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映画『入国審査』あらすじと評価・レビュー/アメリカに移住を決めた男女が入国審査で直面した驚くべき事態を描いた心理サスペンス

移住のためスペイン・バルセロナからアメリカへやって来たディエゴとエレナのカップルを待ち受けていたのは入国審査の二次審査だった。別室に連れて行かれた二人の前に現れた米国移民局職員の審査官は、威圧的な質問を繰り返し、ふたりを心理的に追い詰めて行く・・・。

 

映画『入国審査』は、入国審査の尋問の行方を緊迫感たっぷりに描いた、スペイン発の心理サスペンスだ。

監督・脚本を手掛けたのは、ベネズエラ出身のアレハンドロ・ロハスフアン・セバスチャン・バスケス。本作は彼らのデビュー作で、ロハス監督自身が故郷のベネズエラからスペインに移住した際、実際に体験したことが本作を作るきっかけになったと言う。

 

17日間の撮影、65万ドルという低予算で製作された本作だが、スペイン映画として初めてインディペンデント・スピリット賞3部門(新人作品賞、新人脚本賞、編集賞)にノミネートされる快挙を達成。また、SXSW映画祭に正式出品され、タリン・ブラックナイト映画祭新人作品賞をはじめ、世界中の映画祭で、最優秀作品賞や観客賞など数々の賞に輝き、高く評価された。

 

Netflixのヒットシリーズ「ナルコス」シーズン2&3(2016-18)、「ナルコス:メキシコ編」(2018-21)などで知られるアルベルト・アンマンがディエゴを、2018年ベルリン国際映画祭でグランプリを受賞し、アカデミー賞外国語映画賞スペイン代表に選ばれた『悲しみに、こんにちは』などのブルーナ・クッシがエレナを演じている。

 

目次

 

映画『入国審査』作品情報

C)2022 ZABRISKIE FILMS SL BASQUE FILM SERVICES SL SYGNATIA SL UPON ENTRY AIE

2023年製作/77分/スペイン映画/原題:Upon Entry

監督・脚本:アレハンドロ・ロハス、フアン・セバスチャン・バスケス 製作:カルレス・トラス、カルロス・フアレス、ホセ・サパタ、セルジオ・アドリア、アルバ・ソトラ 製作総指揮:ラケル・ペレア、イリス・マルティン=ペラルタ 共同製作:アルベルト・アンマン 撮影:フアン・セバスチャン・バスケス 美術:セルソ・デ・ガルシア 衣装:アリス・ボッチ 編集:エマニュエル・ティツィアーニ

出演:アルベルト・アンマン、ブルーナ・クッシ、ローラ・ゴメス、ベン・テンプル


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映画『入国審査』あらすじ

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スぺインのバルセロナで暮らしていた30代のカップル、ディエゴとエレナは、グリーンカード抽選で獲得したビザでアメリカに移住し、新生活を始めることにした。タクシーで空港へと向かう途中、ふたりはこれからの生活への期待に胸を膨らませていた。

 

飛行機は無事にニューヨークのJFK空港に到着。しかし、入国審査手続きの際、2人は別室へと連れて行かれ、2次審査を受ける羽目になる。

 

マイアミへの乗り継ぎ便が2時間後に控えているのに、一体どのくらい時間がかかるのだろう。それに一体何が原因で、また審査を受けなければならないのだろう? パスポートや書類に不備はないはずなのだが。

 

戸惑う2人のもとに係員が来て、持ち物を検査されるが、その際、スマホの電源を切らされ、鞄にしまうように命じられる。そこからさらに長時間待たされたあと、面接室に連れて行かれた2人のもとにやって来たのはバスケスと名乗る眼光鋭い女性審査官だった。

 

ふたりは、乗継便のことや、アメリカで暮らす兄や叔母夫婦に連絡をとりたいと訴えるが、バスケスはこちらの方が大切ですとだけ答え、一切、考慮してくれない。

 

バスケスが次々と繰り出す質問や指図に、戸惑いながらも懸命に応じる2人だったが、ディエゴが追及を受ける中で、エレナが知らない事実が明らかになって行く。やがて男性の審査官が加わって2人は別々に質問を受けることとなり、夫婦間の信頼は激しく揺らぎ始める・・・。

 

映画『入国審査』予告編

youtu.be

 

映画『入国審査』感想と評価

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(ラストやストーリーの核に触れていますので、ご注意ください)

 

