映画『MaXXXine マキシーン』は、タイ・ウェスト監督&ミア・ゴス主演によるスリラー映画『X エックス』(2022)、『Pearl パール』(2022)に続くシリーズ第3作だ。
これまでマキシーンと、映画史上最も無垢なシリアルキラー・パールの両方を演じてきた、ミア・ゴスが今回も主演を務めている。
テキサスで起きた凄惨な殺人事件の現場から、マキシーンがただひとり生き残り、6年が過ぎた。マキシーンはロサンゼルスに移り住み、ポルノ女優として人気を獲得していたが、さらなる“スター”になることを目指してハリウッドの新作ホラー映画のオーディションを受け見事合格を果たす。
だが、彼女の過去を知る何者かが、彼女を脅迫し、彼女の周囲の女優たちが次々と殺される事件が発生。世間を騒がせている連続殺人犯「ナイト・ストーカー」と思われる魔手が彼女にも忍び寄ろうとしていた・・・。
『ザ・クラウン』(2016-2023)、『TENETテネット』(2020)のエリザベス・デビッキが新進気鋭の映画監督を印象的に演じ、かつて『13日の金曜日』(1980)にも出演したケヴィン・ベーコンが怪しげな私立探偵を、『ブレイキング・バッド』(2008-2013)のジャンカルロ・エスポジートがマキシーンの事務所の社長兼弁護士を、ミュージシャンから俳優に転身したモーゼス・サムニーが、マキシーンが信頼する映画オタクのレンタルビデオ屋の店長を演じるなど、豪華共演陣も見どころのひとつだ。
※過去作のおさらいはこちらの記事で↓
目次
映画『MaXXXine マキシーン』作品情報
2024年製作/103分/R15+/アメリカ映画/原題:MaXXXine
監督・脚本・編集:タイ・ウェスト 製作:ジェイコブ・ジャフク、タイ・ウェスト、ケビン・チューレン、ハリソン・クライス、ミア・ゴス 製作総指揮:レン・ブラバトニック、ダニー・コーエン、ジェレミー・ライツ、ピーター・ポーク、サム・レビンソン、アシュリー・レビンソン 撮影:エリオット・ロケット 美術:ジェイソン・キスバーデイ 衣装:マリ=アン・セオ 音楽:タイラー・ベイツ キャスティング:ジェシカ・ケリー
出演:ミア・ゴス、エリザベス・デビッキ、モーゼス・サムニー、ミシェル・モナハン、ボビー・カナヴェイル、ケヴィン・ベーコン、ジャンカルロ・エスポジート、ホールジー、リリー・コリンズ、サイモン・ブラスト
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映画『MaXXXine マキシーン』あらすじ
マキシーン・ミンクス(ミア・ゴス)はロサンゼルスに居を構え、街で最も人気のポルノ女優として名を馳せていた。しかし、彼女はそれ以上のものを求め、ハリウッド映画のオーディションに挑む。その結果、ハリウッドの新鋭監督エリザベス・ベンダー(エリザベス・デビッキ)に認められ、見事、ホラー映画『ピューリタンII』の主役を勝ち取った。
その頃、ナイト・ストーカーという連続殺人鬼が世間を騒がせていた。『ピューリタンⅡ』の撮影現場周辺でも、ナイト・ストーカーの犯行かと思われるような連続殺人が続いた。すべての死体の頬には五芒星の紋章が刻まれており、殺害されたポルノ女優や映画俳優は皆、マキシーンの知り合いだった。彼女たちは皆、「ヒルズのパーティーに呼ばれている」とマキシーンに語っていた。
マキシーンにとって事態をさらに複雑にしているのは、ジョンという私立探偵が彼女に付きまとっていることだ。ある日、マキシーンが過去に巻き込まれた連続殺人事件の際に、撮影していたポルノ映画の映像がおさまったVHSが送られてくる。犯人はジョンの依頼者らしく、マキシーンは言うことを聞かなければ過去の一部を公表すると脅迫される。
一方、ウィリアムズ(ミシェル・モナハン)とトーレス(ボビー・カナヴェイル)率いるロサンゼルス市警が、ナイト・ストーカー殺人事件になんらかの関わりがあるのではないかと疑いを持ち、マキシーンに近づいて来た。
そんな中、マキシーンは問題のヒルズの屋敷に潜入するが・・・。
映画『MaXXXine マキシーン』感想と解説
タイ・ウェスト監督の『MaXXXine マキシーン』は、2022年の『X エックス』と『Pearl パール』に続く鮮烈な三部作の最終章だ。
1970年代の血まみれのスラッシャー映画の荒々しさを『Xエックス』で、1950~60年代のテクニカラーの夢想的世界を『Pearlパール』で描いたウェストは、本作でさらに大胆に時代を飛び越え、1985年のロサンゼルスの退廃と輝きを活写している。ポルノスターからハリウッドのスターダムを目指すマキシン・ミンクス(ミア・ゴス)の物語が、欲望と暴力、そして自己実現の果てしない闘争として鮮やかに描き出される。
