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映画『ノスフェラトゥ』あらすじと解説/吸血鬼映画の古典を基にした恐怖と犠牲のゴシック・ホラー

映画『ノスフェラトゥ』は、鬼才ロバート・エガース監督が、吸血鬼映画の原点とも言われる1922年のF.W.ムルナウによるサイレント映画「吸血鬼ノスフェラトゥ」を基に、独自の視点を取り入れて描いたゴシック・ホラーだ。

 

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19世紀初頭のドイツ。不動産業者のトーマス・ハッターは、上司から、辺境の城で暮らすオルロック伯爵のところに出向き契約を取り付けるよう、言い渡される、結婚したばかりの妻のエレンは不吉な予感がすると大反対するが、トーマスは妻を友人に預け、ひとりで出かけていく。城についたトーマスは、伯爵と一緒にいるだけで恐怖を覚え、契約を終えてすぐに逃げ出そうとするが・・・。

 

エレンとトーマスの夫婦を、リリー=ローズ・デップとニコラス・ホルトがそれぞれ演じているほか、エレンの親友アンナをエマ・コリン、アンナの夫フリードリッヒにアーロン・テイラー=ジョンソン、錬金術師でありオカルト博士のアルビン・エバハート・フォン・フランツ教授にウィレム・デフォーが扮し、邪悪なオルロック伯爵役を『IT/イット』シリーズのペニーワイズ役で知られるビル・スカルスガルドが演じている。

 

映画『ノスフェラトゥ』は、第97回アカデミー賞で撮影賞と衣装デザイン賞を含む4部門にノミネートされ、英国アカデミー賞(BAFTA)では、撮影賞、作曲賞、美術賞、衣装デザイン賞、メイクアップ賞の5部門にノミネートされた。

 

目次:

 

映画『ノスフェラトゥ』作品情報

(C)2024 Focus Features LLC. All rights reserved.

2024年製作/133分/PG12/アメリカ映画/原題:Nosferatu

監督・脚本:ロバート・エガース 製作:ジェフ・ロビノフ、ジョン・グラハム、クリス・コロンバス、エレノア・コロンバス、ロバート・エガース 製作総指揮:バーナード・ベリュー 撮影:ジュリアン・ブラシュケ 美術:クレイグ・レイスロップ 衣装:リンダ・ミューア 編集:ルイーズ・フォード 音楽:ロビン・キャロラン

出演:リリー=ローズ・デップ、ニコラス・ホルト、ビル・スカルスガルド、アーロン・テイラー=ジョンソン、エマ・コリン、ラルフ・アイネソン、サイモン・マクバーニー、ウィレム・デフォー

 

映画『ノスフェラトゥ』あらすじ

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舞台は1838年のドイツ。不動産業者のトーマスは、上司から、オルロック伯爵がヴィスブルグに建つ古く朽ち果てた邸宅を購入したがっているので、彼が住むトランシルヴァニアの城へ出向き、契約を済ませて、伯爵をこちらに連れて来るよう言い渡される。

 

トーマスはエレンと結婚したばかりで、まだ幾日もたっていないのに数か月も離れて暮らすことに躊躇するが、上司は聞く耳を持たなかった。

 

エレンは不吉な予感がするので絶対に行ってはいけないとトーマスを説得するが、トーマスは毎日手紙を書くからと約束し、友人のフリードリヒとアナの夫婦に彼女を預け、ひとり出かけて行った。

 

旅の途中、トーマスは、オルロック伯爵の城には近づかないようにと地元の人から警告を受ける。宿に一泊し、翌朝目覚めると、あれほどたくさんいたジプシーも宿のひとたちも一斉に姿を消しており、預けた馬の姿もなかった。仕方なく徒歩で城に向かう途中、農民たちが死体を掘り起こし、その胸に鉄のスパイクを突き刺しているところを目撃する。

 

エレンはトーマスから手紙が来ないので安否を心配するあまり、精神的に不安定になり、夢遊病や、ひきつけを起こした。主治医はそれをヒステリーだと診断し、暴れる際は拘束するよう、フリードリヒに助言した。

