映画『8番出口』は、2023年にインディーゲームクリエイターのKOTAKE CREATEが個人制作でリリースし、世界的ブームを巻き起こしたゲーム「8番出口」の映画化作品だ。
地下鉄の改札を出て白い地下通路を歩いていた男は、「出口8番」の看板をみながら、そこに向かって歩き続けるが、いつまでもたどり着くことが出来ない。やがて彼は壁に掲示されている案内版を見つける。通路のどこかに「異変」があれば引き返し、なければ引き返してはいけない。その先に8番出口があるという。彼は異変を見極め、このループから脱出することが出来るのだろうか!?
小説家、プロデューサーとして活躍し、初監督作『百花』では第70回サン・セバスティアン国際映画祭にて日本人初となる最優秀監督賞を受賞した川村元気が監督・脚本(共同脚本・平瀬謙太朗)を務め、コンセプチュアルなスリラー&人間ドラマを作り上げた。
二宮和也が主人公の「迷う男」に扮し、異空間に入ってしまった人間の感情の麻痺を傑出した演技で見せている。ドラマ『VIVANT』などの河内大和が二宮と常にすれ違う「歩く男」を演じている他、小松奈々等が出演している。
第78回カンヌ国際映画祭ミッドナイト・スクリーニング部門出品作品。
目次
映画『8番出口』作品情報

2025年製作/95分/日本映画/配給:東宝
監督:川村元気 原作:KOTAKE CREATE 脚本:平瀬謙太朗、川村元気 製作:市川南、上田太地、古澤佳寛 共同製作:阿部祐樹、田中優策、渡辺章仁、藤原一朗、齊藤貴 エグゼクティブプロデューサー:臼井央、岡村和佳菜 企画:坂田悠人 プロデューサー:山田兼司 山元哲人 伊藤太一 ラインプロデューサー:横井義人 撮影:今村圭佑 照明:平山達弥 録音:矢野正人 美術:杉本亮 装飾:茂木豊 スタイリスト:伊賀大介 ヘアメイク監修:勇見勝彦 VFX:政本星爾 編集:瀬谷さくら 音楽:Yasutaka Nakata、網守将平 カラリスト:石山将弘 音響効果:北田雅也 スクリプター:尾和茜 監督補:平瀬謙太朗 助監督:関根淳 キャスティング:田端利江、山下葉子 制作担当:堤健太 脚本協力:二宮和也
出演:二宮和也、河内大和、浅沼成、花瀬琴音、小松菜奈
映画『8番出口』あらすじ

地下鉄の車内。ドアの前にいる男性(二宮和也)は電車のドアのガラスに映った自分を見つめていた。その時、赤ん坊の泣き声が響き渡った。赤ん坊は泣きやむ気配がない。すると、赤ん坊を抱いた母親の前に立っていた乗客が「うるさいんだよ!」と怒鳴り始め、母親に大声で説教を始めた。その間も赤ん坊は泣き続けている。
男性はその状況をしばらく見ていたが、また電車のドアの方を向き、AirPodsで耳をふさいだ。携帯の電話が鳴ったが、電車内なので、出るのを控えた。電話は恋人からだった。
電車を降りた男は、階段を上がり、改札に向かう。その時、また電話がかかって来た。今度は出ると、恋人が、今、産婦人科にいるらしく、妊娠したという。彼女は何度も「どうする?」と尋ねて来た。
自分が父親になるなんて考えたこともなかった男は戸惑い、せき込み、あわててリュックから吸入薬を取り出した。返事をしようとすると電話は通じなくなっていて、彼はせき込みながら、改札を抜け、地下通路を進んで行った。
だが、いくら歩いても、一向に出口に近づかない。なんだか同じ場所をぐるぐる回っているようだ。いや、本当に同じ場所をループしている。一体これはどういうわけなのか。
8番出口と書かれた看板の通路を進むのだが、いつも向こうの角からサラリーマンふうの体格のいい男性がやって来てすれ違う。毎回、同じ人だ。声をかけてみるが、無視される。
男は吸入器を取り出し、水を飲み、あせりながらも進み続けると、タイルの壁に「出口0」という看板があるのに気付いた。「0」って一体なんなのだ? その横の掲示板には、ルールのようなものが書かれていた。
①異変を見逃さないこと ②異変を見つけたら、すぐに引き返すこと ③異変が見つからなかったら、引き返さないこと ④8番出口から出ること
これは脱出のルールなのか!? 彼は通路を再び歩み始め、異変を確認しながら進んだり、戻ったりする。出口1、出口2と数字が上がって行く。8まで行けば出られるというわけか。あと、少し、と通路を進んで行く男だったが・・・。
映画『8番出口』感想と解説

