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映画『アメリカン・ハニー』(アンドレア・アーノルド)感想・評価 / 搾取と夢のためのロード(労働)ムービー

『フィッシュ・タンク』(2009)や『牛』(2021)などの作品で知られるイギリスの映画監督アンドレア・アーノルドが、アメリカの田舎町を舞台に撮った青春ロードムービーアメリカン・ハニー』(2016)。

写真:Everett Collection/アフロ

主演のサッシャ・レインは、人気ドラマ『ロキ』(2021)などで知られる俳優だが、本作がデビュー作品。マイアミのビーチで休暇中のところ、アーノルド監督にスカウトされたという。貧困から抜け出そうとして若者たちのキャラバンに参加する少女を、ワイルドさも宿したピュアな感性で演じている。本作で第19回英国インディペンデント映画賞主演女優賞を受賞。

また、第69回 カンヌ国際映画祭(2016年)コンペティション部門でアンドレア・アーノルド監督が審査員賞を受賞している。

 

 

目次

アメリカン・ハニー』作品情報

2016年製作/165分/イギリス・アメリカ合作

原題:American Honey

監督:アンドレア・アーノルド 撮影:ロビー・ライアン 出演:サッシャ・レイン、ライリー・キーオ、シャイア・ラブーフ、レイモンド・コールソン

 

アメリカン・ハニー』感想と評価

若い女性と子供二人がゴミ捨て場を漁っているところから物語は始まる。若い母親とその子供かと思っていたらどうやら違うらしい。複雑な家庭で小さな子どもたちの母親代わりになっている18才のスターはショッピングセンターで知り合った男に誘われ、逃げるように家を出て彼らのキャラバンに参加する。車はオクラホマ州からカンザスに到着し、さらにまた転々と移動していく。

本作は労働の映画だ。スターは”ここではないどこかへ”を求めてバンに乗り込む。移動中、音楽を聴き、皆で歌って踊る陽気なノリは自由で気ままな空気を感じさせるが、このグループの面々は、あちらこちらの土地に移動しながら雑誌の定期購読者を求めて営業するために集められた「労働者」たちなのだ。

極貧家庭に育ち、ろくな仕事もない彼らにとっては救いの神のようにも見えるけれども、彼らは車内にギュウギュウ詰めに詰め込まれ、成績の悪い者にはペナルティーがある。さらにリーダーであるクリスタルという女性を怒らせると、簡単に追い出されてしまう。見ず知らずの町に置き去りにされるのはどれほど心細いことだろう。行き場のない彼らはあえて陽気に騒ぎ、命じられたままに動き、思考停止のまま搾取されているのだ。大声ではしゃぎ走り回る彼らの姿はひどく子供じみてみえるが、実際のところ彼らは、18才のスターよりもうんと若いまだ子供くらいの年頃なのかもしれない。

スターは自分を誘ったジェイクと組んで営業することになる。ジェイクの営業方法は、嘘をついて自分を作り上げ、金持ちに同情や後ろめたさをもたらして契約をものにするというもの。巧みな話術で相手のふところに入っていくが、それをスターはことごとく邪魔する。スターにとっては「嘘」をついて相手を「騙す」ことに納得がいかないのだ。その後、彼女はひとりで契約を取り始めるが、苦渋の決断で男の欲望に自分を差し出すことはあっても、決して誰かを騙そうとはしない。それが彼女の信念であり、貧しい地域でヤク中の母親を持つ子どもたちにはスーパーで食品を買って渡すという一面も描かれている。

スターが参加したキャラバンの若者たちもサッシャ・レインと同様、アンドレア・アーノルドがウォールマートの駐車場などでスカウトした青年たちだという。映画は彼らの旅を通じて、そうしたアメリカの若い人々の現実や夢、貧富の差といった様々な社会問題、アメリカの多彩な風景を映しとっていく。

スターはジェイクに恋をしていて、彼もまた彼女に恋をしているように見えるが、ジェイクは女性販売員をつなぎとめておくための「手段」という役割を担っていることが次第にわかってくる。スターがこのキャラバンにしがみつくひとつの理由はジェイクなのだが、ジェイクの本当の気持ちは最後まで判然としない。本作は苦くて狂おしい恋愛映画でもあるのだ。

冒頭、空を映し出すシーンから始まるように本作には空を捉えたシーンが頻繁に登場する。とりわけスターとジェイクが夜のハイウエイをバンの屋根に乗って、自身を開放するシーンが素晴らしい。ビルの上に月が見えてついてくる!

また、あまりにも日常的すぎて見逃されがちな小さな生物にもカメラは目を向けてみせる。電線にとまる鳥、蝶、蜂、亀、弾けて飛ぶ植物の種まで。スターは家の中に入ってきた蜂をコップに入れて、窓から出してやる。また、亀を湖にかえしてやる。高くそびえる空から草むらに隠れた土や水底まで、カメラはあらゆる命の息吹を収めようとしている。

こうした旅が延々と続こうとしている中、スターは雑誌の購読をすすめたトラック運転手から「夢は?」と尋ねられる。「考えたことがなかった」と言う彼女は、少し考えて「家がほしい」と言う。また、スターがジェイクに夢はなにかと問うと、彼もまた森に家を持つことだと応える。終わりのない旅の途中にいる彼らだからこそ安息の場所が必要なのだろう。だがそのためには稼ぐ必要がある。彼らは車を降りることなく移動し続ける。そう、これはやはり人間が生きるためのロード(労働)ムービーなのである。