冒頭、スぺインの空港に向かうディエゴとエレナが、タクシーに乗り込み、パスポートを改めて確認している時、カーラジオからはトランプ大統領がメキシコとの国境の壁建設のための資金を探しているというニュースが流れている。だが、アメリカでの新生活への期待で胸がいっぱいの2人の耳には届いていないようだ。

 

このことから本作が第一次トランプ政権下の2017年ごろを舞台としていることがわかる。第二次トランプ政権においては、移民問題がさらに深刻さを増しているのは周知の通りだ。また、移民問題はアメリカだけでなく、日本も含む世界共通の課題でもある。ディエゴとエレナが不法入国者でなく、正規の抽選で得たビザで入国しようとしているのに、思いもよらぬ2次審査を受ける羽目になるのは、移民に対する現在の社会的背景が大きく影響しているのは確かだろう。だが、本作は、そうした政治的主張を込めつつも、むしろ不安と不信の感情の渦に巻き込まれ、平静を失っていく人間の脆さを描くことに重きを置いているように見える。

 

ディエゴとエレナについて、最初、私たちは、アメリカでの新生活に向かおうとしている仲睦まじい男女ということしかわからない。だが、2人が入国審査で足止めされ2次審査に回され、係員や審査官からの様々な質問に答える中で、ディエゴがベネズエラ出身の都市プランナーであること、エレナはコンテンポラリーのダンサーで、糖尿病であること、2人が事実婚であることをまず知ることになる。

さらに、私たちは、厳しく威圧的な審査官によって2人の人柄や関係が次々と剥がされていくのを目撃する。どうにも頼りなさげに見えたディエゴは、審査官が口にしたように「周到な移民」なのだろうか。彼に対する同情と疑惑が同時に浮かび上がってくる。また、気が強そうで、しっかりものに見えたエレナの方がむしろ脆く、繊細であるようにも感じられる。

 

そうした認識の変化は観客だけに起こるものではない。プライベートなことまでずかずかと踏み込んで来る尋問(質問ではなくこの言葉が適切だろう)が続く中で、これから新しい環境で共に暮らし始めようとしているパートナーのエレナでさえ知らなかったディエゴに関する事実が浮かび上がって来るのだ。彼はその事実をあえてエレナに告げずにいた。このことをきっかけに、2人がこれまで築いて来た固い絆がほころび、お互いへの信頼が損なわれていく様子を映画は映しだす。

ここでの役者たちの演技は完璧だ。とりわけ、ディエゴを演じるアレハンドロ・ロハスとエレナを演じるブルーナ・クッシは、自身が発する言葉の一つ一つが精査されるという過酷な状況下のプレッシャーと不安を見事に体現しており、信じていたことが信じられなくなるという、まさに極限状況に直面した人間の姿をリアルに伝えている。

 

狭い一室の中で水を飲むことも、外部に連絡を入れることも、質問することも一切認められない閉塞感漂う環境がさらに彼らを追い詰めて行く。

監督・脚本を務めたアレハンドロ・ロハスとフアン・セバスチャン・バスケスは、部屋の照明や、カメラアングルなどに工夫を加え、閉所恐怖症的な2人の不安な状況や、生まれて来る疑惑を巧妙に演出している。電気工事の作業ミスで突然部屋が真っ暗になるのも、巧みな効果を上げているが、この工事の一行が、最初にディエゴとエレナが部屋に通されたときに、既に廊下で作業をしていたのを思い出す方も多いだろう(脚立に乗った足しか見えない)。本作は万事がそのように念入りに作られており、緊迫感に溢れた心理サスペンスを鮮やかに生み出している。

 

彼らがぼろぼろになった時、思いがけない(この状況ではそうとしかいえない)結果が告げられる。驚いたような彼らを捉えたショットで映画は終わるが、私たちには多くの疑問が残る。それはディエゴが「周到な移民」なのかどうかというような問題ではない。なぜ、審査官は、エレナとディエゴにあれほど厳しい尋問をし、個人情報を奪い、屈辱を与え、尊厳を傷つけるようなことをしたのか。2人の夢を壊し、信頼関係をズタズタにし、精神を崩壊させようとまでしたのか。

 

本作において最もおぞましいのは、心理的に有無を言わせぬ状況下で、権力を持つ者がいかにそれを乱用し、弱者に対して思いのまま行使できるかということを描いていることだ。だからこそ、本作はとてつもなく不快で恐ろしいのだ。

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