「国際ブッカー賞」や「ダブリン文学賞」にノミネートされたパク・サンヨンのベストセラー小説『大都会の愛し方』に収録されている「ジェヒ」を原作に、『女は冷たい嘘をつく』などのイ・オニが監督を務めた映画『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』。
自由奔放なジェヒは社会の流れに逆らう行動を繰り返すため、同級生の噂の的となり、フンスは保守的なコミュニティでゲイであることを隠している。そんな二人が出会い、共に歩んだ13年に渡る掛け替えのない友情が描かれる。
『破墓/パミョ』(2024)で百想芸術大賞・女性最優秀演技賞を受賞したキム・ゴウンがジェヒを、世界的な話題となったドラマシリーズ『Pachinko パチンコ』(2022)で注目を集めた新鋭ノ・サンヒョンがフンスを演じている。また、フンスの恋人スホ役にチョン・フィ、フンスの母親役にチャン・ヘジン、ジェヒの恋人ジソク役にオ・ドンミン、ジェヒの元彼でマザコンのジュンス役にクァク・ドンヨンが扮している。
第45回青龍映画賞では新人俳優賞(ノ・サンヒョン)、最優秀音楽賞(Primary)を受賞。
目次
映画『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』作品情報
2024年製作/118分/韓国映画/原題:대도시의 사랑법(英題:Love in the Big City)
監督・イ・オニ 原作:パク・サンヨン 脚本:キム・ナドゥル 製作:チョン・スジン、キム・ヘスク 撮影:キム・ヒョンジュ 音楽:Primary
出演:キム・ゴウン、ノ・サンヒョン、チョン・フイ、オ・ドンミン、チャン・ヘジン、イ・サンイ、クァク・ドンヨン、チュ・ジョンヒョク、イ・ユジン
映画『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』あらすじ
ジェヒは、大学に入学した時から、皆の注目を集めるほどの特別な魅力を放っていたが、人の目を気にしない自由奔放な行動のせいで、噂の的になったり、誹謗中傷されることもしばしばだった。
自分がゲイであることがバレるのをフンスが極端に恐れているのも、そんな世の中の仕組みを高校時代から身に染みて感じているからだ。
ある日、フンスはフランス語の教授と激しくキスをしているところをジェヒに観られてしまう。アウティングされることを覚悟したが、ジェヒは誰にも何もいわず、フンスに疑いの目がかかった時には、恋人の振りをして彼をかばってくれた。
ふたりには、少しばかりアウトサイダー気質で、夜遊び好きという共通点があり、すぐに意気投合。毎晩、梨泰院で遊びまわり、資金捻出のため、ジェヒはオートバイを売りに出しさえした。一緒にいると完全に自分らしく過ごせることから、ふたりは"ベストフレンド"として、ジェヒのマンションで一緒に暮らし始める。
ジェヒは恋多き女だが、しばしばひどい仕打ちを受けて傷ついていた。フンスにもスホという恋人ができるが、スホが本気モードなのに若干戸惑っていた。さらにスホはカミングアウトを考えているという。彼がカミングアウトしたら自分はどうしたらいいのか、スンフはスホを愛していながら、別れを告げる。
ジェヒとスンフは、時に決別したこともあったが、長い月日を共に過ごし、支え合いながら、自分らしく生きようと奮闘する。ふたりが出会ってから13年の月日が流れていた・・・。
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映画『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』感想と解説
ひとりの男性が階段を駆け上がるシーンから映画は始まる。屋上では、ウェディングドレスを着た女性が手すりにもたれて煙草を吸っている。彼女に駆け寄る男性。カメラが浮上し、ソウルの街並みが俯瞰で映し出される。
本作はソウルの街に生きるジェヒとフンスという二人の男女の13年間にわたる友情の物語だ。このあと、物語はすぐに過去へとさかのぼる。
ヘビースモーカーで夜な夜なクラブ通いを続ける大学生のジェヒは、恋愛に関しても一直線だ。型破りで気ままな彼女の行動は、しばしば根拠のない噂の的となり、他の学生から中傷されることも。ジェヒとは対照的に、フンスは自分の性的指向が明らかになることを常に恐れ、他者との間に壁を作って生きている。
ある日、フンスは仏文学の男性教諭とキスしているところをジェヒに目撃されてしまう。だが、ジェヒは誰にも何も言わず、周りから疑いがかかったときもさりげなくカバーしてくれた。それがきっかけで二人は言葉を交わすようになる。性格も立場も違うジェヒとフンスが理解し合い、親友としての絆を深めていく様子を映画は長いスパンで描いていく。
映画の序盤で、ジェヒは「自分らしくいることがどうして弱点になるの?」とフンスに問いかけているが、この言葉は、本作のテーマともいえるものだ。
しかし、保守的で、依然として家父長制が残存する韓国社会では、LGBTQ+や男女間の友情は簡単に受け入れてもらえるものではない。クィアなキャラクターを全面に押し出した映画自体、韓国ではこれまであまり製作されてこなかった。インディーズ映画では製作されてきたが、本作のようなメジャー作品として製作されることは極めて稀なのだ。もっとも、これは韓国だけの問題ではない。人間は、固定概念から外れていると判断したものに対して不寛容な態度を取りがちだ。とりわけ、社会経験が乏しい人間の集まりである学生時代はその傾向が顕著だといえるだろう。
受け入れを拒む社会に苛立ちながらもジェヒとフンスはお互いささえあって成長していく。大学を卒業して就職し、社会に溶け込もうとするあまり、自由奔放だったジェヒが自分らしさを見失ってしまうこともある。カミングアウトする勇気のないフンスは変わらない現実と対面しなければならない。
キム・ゴウンとノ・サンヒョンの素晴らしい演技が映画を牽引する。キム・ゴウンは、恐れ知らずだが傷つきやすくもあるジェフを完璧に体現し、ノ・サンヒョンも、ゲイ男性の複雑な内面の葛藤を巧みに表現している。二人の繊細で、自然体で、恐ろしく息のあった演技が、ジェヒとフンスが常に変わらず互いを思い合っている様をリアルに伝えている。
二人の紆余曲折の人生が綴られ、それぞれの感情は生々しく描かれるが、賑やかでコミカルな場面や心温まる場面もふんだんに盛り込まれている。ジェヒの危機に「走れ!」と叫び、自身も駆けだすフンス。その全力疾走の後、場面が交番の警官が観ているテレビのサッカー中継で走る選手に切り替わる、そんな、盛り上がりをわざとはずす演出もなんとも巧みで、全編、あたたかい気持ちで観ることができる。
映画『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』は、共同体の型にはまらない人々がしばしば排除される世界において、他者の裁きに身を委ねるのではなく、自分自身が道を選び、自分の個性を受け入れることの大切さを説いている。
その際、味方でいてくれる人がいることが、どれほど素晴らしいことかが鮮やかに描かれ、すこぶる心地の良い余韻を残す。