1985年のロサンゼルスの通りは、ネオンの光で眩く輝いているがその下のアスファルトはひどく汚れ、売春婦、麻薬の売人、そして犯罪の匂いが漂った猥雑な世界だ。一方で福音派の抗議者たちが映画産業の「道德的堕落」を糾弾するプラカードを掲げ、レーガン政権下の保守的なイデオロギーが街の空気を締め付けている。きらびやかな夢の工場としてのハリウッドとその裏側の腐臭という二面性が、本作のヴィジョンの中核を成していると言ってもいいだろう。
VHSが並ぶビデオ店のざらついたノスタルジー感、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの「Welcome to the Pleasuredome」が鳴り響くクラブの熱狂、そしてハリウッドの大手スタジオの格納庫を舞台にしたシーン、とりわけ『サイコ』のベイツ・モーテルとその背後の屋敷や、ハリウッドサインを背景にしたクライマックスなどは全て35ミリフィルムで撮影され、ウェストはブライアン・デ・パルマの『ボディ・ダブル』(1984)やダリオ・アルジェントの一連の作品を思わせる過剰な色彩と構図で、80年代のハリウッドを見事に再現している。
ケヴィン・ベーコンが演じる怪しげな私立探偵ジョン・ラバットの鼻の絆創膏は『チャイナタウン』(1974)のジャック・ニコルソンの明らかなオマージュで、にやりとさせられる。マキシーンが主役を勝ち取った映画『ピューリタンⅡ』の監督を務めるエリザベス・デビッキの颯爽とした映画監督ぶりや、マキシーンの事務所の社長を演じる『ブレイキング・バッド』、『ベター・コール・ソウル』(2015-2022)でおなじみのジャンカルロ・エスポジートのおおらかな大物ぶりなど、ユニークな脇役たちが物語に活力を添えている。
ボビー・カナヴェイル扮するロス市警は元役者志望という設定で、刑事としての行動ひとつひとつに役者魂を注入している姿が描かれ、そこはかとない物悲しさを誘う。ウェストはこうしたハリウッドに生きる人々を見つめながら、80年代のハリウッドの街を単なる背景ではなく、欲望と危険が交錯する生き物のように描いている。
マキシーン・ミンクスは、この混沌と猥雑の中心で輝くアンチヒーローだ。彼女は自分の欲望と欠点を恥じることなく突き進み、目的のためなら手段を選ばない。ミア・ゴスは、その複雑な内面を最小限の言葉で表現し、暴力的なほどの力強さと繊細な感情の狭間で揺れる一人の女性の姿を圧倒的な演技で見せている。
マキシーンの存在は、ホラー映画を「低俗」と蔑む者たちに対する挑戦状であり、冒頭で語られる「この業界では、怪物と呼ばれてこそスター」というベティ・デイビスの言葉を体現するものだ。マキシーンはここでは知らず知らずのうちにあのパールの映画スターになりたいという夢をも引き継いでいるのだ。それらは同時にゴス自身の三部作を通じた成長をも意味するだろう。
『MaXXXine マキシーン』では80年代にアメリカ中を騒がせた「ナイト・ストーカー」という実在の連続殺人鬼がしばしば話題に上る。そして、その明らかな模倣犯が、マキシーンの周りの人々を血祭にあげていく。だがマキシーンにとって真の敵は殺人鬼よりも、「抑圧」なのだ。
敬虔な宗教家である父親にマキシーンはどれほどの精神的支配を受けて来たことだろう。それは大がかりには描かれないが、劇中、数度登場する幼いマキシーンが笑顔で踊るホームビデオから推察するに、いくら彼女が歌や踊りがうまくなってもその能力は教会の範囲内でしか許されないだろうことが分かる。彼女の夢は父親のもとでは決して実らないものなのだ。
ミア・ゴスが演じたパールも、無邪気に映画スターを夢見ていた少女だったが、自由と夢を封殺された生活に苦しみ、善と悪の間でなんとか持ちこたえていた魂が、悪へと舵を切ってしまう。三部作を通じて一貫する「抑圧」のテーマは、本作で鮮明に結実することになる。
1980年代のアメリカは、福音派のテレビ伝道師や保守派団体が「悪徳と堕落」からの若者の救済を掲げ、全国的な道徳運動を繰り広げた時代だ。マキシーンの戦いは、対・父親という個人的な闘いは勿論のこと、社会の抑圧に対する反抗の象徴にもなっていく。彼女がハリウッドでの成功を目指す姿は、親や社会が押し付ける規範に抗う若者の魂の叫びであり、性や暴力、表現の自由を巡る文化戦争のメタファーでもある。ウェストはこれを、スラッシャーの血みどろの緊張感とキャラクターが持つ深い内省を見事に融合させることで鮮やかに表現している。マキシーンが血と汗で切り開く道は、ホラー映画のジャンルそのものが「低俗」と蔑まれながらも進化し続けてきた歴史と重なるだろう。
『MaXXXine マキシーン』は、単なるスラッシャー映画や80年代へのオマージュに留まらない。タイ・ウェスト監督は、欲望と抑圧、夢と偏見の間で揺れる一人の女性のポートレイトを緻密に描き上げて見せた。
猥雑で、眩しく、時に残虐なこの物語は、ホラー映画の可能性を再定義する三部作の堂々たる完結編だ。