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映画『御誂治郎吉格子』あらすじ・感想・解説/伊藤大輔監督の現存する貴重な戦前作品

『御誂治郎吉格子』はシネ・ヌーヴォの特集上映「時代劇が前衛だった〜日本映画の青春期 牧野省三衣笠貞之助伊藤大輔伊丹万作」にて上映!

 

『御誂治郎吉格子』は、大河内傳次郎や、月形龍之介等、剣豪スターとともに時代劇を撮り続け、数多くの傑作を生み出した伊藤大輔監督が1931年に撮ったサイレント映画

伊藤大輔監督の戦前作品のフィルムは、ほぼ失われてしまっていて、残っていてもごく一部の断片的な物が多い。そんな中、本作はフィルムが原型に近い形で現存している稀な例で、今日も観ることができる非常に貴重な作品だ。

 

 

目次

『御誂治郎吉格子』作品情報

1931年 日活太秦 65分 白黒・スタンダード 監督・脚本:伊藤大輔 撮影:唐澤弘光

出演:大河内傳次郎伏見直江伏見信子、山口佐喜雄、山本禮三郎、高勢実乗、山口佐喜雄、磯川元春

 

『御誂治郎吉格子』のあらすじと感想(ネタバレあり)

治郎吉とは「鼠小僧次郎吉」のこと。大名屋敷から金を盗み、貧しい人に配った江戸時代後期の大泥棒で、「義賊」として歌舞伎や小説になり、映画化作品も多い。本作も「鼠小僧」というので痛快な娯楽作を想像していたら、恋愛も絡む実に大人な映画で、すっかり驚いてしまった。

 

大河内伝次郎扮する冶郎吉が江戸に居られなくなり、上方に船で向かうところから物語は始まる。

 

三十石舟に乗っている人をカメラが順番にとらえていく。随分たくさんの人が乗っている。猿回しがいたり、いかにも怪しげな男の姿もある。

 

お仙という女の財布を盗む男。お仙は気がついていない。舟が発着場に着くと陸には御用提灯が待っていた。彼らは舟に乗り込み捜索を始める。この舟のシーン、フィルムノワール的な暗いモノクロの魅力に溢れている。

冶郎吉は財布を取り返してやったことでお仙と知り合い、二人は深い仲になる。

 

お仙にはひどい兄、仁吉がいて、お仙を売り飛ばそうと画策していた。お仙に頼まれて、仁吉のもとへ出向いた冶郎吉。仁吉は床屋を営んでいて、治郎吉は髭を剃られている。そこに女衒の婆さんがやって来る。婆さんは証文を広げて文句を言い始める。そこにはいってきた綺麗な女、お喜乃。薄い着物を着ているため凍えてしまって火にあたっている。その白い手を冶郎吉がじっと見ている。

仁吉はこの女にも目をつけていた。戸をあけて入ってくる武士。与力の重松で、お喜乃に熱を上げている男である。仁吉は十手欲しさにお喜乃をその男の妾にしようと画策していた。

 

 

冶郎吉はその場を去るが、その時にはすでにすっかりお喜乃に心を奪われていた。当然、お仙とは別れ話になり、宿を出て行ってしまう冶郎吉。お仙は部屋を暗くして横たわっている。そして「お月さんがあんなに綺麗やわ」とつぶやく。このお仙とお喜乃という対象的な女性を演じているのは、伏見直江伏見信子という姉妹俳優だ。

 

後に、お喜乃の家の窮状に自分のかつての盗みが関連していたことを知り、冶郎吉はなんとかお喜乃を助けようとする。与力の仏壇から盗んだ金をお喜乃に渡すが、仁吉は彼女の父親を殺し、神棚に置かれていた金まで奪ってしまう。

なんとしても喜乃を助けたい冶郎吉だが、自分も追われる身。籠かつぎに頼んで彼女を出来るだけ遠くへやることしかできない(この担ぎ手が、大坂男のいいところを出している!)。籠から顔を出したお喜乃に位牌を渡し、二人で空を見上げる。「きれいなお月さまね」

そのころ、お仙は兄のもとへ帰っている。

 

御用提灯が町を走る。冶郎吉を追い、おびただしい数の御用提灯がやってきて、彼を取り囲む。ここのわらわらと沸いてくる御用提灯の群れをとらえた画に圧倒される。合間、合間に太鼓をたたく映像がはいっているのもアクセントが利いている。

 

冶郎吉は仁吉の家の二階の物干し台からはいってくる。再び出会う治郎吉とお仙。お仙が外を見ると御用提灯の群れ、彼女は仁吉の十手を冶郎吉に渡すと「お仙という女を忘れさせないよ」とつぶやく。

 

いよいよ御用提灯は屋根まであがってきた。仁吉が二階に上がっていく。待ち受けていた冶郎吉は仁吉を切り捨てる。つっこんでくる御用提灯。川(淀川)に飛び込むお仙。御用提灯は飛び込んだのは冶郎吉だと思い、舟に乗って捜索しに行く。提灯で川がいっぱいになる。冶郎吉は女の名を呼び「いいお月さまだ」と悲しく呟く。

 

愛した女を二人ともどうにもしてやれない男の苦しみがせつなく描かれている。

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