「この映画の台詞は、すべてその(FBIの)記録から引用されている」という宣言で始まる映画『リアリティ』は、2016年のアメリカ大統領選挙へのロシア介入疑惑に関する機密文書をメディアにリークしたとして、2017年に機密漏洩容疑で逮捕されたリアリティ・ウィナーを題材にした作品だ。
わずか83分の会話劇でありながら、国家と個人の間に横たわる緊張を鋭く浮かび上がらせる。
主演は『ユーフォリア/UPHORIA』(2019~)、『恋するプリテンダー』(2023)、『IMMACULATE 聖なる胎動』(2024)のシドニー・スウィーニー。監督は自身の戯曲を原作とするティナ・サター。密室で進行する静かな尋問が、やがて圧倒的な心理ドラマへと変貌していく。
このたび、映画『リアリティ』の見放題配信が2025年10月1日よりAmazon Prime Videoにてスタートした。
目次
映画『リアリティ』基本情報

原題:Reality
監督・脚本:ティナ・サター
出演:シドニー・スウィーニー、ジョシュ・ハミルトン、マーチャント・デイヴィス
製作年:2023年(アメリカ)
上映時間:83分
原作:戯曲『Is This A Room』(2019年)
映画『リアリティ』あらすじ(ネタバレなし)

2017年6月3日。アメリカ国家安全保障局(NSA)の翻訳者リアリティ・ウィナー(25歳)は、ジョージア州オーガスタの自宅に戻ったところを、二人のFBI捜査官に呼び止められる。彼らは令状を手に、彼女の自宅を捜索しながら穏やかに質問を始めた。
だが、そのやり取りの背後には、国家の監視体制と権力の重圧が静かに潜んでいた。
映画『リアリティ』は、実際のFBI尋問の録音をもとに構成されており、セリフの一つひとつが事実に基づく。
ペットや日常の話題に見える会話の中から、次第に緊張がにじみ出し、やがて避けられない「真実の告白」へと至る。
映画『リアリティ』作品の特徴と見どころ

実際の録音を“そのまま”映画化したリアリズム
ティナ・サター監督は、実在の尋問録音を台詞のすべてに使用。リアリティ・ウィナーが置かれた状況の息苦しさをリアルタイムで再現している。
視覚的なカットイン(文書の写真、SNS投稿、部屋の細部)は、彼女の内面や背景を示す手がかりとして機能しており、演劇的でありながらドキュメンタリーにも似た緊張感を保っている。
シドニー・スウィーニーの静かな熱演
ウィナーを演じるスウィーニーは、感情を抑えた繊細な演技で観客を引きつける。
彼女の表情は、罪を隠すでもなく、完全に無垢でもない。
サター監督はカメラを彼女の顔に寄せ、観客に「この沈黙の意味」を読み取らせようとする。その結果、観る者はFBI捜査官ではなく、彼女の隣に座る“もう一人の証人”となる。
実話が突きつける問い ―「正義」と「罪」の境界線
リアリティ・ウィナーは、ロシアによる2016年米大統領選への介入を示す政府文書をメディアにリークした。それは民主主義を守る行為だったのか、それとも国家への裏切りだったのか。彼女は最終的に、国家機密漏洩の罪で5年以上の実刑を受ける。
映画はその是非を直接語らず、ただ彼女のまなざしを通して、観客自身に判断を委ねる。
総評:沈黙の中の真実を見つめる
『リアリティ』は、国家の巨大な装置の前に立つ“個人”を描いた密室劇である。
静寂と会話だけで進むその90分間は、スリラーのように緊張感に満ち、同時に現代社会の理不尽さを映し出す。
映画はドキュメンタリーとは異なるリアリズムを構築しながら、「内部告発者」ではなく、「リアリティ・ウィナーという人間そのもの」を描こうとする。
映画『リアリティ』感想と評価

