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田口敬太監督インタビュー/映画『たまつきの夢』/ 第二次世界大戦前夜の日本を舞台に昭和モダンを生きた若者たちを描いた作品が現代に響く理由

田口敬太監督 (C)2023 映日果人

『ナグラチームが解散する日』(2017)、『誰もいない部屋』(2019)などの作品で知られる田口敬太監督が、自身の祖父の記憶から着想を得て、戦前の日本を舞台に自由を求める女と男の姿を描いたラブストーリー『たまつきの夢』

 

主演映画『男の優しさは全部下心なんですって』(2021)を皮切りに映画、ドラマへの出演が続く辻󠄀千恵が屋敷で囲われて暮らす女性・きし乃を演じ、『彼女はひとり』(2018)で話題となった金井浩人撞球(ビリヤード)の世界チャンピオンを目指す青年・浅次郎に扮している。また、二人と関わりのある男女を山口大地と佐藤睦が演じている。

 

2023年夏、東京・ユーロスペースでの上映を好評のうちに終え、いよいよこの秋、関西での公開がスタート!

2023年10月14日(土)よりシアターセブン、元町映画館にて公開。10月14日(土)にはシアターセブン、元町映画館にて田口敬太監督、辻千恵さん舞台挨拶、10月15日(日)にはシアターセブン、元町映画館にて田口敬太監督舞台挨拶が予定されている(詳しくは各映画館のHPにてご確認ください)

 

このたび、関西公開を記念して田口敬太監督にインタビューを敢行。作品が生まれた経緯や、作品に込められた思いなど、様々なお話を伺った。  

 

祖父の生きた時代について知りたくなったのがきっかけ

(C)2023 映日果人

──戦前を舞台にした物語を製作しようと思われた経緯を教えていただけますか。

 

田口敬太監督(以下、田口):もともとは映画を作るというよりも祖父が生きた時代について知りたくなったのが始まりです。祖父は昭和4年生まれで、第二次世界大戦が終わった頃は中学生でした。学校にも行けず、軍事工場で働いていたことや、祖父の兄が結核を患って家で療養していたことなど、様々な話を聞かせてもらいました。その中で、祖父がもう少し子どもだったころ、父親にビリヤード(撞球)場に連れて行ってもらったという話が出たんですね。自分は岡山県津山市出身なのですが、こんな田舎に、戦前、ビリヤードがあったということがとても意外でした。調べてみると、明治から昭和にかけて日本全国で娯楽として流行し、各地に撞球場があったそうです。戦争が始まると、風紀を乱すという理由で、禁止とまではいかないまでも、出入りする事自体、取り締まられることになりました。外国映画の上映やダンスホールなども同じように規制されていった時代だったと思うんですけど、そんな中でビリヤードというのは、戦後、アメリカ映画の『ハスラー』公開で再びブームになるんですが、劇中出てくるような「四つ玉」は、戦争と共に消えていった文化なんです。そういったものの象徴として映画の題材にできないかなと考えるようになりました。

 

変わらぬ姿で現存するビリヤード(撞球)場との出会い

(C)2023 映日果人

田口:実際に撮影するとなった場合、まずどこで撮影をするかという問題がありました。当然、自主映画なので時間も予算も限られています。調べてみると群馬県下仁田町に今は営業していない撞球場が残っているということで、現地に飛んでいきました。所有者の方を探して、撮影に使わせてほしいとお願いしたところ、ご快諾をいただいたのですが、ただ、空き家になってから40年、50年経っておりそのままでは撮影できないため、地元の大工さんにご協力をいただいたり、自分も東京から通いながら少しずつ手直しをして撮影できるような状態に持っていきました。2019年の11月に撮影をして無事に映画は撮り終わったんですけど、その直後にコロナ禍になってしまって、東京から身動きがとれなくなったりする中、2021年の頭にようやく長編として完成させることができました。

 

──現存している撞球場を撮影場所にされたということでセットを組む必要はなかったとはいえ、小道具や当時の服装など、時代にあった舞台を作り上げるにはご苦労があったのではないでしょうか。

 

