法では裁かれなかった悪人を狙った連続殺人事件が発生。司法制度の不平等さに不満を抱いていた世論は、犯人を善と悪を裁く伝説上の生き物“ヘチ”と呼び、正義のヒーローともてはやすようになる。ベテラン刑事ソ・ドチョル等凶悪犯罪捜査班の刑事たちは、罪を犯しながら軽い処罰で出て来た犯人を“ヘチ”から護るため護衛するよう命じられる。そんな中、ドチョルに心酔する新人警官パク・ソヌが捜査班に加わることになるが・・・。
『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』は、 2015年に韓国で観客数1341万人を動員して大ヒットを記録した『ベテラン』の待望の続編だ。前作に続き、リュ・スンワンが監督を務め、コメディ要素と、大胆なアクションシーンをたっぷり詰め込み、あらゆる点で期待を裏切らない続編を作り上げた。
ベテラン刑事ソ・ドチョル役のファン・ジョンミン、オ・ジェピョン役のオ・ダルス、ボン・ユンジュ役のチャン・ユンジュ等、おなじみの凶悪犯罪捜査班の面々に加え、新たに加わる新人刑事パク・ソヌとして「D.P. -脱走兵追跡官-」シリーズなどのチョン・ヘインが出演。また、ホン・サンス作品の常連俳優クォン・ヘヒョが転任して来たばかりの上司を演じている。
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映画『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』作品情報
2024年製作/118分/韓国映画/原題:베테랑2(英題:I, the Executioner)
監督:リュ・スンワン 脚本:リュ・スンワン、イ・ウォンジェ 撮影:チョ・ヨンファン 製作:カン・ヘジョン、チョ・ソンミン、リュ・スンワン プロデューサー:イ・ジュンギュ 編集:ペ・ヨンテ 視覚効果:キム・ハンジュン、ソン・スンヒョン 音楽:チャン・ギハ
出演:ファン・ジョンミン、チョン・ヘイン、アン・ボヒョン、オ・ダルス、チャン・ユンジュ、オ・デファン、キム・シフ、シン・スンファン
映画『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』あらすじ
ある日、教え子に対して性犯罪を犯した教授が墜落死する事件が発生する。その教授は教え子に訴えられたにも関わらず罪を逃れ、逆に教え子は、自ら教授を誘惑したというあらぬ疑いをかけられたことを苦にして自殺していた。その教授が自殺した女子学生と同じ場所で死体としてみつかったのだ。
こうした事件はこれが初めてではなかった。司法機関が正しく処罰できず、のうのうとしている悪人を代わりに処刑する「ヘチ」と呼ばれる連続殺人犯を世間はもてはやし始めていた。
「ヘチ」はすぐに次の殺人対象の人物をネットに公開し、YouTuberらが金欲しさに一斉にこの問題を取り上げた。中でもサイバーレッカーとして悪名高い「正義部長」は国民のこの関心を利用し、金儲けのために偽の犯人と交渉する自作劇まで繰り広げていた。
ソ・ドチョルはナイフを振り回す男を鮮やかに制圧した正義感溢れる交番勤務のパク・ソンウを凶悪犯罪捜査班に合流させる。
ソンウはチームにとって歓迎すべき新メンバーだが、犯罪者を捕まえる際には度を越す傾向があった。彼は犯罪者が死んでもかまわないかのように暴力を振るうのだ。彼はドチョルに憧れて警察になったと語っており、ドチョルは自身のこれまでの行動がいかに暴力文化を助長してきたかを痛感する。
そんな中、警察でしかわからない情報がネットに流れ、警察が保護していた男が殺される事件が発生する。妊婦を突き飛ばして、母子共に命を奪った男はわずか三年の刑を言い渡され、膨らむ訴訟費も重なって絶望した被害者の夫は、まだ幼い子供と共に心中していた。世間の怒りがおさまらない中、男は刑期を終え、出所し、凶悪犯罪捜査班が彼の護衛を命じられていたのだ。
ドチョルは、パク・ソンヌに疑いの目を向ける。そんな中、ドチョルの長男が、体にガソリンを撒かれ、火をつけられそうになっている動画が彼の元に届く・・・。
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映画『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』感想と評価