 

苦難の末、ようやく、城についたトーマスはオルロック伯爵と売買契約を結ぶ。伯爵の姿や顔はよく見えなかったが、彼が醸し出すあまりにも不吉な雰囲気に恐ろしくなってすぐにでも帰りたいと申し出た。しかし、伯爵は朝まで眠ると良いと聞き入れず、彼を閉じ込めてしまう。

 

トーマスはなんとか城から出ようとするが、扉は固くしまっている。ある扉を破壊することに成功したトーマスは扉をくぐるが、そこには棺が置かれており、思わず蓋を開けると、中にはオルロック伯爵の恐ろしい姿が横たわっていた・・・。

 

映画『ノスフェラトゥ』感想と解説

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10年かかった情熱のプロジェクト

『ウイッチ』(2015)公開時から、ロバート・エガースの次回作はF.W.ムルナウの『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922)のリメイクであるという情報がささやかれていたが、その後、音沙汰もなく、企画は流れてしまったのかと思ったものである。

しかし、幼い頃に『吸血鬼ノスフェラトゥ』を観て虜になり、高校時代には舞台版『ノスフェラトゥ』の共同プロデューサーを務めたこともあるというエガースにとって、『ノスフェラトゥ』に対する思いは、そう簡単に消え失せるものではなかった。彼の情熱のプロジェクトは、10年を経て完璧な形で成し遂げられたのだ。

 

『ウイッチ』の後、2019年に『ライトハウス』、2022年に『ノースマン 導かれし復讐者』という長編映画を手掛けたエガースの周りには、アメリカで活躍する最も優秀な職人たちが集まっていた。

撮影監督のジュアリン・ブラシュケ、プロダクションデザイナーのクレイグ・レイスロップ、衣装デザイナーのリンダ・ミューア、編集者のルイーズ・フォード、そして音楽のロビン・キャロランという面々だ。

 

長年、エガース作品に参加している撮影監督のヤリン・ブラシュケは、特注のフィルターを用い、光と影を巧みに操ることで、モノクロ映画であるかのような陰湿でシャープな雰囲気を作り上げた。月明かりに浮かぶ海や、東ヨーロッパの厳しい雪景色などは、不安を掻き立てつつも同時に陶酔するような美しさをもたらしている。

カメラは絶えずゆるゆると動いており、カメラが右手にパンすると、つい先ほど画面左手でニコラス・ホルト扮するトーマスの傍にいたはずのスカルスガルド扮するオルロック伯爵が、突然右手から現れたり、レンズが90度回転するとひとりだった人間が二人並んで立っているといった視覚的な面白さに満ち、壁をはって行くノスフェラトゥの影は、それ自体が、悪の象徴であるキャラクターのようだ。

 

『ノースマン 導かれし復讐者』に続きエガースとタッグを組んだロビン・キャロランの音楽は時代に合わせた楽器を取り入れ、豪壮で、超絶的な世界を作り出している。

また、スカルスガルドの重低音の声はそれだけでも不気味だが、音響効果により、普通の人間の声とは違うより陰鬱で重厚な深い響きをもたらしている。それはまた、悪夢にうなされるリリー=ローズ・デップ扮するエレンがあげる悲壮なうなり声と呼応するものだ。

 

そうしてロバート・エガースの演出は、ミニマリスト的な方法で、大げさな恐怖演出をとることなく、すべての空間を恐ろしい緊張に満ちたものに変えていく。

 

聞く耳を持ってもらえない女性の苦悩

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映画は、孤独感にさいなまれる若き頃のエリンが、今の憂鬱な精神状態を救ってくれるものの到着を待つところから始まる。どんな精霊でもよいから「来て」という彼女の悲痛な呼びかけに、恐ろしいことに、オルロック伯爵という死神が応えてしまうのだ。彼女の中に入って来た死神は最初は心地よい快楽を与えるのだが、すぐに彼女は恐怖の叫びをあげることになる。

エガースは、ムルナウのオリジナル作品とは違う視点を本作でいくつか導入しているが、物語の視点をトーマス・ハッターから彼の妻エレンへと移行させている。

 

