アムステルダムの中心地にあるアップルストアで、銃で武装した男が人質を取り、立てこもる事件が発生。人質となったのは、ブルガリアからやって来た男性で、Airpodsを求めて店を訪れた際、事件に巻き込まれたのだ。警察はすぐに特別本部を設け、事件に対処するが、ストアの二階や備品庫にも客が取り残されていることが判明する・・・。
映画『iHostage』は、2022年にアムステルダムのライチェ広場にあるアップルストアで実際に発生した人質事件を基にした犯罪スリラーだ。
監督を務めたボビー・ボーマンスは事件当時、現場のすぐ近くに住んでいたという。ボーマンス監督は事件を時系列に描き、数時間にわたる緊張の時を犯人、人質、警察、それぞれの多様な視点を通して徹底的にリアルに描いている。
Netflixにて2025年4月18日より配信が開始され、世界92か国でトップ10にランクインするなどスマッシュヒットとなった。
目次
映画『iHostage』作品情報
2025年製作/102分/オランダ映画/原題:iHostage/配信:Netflix
監督:ボビー・ブールマンス 製作:サビーヌ・ブライアン、ディエデリック・ファン・ローイェン 脚本:シモン・デ・ワール 美術:ブロリアン・レクテルス
出演:スフィアン・ムスリー、アドミール・セホヴィッチ、エマヌエル・オヘネ・ボアフォ、フォクリン・アウウェルケルク、ローズマリン・ファン・デル・フック、ロビン・ボイスベーン、ルイ・タルプ、マルセル・ヘンセマ、ルス・ハーフェコート、エリック・コルトン、マテオ・ファン・デル・フレイン
※当サイトはアフィリエイトプログラム(Amazonアソシエイト含む)を利用しています。
映画『iHostage』あらすじ
ブルカリアから来たイリアン(アドミール・セホヴィッチ)は列車がアムステルダムに着いたのにも気づかず眠り込んでいた。見知らぬ男性が窓を叩いてくれたおかげで目を覚まし、無事、列車を降りることが出来たが、ホテルに着いてからイヤホンを列車内に置いて来てしまったことに気づき、意気消沈する。
ブルガリアにいる妻に電話をかけると、妻はいい条件の家のチラシをもらったと言う。彼女はずっと家を買いたがっているのだが、イリアンはその金を用立てられない。彼がアムステルダムに来たのも働いて少しでも金を稼ごうという目的があったからだ。
しばらく滞在することもあり、イリアンはAirpodsを買いにアップルストアを訪ねた。店の一番奥に案内され、しばし待って商品を受け取ったその時、ひとりの迷彩服の男(スフィアン・ムスリー)が店に入って来た。
彼は銃を取り出し、天井に向けて発砲すると、今からこの場所は自分のものだと宣言。店内はパニックになり、人々はあわてて店から飛び出したが、イリアンは店の一番奥にいたため逃げそびれてひとり取り残されてしまう。犯人はイリアンの手を後ろ手にしばって彼を人質に取った。
近くをパトロールしていた警官ふたりがすぐに騒ぎに気づき、現場に駆け付け、ショーウィンドウ越しに見える犯人に銃を向けるが、犯人は、体に爆弾を巻いていて、手には自爆装置が握られていた。
犯人は、警官に「交渉人」を呼べと要求。警察内ではすぐに特別本部が組織され、非番だった人々も次々と呼び出され、捜査に加わることになった。すぐにSWATと爆弾処理班が現場周辺に急行するが、この時、警察は新たな事実を知る。店の二階に40名ほどの人が取り残されており、さらに従業員のミンガス(エマヌエル・オヘネ・ボアフォ)を含む4名が鍵のかかる備品庫に隠れていることがわかったのだ。犯人はまだそのことに気づいておらず、知られる前に彼らを救出する必要があった。
そのころ、司令室に交渉人であるリン(ルス・ハーフェコート)が到着。早速男と交渉を始めた。男はリンに、これまでこの国の社会や政府、司法が自分をいかにひどく扱ってきたかということを語り、2億ユーロの暗号通貨と明確な逃走経路を用意するよう要求した。
リンは男との会話の中で、彼の信頼を勝ち取り、彼がアマルという名であることを聞き出す。警察は犯人の身元を割り出すことに成功。アマルには前科があり、精神疾患の疑いがあった。
膠着状態が続く中、備品庫に隠れていた中年の女性が胸をさすりながら苦しみ始めた。ここに彼らが隠れていることを犯人が知れば大ごとになる。だが、このまま放っておくわけにはいかない。ミンガスから連絡を受けた警官たちの間に緊張が走る・・・。
映画『iHostage』感想と評価
(ラストに言及しています。ご注意ください)
本作は2022年2月22日にアムステルダムで実際に起こったアップルストア人質立てこもり事件を描いた作品だが、徹底したリアリズムの手法を取っている。
例えば、これが完全なフィクションであれば、アップルストアを犯人が選んだ理由を膨らませてみたり、人種の問題、政治的イデオロギーなどを重要なモチーフにする選択もあっただろうが、実際の犯人の動機が漠然としていることから、社会的な側面の言及は抑えられている。アップルストアということで期待されるような、スマホ機器などを使ったアクロバット的な展開があるわけでもない(唯一、心電図を図るアップル商品が出て来るが)。
また、ルス・ハーフェコート演じる交渉人、リンが警察側の重要な人物として登場し、エマニュエル・オヘネ・ボアフォ演じるアップルストアの従業員ミンガスという人物もキーマン的な役割を果たすが、彼らも突出した「英雄」として、描かれるわけではない。
本作の目的は、そのような際立った犯人像や、誰もが認める英雄のワンマンショーではなく、犯人、人質、警察それぞれの多様な視点で、事件の全貌を詳細に描くことなのだ。そのため、過剰な人間ドラマや、演出は控え、シンプルにストレートに細部にこだわって製作されている。CCTVカメラや手持ちのハンディカムカメラで撮られた臨場感溢れる映像や、警察のきびきびしたプロフェッショナルな動きを強調し、無駄をそぎ落とした展開は、観る者に終始、ハラハラした緊張感を与える。クールに統一されたプロダクションデザインも現場の切迫した雰囲気をより効果的に伝える役割を果たしている。
事件が長引くにつれ、登場人物たちの個々の感情も次第に明らかになっていく。張り詰めた空気の中で、人質や警官が、それぞれの家族を思う気持ちが、一種の群像劇のように巧みにまとめられている。
事件が意外な形で終結し、人質たちは無事解放されるが、ミンガスは、家まで送ると言って乗せられた警察の車の中で、イリアンは、ホテルに戻ったベッドの中で、どちらも激しく泣き始める。
私たちはアクション映画のラストにいつも爽快感やカタルシスを求めてしまうが、本当に怖い想いをした人たちは、こうしたタイミングで涙が溢れて止まらなくなるのだということを、改めて思い知らされる。
そうした意味でも本作は、恐ろしいほど、リアルに、ストレートに事件をみつめた作品と言えるだろう。