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映画『ハズバンズ』(142分版)あらすじ・感想/ジョン・カサヴェテス監督が辛辣に感傷的に描く「夫たち」の切羽詰まった行動の行方

2022年年末、東京の下高井戸シネマで開催された「’70-’80年代ほぼアメリカ映画傑作選」で、連日満員を記録したジョン・カサヴェテス監督『ハスバンズ』と、ジョナサン・デミの『メルビンとハワード』が、この夏、7都市で拡大アンコールとして順次公開されている(カサヴェテスの『グロリア』も新たに追加)。

 

その中から、今回は『ハズバンズ』を取り上げたい。

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「インディペンデント映画」の父と称され、現代映画に多大な影響を与え続けた映画作家ジョン・カサヴェテス。『ハズバンズ』は1970年に発表された作品で、この作品をきっかっけに俳優として共演したカサヴェテスとベン・ギャザラ、ピーター・フォークの間に友情が芽生え、その後もその絆は続いた。

 

本作は何度も編集し直され、全部で6種類のバージョンがあるという。その中で、実際に発表されたのは3種類で、131分バージョンは日本でも配信で観ることが出来るが、今回はなかなか観られない貴重な142分版だ。

あともう一本、153分版があって、それはサンフランシスコ映画祭で上映されたものの一般上映はされていない。  

 

映画『ハズバンズ』作品情報

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1970年製作/142分/アメリカ映画/原題:Husbands

監督・脚本:ジョン・カサヴェテス 制作:アル・ルーバン 撮影:ヴィクター・J・ケンパー 美術:レネ・ドーリアック 編集;ピーター・ターナー 衣装デザイン:ルイス・ブラウン 制作補:サム・ショウ

出演:ベン・ギャザラ、ピーター・フォークジョン・カサヴェテス、デイヴィッド・ローランズ、ジェニー・リー・ライト、ノエル・カオ、ジェニー・ラナカー、リタ・ショウ  

 

映画『ハズバンズ』あらすじ

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ハリー(ベン・ギャザラ)、アーチー(ピーター・フォーク)、ガス(ジョン・カサヴェテス)、スチュワート(デイヴィッド・ローランズ)の4人の中年男性は、ニューヨーク郊外で生まれ育った親友同士。

 

ある日、スチュワートが急死し、報せを受けた3人は沈痛な思いで葬儀に赴いた。やりきれなさを覚えた彼らは今日は家に戻らないと宣言し、高校の体育館でバスケに興じたり、プールに忍び込んで体が冷えるほど水泳した後、体を温めるため酒場に繰り出す。

 

悪酔いしてバカ騒ぎを繰り広げた挙げ句、アーチーとガスはトイレで吐き始め、ひとりだけ体質的に飲んでも吐けないハリーは疎外感を覚え、ふたりに執拗に絡む。

 

朝になって彼らはそれぞれ仕事に出かけるため、タクシーとバスを乗り継ぐ。ハリーはひげを剃って身支度をしたいと家に寄り、ほかのふたりを外で待たせるが、家では妻が妻の母とともに不機嫌な様子で彼を迎えた。

 

口論の末に妻が刃物を取り出したことからハリーは激怒して暴力をふるい、友人たちに制止された。

 

発作的にパスポートを持ち出したハリーはロンドンに行くと言い出し、他の2人を誘う。ガスは家に電話しハリーをホテルに送り込んだらすぐ戻るからアーチーと2人分のパスポートを持ってきてくれと妻に頼む。

 

ロンドンに着くと大雨で3人はずぶ濡れになりながらホテルにチェックイン。タキシードを借りて、早速カジノへと繰り出した。ギャンブルに飽きた彼らはそれぞれ、女性を口説き始めるが・・・。  

 

映画『ハズバンズ』感想

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冒頭、プールサイドで並んで筋肉自慢をする男たち。愉快にふざけながら友情を確かめあっている男たちの写真が矢継ぎ早に映し出される。写真には子どもたちの声などが重ねられていて、学生時代からの彼らの友情は、家庭を持ち、中年になった今も変わりなく、家族ぐるみでの付き合いで続いていることを伺わせる。

 

ところが4人組の1人が急死したことで残された3人は言いしれない悲しみに襲われる。葬儀のあと、このまま家には戻れないと3人は母校に忍び込んでバスケや水泳をし、冷えた体を温めるために酒場へ繰り出す。

 

彼らは悪酔いし、周りの客に歌を歌わせるが、1人の中年女性に執着して、何度もダメ出しをしてやり直させる。3人とその女性、その周りの人々のバストショットが延々と続くこのシーンにはパワハラモラハラ、セクハラとあらゆるハラスメントが詰め込まれている。

 

親友を失った悲しみが根底にあるとしても、彼らの行いは下劣でおぞましい。そんな行為を繰り返しても、悲しみが薄らぐはずもなくただ虚無感が襲ってくるだけだ。

 

カサヴェテスは、本作について「生と死と自由についてのコメディ」と記している。友人を失ったという大きな喪失感と共に、こんなにあっけなく死が訪れるのだとしたら自分の人生は一体なんなのかという精神的危機に見舞われることになった男たちが取るドタバタした行動がまさに「笑えないコメディ」として、立ち上がってくる。

 

妻に暴力を振るうハリーや、歯科医で女性を扱うのに手慣れているように見えるガスに比べてアーチーは比較的人間味があるように見える。ところが、彼はロンドンのカジノで声をかけた女性が、思ったよりも高齢なことに戸惑い、彼女が積極的な態度を見せ始めると、拒絶して、手を話してくれと繰り返す。また、ナンパしてホテルに連れてきたアジア人女性が何も話さない際には愛情を示していたのに、彼女がキスに積極的になり始めると、途端に怒り出し、罵倒し始める。

女性にリードされることは彼にとって「男らしさの危機」にあたり、度し難いことなのだ。

 

そんな「夫たち」を監督としてのカサヴェテスは手厳しくみつめているが、決してシニカルに突き放すものではない。彼らがはめを外したり、悪態をつくのは現実世界からの「逃避」なのだ。アメリカ社会の規範や価値観に自ら服属している「夫」たちは、その息苦しさからささやかな抵抗とじたばたしたあがきを見せるが、結局本当の冒険をする勇気はなく、「冒険先」のロンドンでは終始大雨でずぶ濡れになるばかりだ。

 

カサヴェテスはそんな「夫」たちを辛辣にかつ感傷的に描いてみせるのだ。

(文責:西川ちょり)

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