には光州事件が起こったように、この時代、市民は強い政治的抑圧を受けていた。全斗煥政府は大衆の反発を抑え、政治への関心をそらすため、Sports(スポーツ)、Screen(スクリーン=映画など)、Sex(性)という3つのSを促進する「3S政策」を施行する。

 

当時、映画産業は若者からそっぽを向かれ、テレビにも押され、暗黒時代にあったが、プロデューサーのク・ジュンホン(ジン・ソンギュ)はこれは起死回生のチャンスだとばかり、韓国初の本格的な成人映画の製作に踏み切る。そんな中、エロチックなアート系映画を目指す監督と、下世話で露骨でも大衆受けしてビッグヒットとなる映画を目指すプロデューサーとの対立が起こるのだが、それ自体は大して珍しいものではない。問題なのは、政府機関の検閲が入ったり、突然、理由もなく撮影中断を余儀なくされることだ。

 

「S」を奨励しておきながら、脚本には数十か所もの訂正命令がつき、内容もほとんどの露出が許されないものだった。それでどうやってエロティシズムを表現するのか。それはほとんど検閲者の気まぐれともいえるもので、まさに創作の自由を認めない「検閲の時代」を表している。

 

こうしてイヌ監督(チョ・ヒョンチョル)の苦悩の日々と悪戦苦闘の映画製作が始まるのだが、そんな中で、難しい場面も堂々と取り組むシン・ジュエの姿がヒランの心を動かしていく。この映画が失敗すればよいとやる気のなかったヒランは考えを改め、新人監督であるイヌ監督に様々な助言を始める。映画はヒランという女性の多様な経験による知恵と聡明さに焦点を当て、彼女の性格を多面的にとらえている。イヌ監督が書いた男性主体の展開を女性の立場から、見事に「エロ・グロ・ナンセンス」な場面へと転換させるシーンがとりわけ秀逸だ。

 

ところが、撮影が終了し、イヌ監督が粗編集をプロデューサーに見せると、内容が気に入らないジュンホンは、彼から編集権を奪ってしまう。出来上がった作品はまったく意図と違ったカオスな作品に様変わりしており、ヒランがフィルムを盗んで焼却しようという事態にまで発展。映画製作の大変さを私たちは実感することになるのだが、『エマ』は単なる内幕ものでは終わらない。

 

『エマ』は、1980年代の韓国を多彩な色感とファッショナブルな衣装で華やかに再構成している。だが、それは映画産業の華やかな外面を強調するためのものであり、その中に隠された搾取構造という暗い部分との対比になっている。

 

ヒランとジュエの対立は抑圧のシステムを共に経験することで徐々に「連帯」へと変わって行く。彼女たちにとって真の敵は、権力をふりかざし女性や労働者を搾取する家父長的システムにあることに気が付くのだ。『エマ』は女性を性的に消費していた映画界全般を批判し、金さえ儲かればと女性を搾取する映画産業の実態を暴き、対抗する二人の女優の連帯と成長を描いた作品なのである。

 

ヒランは奴隷契約のような契約を、まだ業界の仕組みもよくわらかない売り出しのころに交わしたため、悪どいジュンホンに長年縛り付けられている。この『愛麻夫人』を最後に手が切れると思っていたら、主演ではないから法的にまだ契約は終わらないと言われ、ヒランの怒りが爆発する。ジュンホンとのバトルの激しさはイ・ヘヨン監督の『毒戦BELIEVER』を彷彿させるくらいだ。

 

奴隷契約のような契約でアーティストを長年縛り、法的に労働者としても認めないというのは、1980年代のみならず、現在のK-POPなどエンターティンメントの世界でも一部みられる光景だ。また、女優の斡旋問題といえば、フジテレビの一連の騒動を思い出させる。『エマ』の1980年代の忠武路の問題は2025年の韓国や日本にも通じているのである。

 

イ・ハニは、華やかなドレスを纏い、好感度を上げる表情を習得した大スター、チョン・ヒランをコミカルかつスタイリッシュに演じ、一方のバン・ヒョリンは、慣れない業界で搾取と腐敗に直面しつつも、純粋さを失わず強い意志で成長していくシン・ジュエを堂々と演じている。

 

ふたりの天敵となる映画会社の社長でプロデューサーのク・ジュンホを演じたジン・ソンギュも、80年代の映画界の粗暴な有様を体現する人物として圧倒的な演技を見せており、また、普段は言いたいことも言えない気弱な性格なのに、映画に関しては、純粋な情熱を見せる映画監督のクァク・イヌ監督を演じるチョ・ヒョンチョルのさすがの演技も見逃せない。

 

『エマ』はシリアスな主題をコミカルに味付けして、わかりやすく提示しつつ、主演女優たちが美しい衣装をまとい光化門を馬で駆け抜けるような印象的なシーンも盛り込みながら社会の不条理を颯爽と告発している。実にスケールの大きな作品といえるだろう。

 

 

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