田口撞球場の壁に貼ってあった世界地図や貼り紙などは東京の古書店を回って自分で探したり、衣装も、当時の人はどんなものを着ていたのかを調べながら東京の古着屋を回って集めました。蓄音機やカメラはネットオークションで見つけたものです。美術に関しては今回、山下修侍さんに入っていただいたんですけれど、かなり初期の段階から相談して、希望を伝えながら、山下さんと一緒に現地に通って詰めていったという感じですね。

美術のことでいうと、劇中、ブランコが出てきますが、あのブランコはもともとビリヤード場にはなかったものなんです。当時、ビリヤード場がどういう雰囲気だったかをいろいろな方に取材して調べていく中で、戦前から代々受け継いで経営されている東京のビリヤード店があって、建物自体はリニューアルされているんですけど、そのビリヤート場に子供の頃から出入りしていたという方に話を聞いたところ、ビリヤード場にブランコがおいてあったと思い出話をされていたんです。その方の記憶を映画に取り入れたいなと思い、ブランコを作って設置してみました。

 

──ビリヤードの試合の場面はとても迫力があったのですが、過剰な説明は省かれています。

 

田口:四つ球のルールを勉強するところから始めたんですけど、物語の中でルールを説明したり、勝敗の行方を説明したりするような映画には最終的にはしなかったんですね。それは時代背景についても同様です。戦前の1939年を舞台にしていますが、情報を説明することに焦点をあててしまうとこの映画は自分の思っていたものにはならないなと考え、あえて説明しない作り方になりました。そこにそういう人たちがいたら、こういう会話をしていただろう、そういう時間が流れていただろうというものを大切にしたかったのでこのような作り方になりました。  

 

個性的なキャラクターと四人の俳優

(C)2023 映日果人

──役者さんはビリヤードの練習をどのようにされたのですか。

 

田口:ビリヤードの練習に関しては、今回、役者さんは皆、オーディションで選ばせていただいたんですけど、金井浩人さんは、ビリヤードの経験がなかったので、先程お話したビリヤードの経験者の方のところに一緒に行って、突き方とかルールを教えてもらいました。そのあと、金井さんはひとりで通って練習してくれて、撮影のときはひとつもミスがなかったんです。おかげで、狙い通りの画を撮ることができました。

 

──金井さん演じる浅次郎は肺を病みながらもビリヤードの世界チャンピオンになるという夢を持っている人物として描かれていますね。

 

田口:僕としては時代考証をきちんとするとか、時代そのものを映したいというよりも、当時はこうだったんだろうなと自分が思い描く世界を表現してみたかったんですね。今、生きている自分たちの世界とそんなに人間の感情自体は変わっていないのではないか、当時の本を読んでも、人間の考えていることは今の時代とそんなに変わらない。浅次郎のように当時の人たちも当然、それぞれの夢を持っていただろうと思います。

 

──辻千恵さんをきし乃役に選ばれた決め手はなんだったのでしょうか。

田口:彼女が持っている素直さみたいなものがきし乃にすごくあっているなと感じたのと、自由さを持っているといいますか、やっぱり、戦前、戦中を描くとなった時、どうしても苦しい生活をしていて辛い気持ちを抱いている人物像というのになりがちなんですけど、そういうところからちょっとはずれた自由さ、軽やかさを辻さん自身が持っておられる。それをオーディションでも見せてくれたので、きし乃は辻さんしかいないと確信しました。  

 

──きし乃というキャラクターにまさにそうした魅力を感じていたので、今のお話を聞いてとても納得しました。

軍需工場経営者の熊野を演じられた山口大地さんとその妾役の佐藤睦さんについてもお聞かせいただけますか。

 

田口: 熊野は結婚はしていないけれど二人の女性を囲って屋敷に住まわせているという人物で、これにはモデルがあります。群馬県太田市にいらっしゃった方で、屋敷だけが今も残っているんですが、その方の背景を少し借りながら熊野というキャラクターを作っていきました。今回、山口大地さんに熊野役をお願いしたんですけど、あまり喋らなくてもその雰囲気だけで熊野という人物を体現できるような方だと思って選ばせていただきました。