映画『ベテラン』は、Blondie の「Heart Of Glass」と共に颯爽と始まったが、本作で軽快に響くのはバカラの「Yes Sir, I Can Boogie」だ。凶悪犯罪捜査班が違法賭博場を摘発するため、チャン・ユンジュ扮するボン・ユンジュが客に成り済まして潜入している。カメラは違法カジノの中を縫うように動き回り、車で待機している捜査班の面々は相変わらずカップ麺をすすっている。9年ぶりに『ベテラン』が帰って来た!と実感させる軽快なオープニングだ。ボン・ユンジュの飛び蹴りが相手に届かない細かいギャグも実に楽しい。
この華やかでコミカルな幕開けは、観客を一気に物語の世界へと引き込むが、映画が進むにつれ、その軽快さに今の時代像を反映した重厚なテーマと複雑な人間ドラマが加味されていることに気づくだろう。
前作『ベテラン』でファン・ジョンミン扮するソ・ドチョルは、粘り強さと人間味あふれる刑事像で観客を魅了した。それは本作でも変わらず健在だ。だが、前作が刑事と腐敗した財閥の御曹司との対決を軸にしていたのに対し、リュ・スンワン監督は本作では善悪の二元論を超えた、より複雑な問題に切り込んでいる。
物語の核となるのは、システムの隙間をすり抜ける犯罪者たちを狙った連続殺人事件だ。ネット上ではこの連続殺人犯は「ヘチ」と呼ばれている。ヘチとは、中国や韓国の民間伝承に登場する、罪人を裁く神話上の生き物だ。人々はこの殺人者を復讐の天使と持ち上げるが、その暴力はソ・ドチョル自身の荒々しい正義感と紙一重である。彼は凶悪犯罪捜査班のリーダーとして、犯罪者を追い詰めることに全力を尽くしてきたが、ヘチの存在は彼に自らの行動を振り返らせる。正義を執行する過程で、彼自身が暴力の連鎖に加担してきたのではないか――そんな疑問が物語を通じて徐々に浮上してくるのだ。
物語の背景にあるのは現代社会の矛盾、政治や司法を司る者に対して人々が持つ強烈な不信感だ。前作で記者として登場したキャラクターが、今作ではサイバレッカ――再生回数や利益を目的にゴシップを撒き散らす炎上系YouTuber―として再登場しているが、この変化は、ソーシャルメディアが世論を煽り事実を歪める現代のメディア環境を如実に反映しているといえるだろう。映画は情報過多の時代における正義の曖昧さを浮き彫りにしてみせるのだ。
また、今作ではドチョルの家族、特に学校でいじめに直面する10代の息子に焦点が当てられる。このサブプロットは、ドチョルの刑事としての顔だけでなく、父親としての人間的な側面を深く掘り下げるものだ。息子の問題を通じて、ドチョルは社会全体に広がる暴力の文化と向き合うことになる。こうした内省的な視点が、前作にはなかった新たな深みを本作にもたらしている。
新人刑事パク・ソヌに扮するチョン・ヘインは、これまでの彼のイメージを180度変えるような役柄に挑戦し、何かに取り憑かれたような狂気漂う演技を見せている。個性豊かなキャラクターたちに対して一歩も譲らず、さらにアクションシーンもシャープかつパワフルにこなしていて素晴らしい。彼がドチョルに憧れて警察官になったという設定ものちのち大きな意味を持つことになって行く。
アクションシーンは、前作を上回る迫力で描かれる。特に印象的なのは、雨の中の屋上での戦闘や南山タワー周辺の階段を使った追跡シーンだ。後者ではパルクールの要素が取り入れられ、スピーディーなバトルが繰り広げられる。終盤の狭いトンネル内でのクライマックスは、ドチョルと犯人の行き詰まる対戦が緊迫感たっぷりに展開する。
そしてなんといっても凶悪犯罪捜査班のチームワークを忘れてはいけない。ソ・ドチョルをはじめ、個性豊かなメンバーたちの絆は、どんな危機にも揺るぐことはない。彼らの軽妙なやりとりや互いを信頼する姿は、物語にほっとするような温かみを与えている。
彼らは決して完璧なヒーローではない。時に失敗もし、理不尽な思いもし、感情に流されもするが、それでも正義を信じて前に進む。その人間臭さが、観客に深い共感を呼び起こすのだ。
劇場ではエンドロール途中で退出する方をみかけたが、この手の映画は「犯罪都市」シリーズ同様、最後まで残ることをおススメする。果たしてパート3はあるのか!? 朗報を待ちたいと思う。