ヨーロピアン航空の最新型機がアルプスで墜落し、乗客乗務員316人全員が死亡。残骸から発掘されたフライトレコーダー(通称「ブラックボックス」)を航空専門家が分解していく姿を描くサスペンス映画『ブラックボックス 音声分析捜査』。
2014年の映画『イヴ・サンローラン』で天才デザイナーを演じ強烈な印象を残したピエール・ニネが主人公の分析捜査官マチューを演じている。
目次
『ブラックボックス 音声分析捜査』作品情報
2021年製作/129分/G/フランス
原題:Boite noire
監督:ヤン・ゴズラン
出演:ピエール・ニネ。ルー・ドゥ・ラージュ、アンドレ・デュソリエ、オリヴィエ・ラブルダン
『ブラックボックス 音声分析捜査』のあらすじ
ヨーロピアン航空の最新型機がアルプスで墜落! 乗客・乗務員316人全員の死亡が確認される。司法警察の立会いの下、航空事故調査局の音声分析官が、ボイスレコーダー、通称“ブラックボックス”を聴く。
いつもなら責任者のポロックに同行するのは、最も優秀なマチューだったが、天才的なあまり孤立していた彼は外されてしまう。だが、まもなくポロックが謎の失踪を遂げ、引き継いだマチューは「コックピットに男が侵入した」と記者会見で発表する。
やがて乗客にイスラム過激派と思われる男がいたことが判明。マチューの分析は高く評価され、責任者として調査をまとめるよう任命される。本格的な捜査に乗り出したマチューは、被害者の一人が夫に残した事故直前の留守電を聞いて、ブラックボックスの音と違うことに愕然とする。今、マチューのキャリアと命をかけた危険な探求が始まる──。公式HPより:https://bb-movie.jp/
『ブラックボックス 音声分析捜査』感想と評価
ピエール・ニネ扮する分析捜査官マチューは、誰もが気付けない情報をわずかな音から掬い取る能力に優れており、上司からも一目置かれている。しかし日常では過剰なノイズが彼の神経を襲う。そのため、普通の生活においてしばしば音を遮断する耳栓をしなくてはいけないのはなんとも皮肉である。
マチューの能力の弊害はそれだけではない。あまりにも優秀であるがために、ちょっとした違和感も見逃せない、その妥協のなさが、時に人との衝突を生む。
冒頭、ヘリコプターの墜落事故で、さらなる検証を行いたいと主張するマチューに上司はこのあたりで手を打てと述べている。予算も時間もかかりすぎるからだ。
そのエピソードがあとになって効いてくる。墜落事故の報せがあり、現場に向かう用意をしていたマチューはその仕事を外されてしまうのだ。
ところが上司が謎の失踪を遂げる。マチューは調査を引き継ぎ、イスラム過激派と思しき男が、事故の直前に席を離れて客室乗務員に止められている声を聞き取る。彼の報告から事件の原因はこの男がコクピットに侵入したせいではないかと結論づけられ、世間は納得するが、事故で亡くなった人が家族に残した電話の音声を聞く機会のあったマチューはそこに新たな問題を発見する。
ここからは航空機製造会社がなにかを隠蔽しているのではないかという不信感、行政機関との癒着疑惑など現実とつらなる問題が浮上し、テクノロジーへの過信と拝金主義なども含めた社会派の告発映画に舵を切っていくかに見える。
しかし、本作は最後までサスペンス、スリラー映画であることを貫ぬいている。あまりにも音の世界にのめり込んでゆくがために、マチューへの不信感が募ってくるという展開へ進むのだ。ちょうどコッポラの『カンバセーション…盗聴…』(1974)でジーン・ハックマンが自宅に仕掛けられたかもしれない盗聴器を探して、ついには部屋を破壊してしまうように、パラノイア的なものを想像させる。
観客は、マチューの妻が覚えるのと同じように、「彼は絶対的に信頼できる人物なのか?」という疑惑を持つことになる。彼が頼った新聞記者によって暴かれる彼の過去の失敗がその不信感にさらに追い打ちをかけるという構成もうまい。
繊細な音への集中と、その音から生き生きと再現される映像などすべてが素晴らしく、最後まで緊張を途切らせないヤン・ゴズラン監督の演出に脱帽だ。
(文責:西川ちょり)