映画『8番出口』は、一人称視点で展開される長回しの映像で幕を開ける。ある男性(二宮和也)が地下鉄のドアの近くで立っていると、突然赤ん坊の泣き声が車内に響き渡る。赤ん坊は泣きやまず、正面に立っていた若い男が切れて母親に向かって「静かにさせろよ!」と怒鳴り散らすのを目撃するが、彼は再びドアの方を向いてAirPodsを装着し、その音をシャットアウトしてしまう。
しばらくすると反対側のドアが開き、彼は降車する。電車に乗っていた時もかかって来た電話が再び鳴り響き、彼は駅を移動しながら、恋人なのだろうか、電話の相手と話しをしている。どうやら二人の間には別れ話が持ち上がっているようなのだが、そのタイミングで彼女が妊娠していることが判明したらしい。この知らせに困惑した男性は、駅構内を進む途中で喘息発作を起こしそうになる。その間もカメラはPOVショットで進んで行く。
駅から出ようと通路を歩いている間に、彼は何かがおかしいと感じ始める。歩いても歩いても同じ場所に戻って来るではないか、と。5枚のポスター、3つのドア、2つの通気口、そしてビジネススーツの大柄な男が規則正しく歩く通路が何度も何度も現れるのだ。
なんの変哲もないごく一般的な地下通路が、いつの間にか異空間に変容しているのが面白い。大都市の地下街で迷ってしまった、あるいは迷いそうになったという経験を持つ人は少なくないのではないか。既にカメラはPOVショットではなくなっているが、観客は、二宮和也扮する「迷う男」を身近に感じ、彼の後ろから自分自身も付いていくような気分にさせられる。
まもなく男は掲示板にこの煉獄からの脱出ルールが記されていることに気づく。異変を見逃さないこと。見つけたら引き返すこと。見つからなければ、引き返さないこと、8番出口から出ること。
カメラが男の動きと共にぐるりと回転すると私たちは方向感覚を失ってしまう。壁には騙し絵で知られるエッシャー展のポスターが貼られているのだが、地下通路はエッシャーが描く「メビウスの輪」的な空間そのものだ。白いタイルの壁と白色光の照明が恐怖を煽るのは『シャイニング』を想起させる。
(主人公の気持ちとは裏腹に)観ている私たちは、最初はまさにゲーム感覚で、角を曲がるたびに何が現れるのか、どんな異変が起こっているのかと、期待と興味で胸が膨らみ、ホラーやSF的テイストを楽しむことになる。
ホラーテイストの衝撃的な異変にはひどく驚かされるが、むしろ、些細な異変を見落とした時に出口表示の番号が「0」に戻っているときのショックが大きい。あと少しのところまで来て振り出しに戻る時の絶望感ときたら! だが、しばらく続くと、そのゲーム的な面白さに幾分飽きて来る。ところが、それに代わって、エモーショナルな感覚が私たちを襲うのだ。なぜ、この出口のないループにこんなに心がざわつくのだろう。なぜ、こんなにぎゅっと胸がいたくなるのだろう。
それはこのひたすら続く終わりのない地下通路が、主人公が抱えている苦悩と深く結びついているからだ。
殺風景なこの場所は彼の心の状態そのものと言ってもいい。彼は疲れ果て、罪悪感を覚え、突然、父親になるという事実を前にして途方に暮れている。ループは単なる物理的な迷路ではなく感情に向き合う彼の心の彷徨を表しているといえるだろう。
こうした点で、映画は単なるホラーやSFのエンターテインメントを超え、人間の心のねじれを巡る深いドラマへと昇華する。
二宮和也の演技は、無感覚な状態とその変容を見事に表現している。前半では、無関心や逃避を反映した疲れ切った顔つきが印象的なのだが、別の人物の「章」(なんという悲劇!)を経て、再び画面に現れた際には、彼の表情は明らかに変化している。
彼の目を見ていると、もう彼が逃げていないことがわかる。彼は自分が見ようとしなかったものに目を向けようとし、自分が愛し、愛される資格のある人物であるのかを確かめようとしている。あるいは、未知数のものを受け入れることに伴う恐怖に打ち勝とうとしている。
『8番出口』は、ゲーム原作の面白さを損なうことなく展開しながら、その機械的な構造を超えて、心理的な葛藤と感情の彷徨を描いている。ホラーやSFの要素を楽しみつつも、エモーショナルな感情を呼び覚ますこの作品は、現代社会における個人の選択と再生の物語だ。
殺風景な通路は、主人公の心の状態そのものであり、観客はその果てしない彷徨を通じて、自己と向き合うことの重みを鮮明に体感するのだ。
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