蓮實重彦の『ジョン・フォード論』(文藝春秋)を読むための予習。第二弾は、ジョン・フォード1930年代の作品から『俺は善人だ』と『スコットランドのメアリー女王』の2本をご紹介。
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目次
俺は善人だ (1935)
原題:The Whole Town's Talking 原作:W. R. Burnett W・R・バーネット 脚本:ジョン・スワーリング 撮影:ジョセフ・H・オーガスト 出演:エドワード・G・ロビンソン、ウォーレス・フォード、ジーン・アーサー
エドワード・G・ロビンソンが気の弱いサラリーマン、ジョーンズとギャングのボスの二役をこなしている。
前者は、煙草も酒もしない真面目一方の男で、自分を邪険に扱った警察にも、ギャングにも丁寧に例を言い、ギャングにコーヒーを淹れろと言われたらエプロンをするような男。後者はは冷淡そのもので、この演じわけが素晴らしい!合成画面の不自然さもこれっぽちも感じさせない丁寧な作りになっている。
カーペンター鉄工という会社のオフィス。カメラが右から左へ移動していく。行き着く先は、会社の入り口すぐに座る上司の席。大勢の社員が書類を持って並んでいてダメだしされている。電話がかかってきて急にヘコへこしだす上司。社長からの電話だ。8年間無遅刻無欠勤の社員アーサー・ファーガスン・ジョーンズを昇給させよとのおたっし。ところがその日に限ってジョーンズが来ていないではないか! 上司、メモに書き付けた「昇給」の文字を消し、クビと書き込む。
そのころ、当のジョーンズは、けたたましく鳴るめざまし時計のアラームをとめ、すがすがしい朝を迎えていた。ベッドのそばの壁には憧れの女性社員の写真を貼り、タイプライターには書きかけの小説。バスのお湯をひねり、小鳥のかごにかぶせた布をとる。黒猫もいる。のびをしながら窓の外の景色を眺めると、時計の針が九時を回っているのに気付く。目覚まし時計が狂っていたのだ。あわてて飛び出そうとするが、小鳥と猫に鳴かれて、餌を与え、飛び出していく(ここで、誰もが彼を好きになるだろう)。
こそこそとタイムカードを押し、自分のデスクにつこうとするも、上司に呼び止められ説教をくらう。すぐそのあとに、例の写真の美人、クラーク嬢(ジーン・アーサー)が堂々とタイムカードを押し、くわえ煙草で席につこうとする。彼女はクビを言い渡されるが、堂々としたもの、新聞を広げて読み始める。と、一面に暗黒街の「殺人鬼」マニヨンが脱獄したという記事が目に付く。そこに載ったマニヨンの顔がジョーンズにそっくりなのだ。大騒ぎとなり、ショーンズは写真と鏡に映った自分の顔を見比べる始末。昼はBLUE BIRD CAFEにて食事。クラーク嬢が同席して嬉しい昼食となるが、客の一人が新聞を見て、警察に通報。場面は警察署に変わり、あわてて飛び出していく警官。カフェの前にパトカーが止まって、野次馬でいっぱいの中、ジョーンズは連行されていく。誰もがマニヨン逮捕を信じて疑わない。このとき、同時につれてこられたクラーク嬢が傑作。情婦と間違われ、様々な追求をうけるが、咥え煙草スタイルのまま、皆適当に「Yes」と答え続けるのだ。
会社の社長が来てくれたことで、やっと誤解がとけるが、マニヨンはしたたか。ジョーンズのアパートに先回りして待ち伏せし、検事が与えた身分証明書を取り上げて悪事を働き、ジョーンズのアパートに居座り続ける。
会社や新聞社の思惑に巻き込まれ、新聞に記事を書く羽目になったジョーンズ。ところが実際は新聞社が勝手に記事を書いており、マニヨンのことを「はったり屋」だとした記事が出る。マニヨンに本当のことを教えてやると言われ、そのまま書いた原稿は、内部のものしかわからない記事が含まれているということで、ジョーンズは刑務所に保護のため収監されることに。
しかし、これもマニヨンがうまく利用し、同じく警察に保護されていた自分の敵を暗殺する。そしてついにはジョーンズをだまし、髭で変装させて、銀行に行かせ、警察に射殺させようとたくらむ。このあたり、かなりスリリングだ。
銀行には連絡が行き、マニヨン(と思っている)が来るのを皆が固唾を呑んで待っているのだ。ジョーンズが銀行の手前まで来て、行内に緊張が走る。しかし忘れ物に気付いてジョーンズは引き返し、マニヨンの手下は、戻ってきたジョーンズをマニヨンだと思い込んでいる。
大事な会社の仲間や、クラーク嬢がつかまっていることを知ったジョーンズはマニヨンになりすます。戻ってきたマニヨンを部下たちに暗殺させ、マシンガンをぶっぱなす(この階段のシーン、結構はらはらさせられる)!
お手柄のジョーンズは昇給して、憧れの女性社員と結婚し、共に夢の上海へ行くことに! 素晴らしいハッピーエンド! しかも荷物と一緒に、鳥かごと猫もちゃんといるんですよ!!
スコットランドのメアリー女王(1936)
原題:MARY OF SCOTLAND 原作:マックスウェル・アンダーソン 脚本:ダドリー・ニコルズ 撮影:ジョセフ・オーガスト 音楽監督:ナサニエル・シルクレット 音楽:マックス・スタイナー 出演:キャサリン・ヘプバーン、フレデリック・マーチ、フローレンス・エルドリッジ、ダグラス・ウォルトン
冒頭、扉が開いて、城を守る家臣たちが、X字に入ってくる。部屋に居た人々が整列して扉の前でふた手に別れて陣取ると、イングランドのエリザベス女王がはいってくるのだが、これを正面から撮るのではなく、サイドから撮るのだ。意図的だろう。群衆シーンの多くを引きの構図で撮る一方、メアリー女王のキャサリン・ヘップバーンだけはアップを多用し、その表情をじっくり撮る。雷鳴、バグパイプの音などが、エモーショナルに使われている。
囚われの身となったメアリーが恋しい人が助けに来てくれると夢想するシーン。最後の裁判の場面では裁判官などは異様に高い位置にいて、メアリーを見下ろしている。ラストの処刑シーンなど、世界史を全然勉強していないので、知らなかったのだがこんなに数奇な運命を歩んだ人だったのね。