『リアリティ』は、2017年6月3日に実際に起こった出来事を描いている。
その日の午後、アメリカ国家安全保障局(NSA)の翻訳者である25歳のリアリティ・ウィナーは、食料品を買い終えてジョージア州オーガスタの自宅に戻ったところを二人の男性に呼び止められた。彼らはFBIのギャリック捜査官(ジョシュ・ハミルトン)とテイラー捜査官(マーチャント・デイヴィス)と名乗り令状を持っていた。2人の捜査官はこの時の面談の様子を録音していた。
脚本家兼監督のティナ・サターが2019年に発表した自身の戯曲を映画化したこの長編映画デビュー作は、台詞を全てリアリティ・ウィナーに対するFBIの初回面談の実際の音声記録から使用し、視覚的にも尋問をほぼリアルタイムで完全再現した驚くべき作品だ。
ある意味実験的なこの映画の魅力を確固たるものにしているのはウィナー役のシドニー・スウィーニーとFB I捜査官役のデイヴィスとハミルトンの緻密な演技である。
ハミルトンとデイヴィスはフレンドリーかつ礼儀正しく質問を重ねていき、ウィナーの緊張をときほぐしているようにも見える。だが、彼女が愛犬や飼い猫が外に出ないように気を使って動くことがあれば、警戒を怠らない様子が垣間見られる。彼らが向ける一瞬の視線がそれを物語っている。
ウィナー役のスウィーニーは、何か隠し事があるようには見えない。何か罪を犯していて、しらを切っているとしたらこの人物は相当な演技派で曲者といわざるをえないが、まったくそんなそぶりはない。彼女の家の前に、9~10人の屈強なFBI捜査官を乗せた車が到着しても、彼女に大きな変化はない。本当に彼女は罪を犯したのだろうか・・・。
サター監督は、カメラを彼女の顔にたびたび接近させるが、シドニーは彼女の内心をなかなか読ませない。
映画は時に、会話する人物の映像に変わって、公式文書写真、ウィナーのインスタグラムへの投稿や彼女が好きなアニメ(『風の谷のナウシカ)のステッカーといった画を挟み込みながら進行して行く。
相変わらず、FBI捜査官はフレンドリーで、ペットやヨガをめぐる何気ない世間話が続くこともありなんだかほのぼのとした交流を見せられているかのような気分にさえなる。
だがFBIは確実に質問を重ね、次第に緊張が高まって行く。カメラは彼女に密着し、彼女が初めて自分の犯した大きな過ちに気づく瞬間をとらえる。彼女は自分がした行動に対してあまりにもなんの反応もなかったため、その行動がFBIがやって来るほどの大ごとだとは気づいていなかったとここで告白している。シドニーをクローズアップでとらえたショットは息苦しくも感じられるが、それは間違いなく本心だろう。
彼女はもうこの時には自分が逃れられないことを悟っており、自分自身よりもむしろ家に残していく犬や猫の心配をしている。
尋問を受ける中で、私たちは彼女について多くのことを知らされる。
リアリティ・ウィナーはペルシャ語、ダリ語、パシュトゥー語という三か国語を話す元米空軍退役軍人で、逮捕直前まで軍関係の仕事に従事していたこと。飼っている犬は保護犬で、動物が好きなこと。家具もあまりない簡素な空間で暮らし、自衛のために自宅に自動小銃を置いている愛国者であり、FOXニュースを頻繁に見ているごく平凡なアメリカ市民であることを。
尋問から逮捕まで終始無抵抗で無垢にも見えるウィナーの姿を観ていると、FBIが紳士的でよかったと思いがちだが、実際のところ、FBIは、マニュアル通りの会話をしただけなのだ。優しいふりをして子羊のような容疑者を追い詰めて行ったのかと思うと、権力や権威の冷淡さに逆にぞっとさせられる。
ウィナーは、メディアへの政府文書の無許可公開で過去最長の実刑判決を受けた。アメリカの民主的選挙に別の国が介入した可能性があることを知ってしまった彼女は、国民に知らせる必要があるとそれをマスメディアにリークしたのである。
勿論、彼女の犯した犯罪は重罪である。罪は償わなければならない。だが、あまりにも刑が重すぎる。この「録音」が動機などの点における減刑の証拠にならなかったのだろうか。そして国民にはアメリカの民主主義を覆す可能性のある驚異的な事実があったことを知る権利はないのだろうか。ある意味、彼女は見せしめにされたのだ。
映画は私たちが生きるこの時代の不安定さと理不尽さを静かな怒りを込めて描くと同時に、ウィナーに対する暖かなまなざしを失わない。
ティナ・サター監督は、単なる告発事件の再現ではなく、「一人の若い女性が国家という巨大な装置の前で何を感じ、どう振る舞ったのか」を徹底的に見つめようとする。
その視線の誠実さこそが、この映画のもう一つの“リアリティ”である。
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