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映画『シンシン SING SING』あらすじと解説/刑務所で行われている収監者更生プログラムRTAの舞台演劇を題材にした人間ドラマ

映画『シンシン SING SING』は、ニューヨークのハドソン川沿いにある最も厳重なセキュリティが施されたシンシン刑務所で行われている収監者更生プログラムRTA(Rehabilitation Through the Arts)の舞台演劇を題材に、無実の罪で収監された男と収監者たちとの友情を描いた作品だ。

 

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作家ジョン・H・リチャードソンが2005年に発表した『Esquire』誌の記事を基に『ザ・ボーダーライン 合衆国国境警備隊』(2016)、『ジョッキー』(2021)で知られるグレッグ・クウェダー監督がクリント・ベントレーと共に脚本を執筆。芸術表現を通して刑務所制度を生き抜く人間性の再生に光を当て、まったく新しい刑務所ドラマを創り上げた。

 

主人公ディヴァインGを演じたコールマン・ドミンゴは、第97回アカデミー主演男優賞にノミネートされ、『ラスティン ワシントンの『あの日』を作った男』(2023)に続いて2年連続の主演男優賞ノミネートを果たした。

 

また、本人役を演じ俳優デビューを飾ったクラレンス・マクリンをはじめ、主要キャストの85%以上が実際の元収監者で、「RTA」卒業生および関係者たちの共演で構成されている。

 

2025年度第97回アカデミー賞では主演男優賞のほかに脚色賞、歌曲賞でもノミネートされた。

 

目次

 

映画『シンシン SING SING』作品情報

(C)2023 DIVINE FILM, LLC. All rights reserved.

2023年製作/107分/アメリカ映画/原題:Sing Sing

監督:グレッグ・クウェダー 製作:モニーク・ウオルトン、クリント・ベントレー、グレッグ・クウェダー 製作総指揮:テディ・シュワルツマン、マイケル・ハイムラー、コールマン・ドミンゴ、ラウル・ドミンゴ、ラリー・カラス、ラリー・ケリー、ナンシー・シェイファー、クラレンス・マクリン、ジョン・”ディヴァインンG”・ホイットフィールド 原案:クリンド・ベントレー、グレッグ・グウエダー、クラレンス・マクリン、ジョン・”ディヴァインG”・ホイットフィールド 脚本:クリント・ベントレー、グレッグ・クウェダー 編集:パット・スコーラ 美術:ルータ・キスカイト 衣装:デザイラ・ペスタ 編集:パーガー・ララミー 音楽:ブライス・デスナー

出演:コールマン・ドミンゴ、クラレンス・マクリン、ショーン・サン・ホセ、ポール・レイシー、デビッド・"ダップ"・ジローディ、モーシー・イーグル、ショーン・“ディノ”・ジョンソン、コーネル・ネイト・オルストン、ミゲル・バランタン、ジョン=エイドリアン・"JJ"・ベラスケス

 

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映画『シンシン SING SING』あらすじ

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無実の罪でシンシン刑務所に収監されているジョン・“ディヴァインG”・ホイットフィールドは、演劇を更生法の一つとして用いる「芸術を通じた更生(RTA)」プログラムの立ち上げ人のひとりだ。

 

彼は脚本を書き、役者も務める。つらい環境の中、演劇に打ち込むことで精神を保ち、無実を証明し自由を取り戻したいと考えていた。

 

シェイクスピア劇が成功に終わったあと、劇団員たちは次の公演の準備を始めた。欠員が出たので、新メンバーを入れることになり、ディヴァインGは参加希望を出していたディヴァイン・アイを面接する。

 

彼は収監中に『リア王』を読み演劇に興味を持ったらしい。次の公演からディヴァイン・アイの参加が決まった。

 

次回作にディヴァインGのオリジナル脚本を推す声が出るが、シリアスなものよりコメディが良いという意見に皆が納得した。メンバーが思い思いに出したアイデアをタイムトラベルという仕掛けを使って全て詰め込むことになり、脚本は外部演出家のブレント・ビュエルが担当してくれることとなった。

 

ビュエルは数週間にわたり、収監者たちが自分の感情と向き合うための演技指導を続けた。ディヴァイン・アイは自分の感情を抑えられなかったり、弱さをみせたくないと思うあまり、うまく周りに溶け込めない。だが、彼は次第にディヴァインGに心を開き、プログラムの意味を理解し始める。ほかの仲間たちも彼の上達を肌で感じるようになった。

 

ディヴァイン・アイは息子も刑務所に収監されており、仮釈放されても誰も自分を歓迎しないし、申請が通るはずがないと、仮釈放申請に消極的だったが、ディヴァインGは、通らなければ何度も申請し続けるんだと彼を励ます。

 

公演の準備が順調に進む中、ショッキングなことが起こる。ディヴァインGと長い付き合いで仲の良かったマイクマイクが、不慮の死を遂げたのだ。哀しみの中、ディヴァインGは仮釈放審問に臨むことになった。