邪悪なものを呼び出してしまったエレンは、それが夢か現実かもあやふやなまま、長い間、苦しみ、家族からも厄介もの扱いされ続けて来た。トーマスという「善」そのものの存在が彼女の前に現われたことで彼女は自分自身を取り戻すことが出来たが、オルロック伯爵は彼女を独り占めするために、トーマスを辺境の彼方に呼び出し、不動産譲渡に見せかけた契約書にサインさせる。意識のないまま死神と闇の契約(絆)を結ばされていたエレンの体調は急激に悪化し、周りの人々の手に負えなくなってしまう。

 

ここで描かれる純粋さと堕落の対比は、「吸血鬼」もののある意味、王道のテーマでもあるが、エレンにとってもっとも悲劇的なのは、勿論、死神に取りつかれたことなのだが、彼女の発言を誰も真剣に受け止めようとしないことだ。

 

彼女は性的な被害者なのに、その症状は「ヒステリー」だと判断され、手がかかるやっかいものだと非難されるばかりだ。彼女の苦悩の根源を誰かが真剣に考えれば、最初から彼女は災いを警告していたのだから、地獄のような災難をある程度防ぐこともできたかもしれないのだ。しかし、人々は手に負えないと彼女をベッドに縛り付け、絶えずガスライティングし続けるのだ。

 

こうした事柄は、当時だけでなく、今のこの時代にも変わらず起こっている問題だろう。こうした現代にも通じる視点は「セイラム魔女裁判」よりも以前の1630年という時代設定である『ウイッチ』が、家父長制が及ばす功罪をテーマのひとつにしていたことを思い出させる。

 

悪は存在する

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ムルナウのオリジナルとは異なるもうひとつの特筆すべき点は、オルロック伯爵の外観とその恐るべき影響力だ。

 

伯爵は衣服で顔や肌を覆っていたり、また、影の存在として文字通り影として登場するなど、素顔を見せようとしないが、やがて、ムルナウの吸血鬼よりもはるかにグロテスクで、疫病や死と同化した死臭の漂う、まさにリビングデッドな外見をさらし始める。

さらに、この吸血鬼は、目の前のトーマスを恐怖に陥れるのと同じように、遠方のエレンを精神的に苦しめることが出来る。最後には自ら「ペスト」として、ドイツに上陸し、大勢の命を奪い、悪の限りを尽くすのだ。

 

エガースは『ウイッチ』において、魔女は人間が作り出した邪悪なイメージではなく、実在し、呪いは本物で、この世には真の「悪」が存在することを描いたが、本作でも同じことを描いている。ここでの「悪」はさらに強いエネルギーに満ちていて、『ウイッチ』より遥かに世界は絶望に満ちている。

 

自分がこの「悪」を呼び寄せてしまった責任を取るため、エレンは自己を犠牲にし、「悪」に対峙する。本作は、恐ろしい犠牲についての物語だ。

リリー=ローズ・デップは、この悲劇的な人物をまさに体をはって演じている、発作に襲われた際には『エクソシスト』を思わせる奇妙なブリッジのような姿も見せているが、デップは一切のスタントを使わず演じたという。

 

また、「悪」の対極にあるキャラクターとして存在するトーマスは、ニコラス・ホルトが演じることによって、ピュアそのものの「無垢な王子」とも呼ぶべき姿を見せてくれるが、彼もまた、エレンが泣いて止めたルーマニア行きを遂行してしまった罪があるといえよう。それはエレンを喜ばせるためだったとはいえ、「金」と友人のような「贅沢な暮らし」に憧れた結果なのだ。

 

また、ウィレム・デフォーが演じたオカルト博士アルビン・エーバーハルト・フォン・フランツ教授は、唯一、真剣にエレンの話に耳を傾けてくれた理解者だ。その際に見せる温かみは驚くべきものだが、一方で、彼女の行動を「贖罪」と呼び、犠牲に目をつぶる合理的な面も持つ人物だ。それは良き父親かつマッドサイエンティストな天才外科医を演じた『哀れなるものたち』の彼を思い出させる。

 

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