 

RTAプログラムのことを尋ねられ、ディヴァインGは演劇がいかに人生を向上させるかを熱く語るが、審問官から「今も演技をしているのか」と問われ、愕然とする。彼は否定し、このプログラムでは演技そのものよりも「プロセス」が大切なのだと答えるが、ほかに特に質問もなく審問は終わってしまう。

 

結果は予想通り、却下に終わったが、ディヴァイン・アイの仮釈放は認められることになった。

 

衣装を着けたリハーサルが始まったが、これまでポジティブに前向きに演劇と向き合ってきたディヴァインGの心がついに折れてしまう・・・。

 

映画『シンシン SING SING』感想と評価

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グレッグ・クウェダー監督の『シンシン SING SING』はこれまでの刑務所ものとは一線を画す作品だ。本作で描かれるのは、RTA(芸術を通じた更生)と呼ばれるプログラムを軸に、演劇を通して慰めと希望を見出すシンシン刑務所の収監者たちの姿である。

 

ジョン・"ディヴァインG"・ホイットフィールドというRTAの創設メンバーの一人を名優コールマン・ドミンゴが演じている。ディヴァインGは表向きは陽気でポジティブな人物だが、内面は不安と苦悩に満ちている。なぜなら、彼は無実の罪で収監されているからだ。再審請求を求めても却下され、仮釈放審問もなかなかうまくいかない。一方、あっさり仮釈放が決まる者もいる。人生は公平ではないのだ。

 

しかし彼は周囲に不安な姿を見せたり、怒りをぶつけることはない。ディヴァインGはRTAの真の信奉者であり、芸術の持つ力に深い信頼を寄せている。自分自身のことは勿論のこと、仲間たちがここに収監されることになった原因を乗り越える手助けをすることが自身の使命だと信じているのだ。

 

RTAは単なる娯楽や一時的な気晴らしではない。収監者たちが演劇に取り組むことで生まれる平穏と喜びは、逆に刑務所生活の残酷さを浮き彫りにしているといえるだろう。

シンシン刑務所は、マンハッタンから北へ約48キロメートル、ハドソン川沿いに位置するアメリカで最も警備レベルの高い刑務所の一つだ。1953年にはローゼンバーグ夫妻が処刑された場所としても知られている。鉄格子とコンクリートに囲まれた冷たく無機質なこの場所では、懲罰の恐怖が日常を支配している。刑務所は人間性を剥奪するように運営されており、アメリカの刑務所制度が更生を軽視していることに映画は鋭い疑問を投げかけている。

 

RTAはアートセラピーや現実逃避の手段として機能しているが、それ以上の意味を持っている。参加者にとって、演劇に取り組むことは精神的な破綻を防ぐための生命線であり、希望を持ちにくいこの荒涼とした環境の中で人間性を保つための方法なのだ。

 

本作の主要キャストの多くは実在したRTAの元メンバーであり、彼らは彼ら自身を演じている。脚本を練り上げるために集まる場面や、リハーサルで体を動かす様子はすべて即興で、彼らの実際の経験から生まれたものだ。

 

クラレンス・マクリンもそのひとりである。彼もクラレンス・"ディヴァイン・アイ"・マクリンという自分自身を演じている。彼はRTAに新しく参加したばかりで、プログラムに懐疑的であり、人前で感情を表現することを恐れ、なかなかグループに溶け込めない。だが、ディヴァインGとの交流を通じて、彼は脆い自分を見せてもかまわないことに気づき、長い間まとっていたタフなギャングスターという鎧を脱ぎ捨てる。プログラムによって人間らしい輝きを取り戻し、成長していく姿が鮮やかに描かれている。

 

ところが、映画の終盤、これまでなんとか精神の均衡を保って来たディヴァインGが自分を見失って自暴自棄になってしまう。仮釈放審問が却下され、そこに親しい友人のマイクマイクの不慮の死が追い打ちをかけたのだ。現実に立ち向かうことを誇りにしていた男が希望を失ってしまう様をコールマンは全身全霊で表現しており、その心情が観る者の心に深く突き刺さる。

 

そんなディヴァインGにディヴァイン・アイがそっと寄り添う。以前自分が彼から受けたように、彼を励まし、力づける。演劇を通じた彼の成長が可視化される瞬間であり、マクリンの荒々しくも深みのある演技が心を打つ。映画は、思いやりのある更生と芸術に触れ打ち込む機会こそが最良のセラピーであると力強く訴えるのだ。

 

クウェダー監督と撮影監督のパット・スコーラは、16mmフィルムで撮影を行い、クローズアップを多用することで、観客に受刑者たちの内面に迫る機会を繰り返し提供する。

RTAのウェブサイトによれば、プログラム参加者の再犯率は全国平均の60%に対し、わずか3%未満だという。

 

芸術の力は、彼らを閉じ込める鉄格子を突き破り、自由と尊厳へと導く光となるのだ。

 

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