佐藤睦さんが演じた人物は、きし乃よりも昔から熊野と付き合いがあって囲われていて、きし乃が現れたことで熊野から愛情を感じられなくなり、きし乃に嫉妬しているという女性です。佐藤さん自身は普段は天然といいますか、のほほんとしている方で、でもそういう人だからこそ、きし乃を虐めたりするのではなく、隣同士の部屋で口琴を一緒に鳴らしているような、いつもいがみあっているわけではない繊細な関係性が描けたのかなと感じています。

オーディションの段階では年上の女性を想定していたんですけど、佐藤さんを見てから、きし乃と同い年くらいの女性で、関係性もはっきりしていない、どちらかというと姉妹のような間柄を想像させる人物ということで佐藤さんに決めました。

(C)2023 映日果人

──皆さん、それぞれのキャラクターを非常に魅力的に演じられていますが、それと同時にビリヤード台を画面の手前において固定の長回しで撮って、人間がフレームインしたりアウトしたりというふうに映画の空間がとても魅惑的に撮られていると感じました。また、主役のお二人が自転車に乗っていて、転倒して倒れているところを俯瞰で撮ったりと、印象的なショットがたくさんありますが、そのあたり、あらかじめ、こう撮ろうと監督さんの中で画が出来上がっていたのですか。

 

田口:このシーンはこういうふうに撮ろうかな、撮れるかな、と勿論、予め考えるんですけど、実際は現場を見てから決めていくので、そのシーンを役者さんに演じてもらって、それからどういうふうに撮ろうか決定していく感じです。

ワンシーンワンカットだったりとか、カット数が少なくなっているとは思うんですけど、それもワンシーンワンカットで撮ることが目的だったわけではなく、そのシーンの中でこういう映画を撮りたいというのが割と明確だったので、結果的にそれ以外のものを撮る必要がなかったということで、このようなカット割の構成の映画になりました。  

今、なぜ自分がここにいるのか

(C)2023 映日果人

──劇中、監督のお祖父様が遺された写真なのか、戦前、戦中の写真が多数登場します。また、登場人物が写真を撮るシーンも何度か登場します。田口監督は写真というものをどのようにとらえていらっしゃるのでしょうか。

 

田口:エンドロールに登場する写真は自身の祖父の家に残っていた戦前のアルバムと、あと下仁田町のビリヤード場にも戦前のアルバムが残っていて、そうした写真に今回撮った写真をいくつか混ぜて使っています。家にあった写真を見て物語を膨らませていったところもありますし、映画の中で、「記憶は消えてしまうけれど、こうしておけば記録は残るんだよ」というセリフがあったように、写真を記録として残して人に忘れないものにするというのもあるなと思う一方で、今回、下仁田町撞球場に出会ったことで、場所自体が残っているというのも大事なことだなと感じました。場所自体が失くなってしまうとそこにあったはずの人の記憶や意識みたいなものもおそらく自然に失くなってしまう。あの場所があるからこそ、この映画が生まれたし、写真も、建物も、物として残っていることが大事だなと感じました。

 

──最初と最後に、現代の若いふたりが出てくるシーンがあります。その2人の姿に、祖父様の時代を改めて見つめる田口監督の存在がダブって見えるように感じたのですが・・・。

 

田口:そうだと思います。祖父の記憶を映画にしたいというところからもともとはスタートしたんですけど、つきつめれば、自分自身のルーツを知りたいというか、今ここに自分がなぜいるのか、なぜこういうことを考えているのかを知りたいと思ったのが根源的な理由なので、再びあの二人が巡り会える現代のシーンというのは必然的に出てきたものだったと思います。

 

──最後に、主題歌である寺尾紗穂さんの「ねえ、彗星」についてお聞かせいただけますか。

 

田口: 2019年の春頃に、「MOOSIC LAB」というプロジェクトにこの映画の企画を応募しました。その時に寺尾紗穂さんの「ねえ、彗星」という曲に出会って、この曲を是非映画で使いたいと寺尾さんに相談して、快く了承していただいたんですが、映画のために新たに曲をアレンジして、歌詞も一部現代にしかないものがあったのでそこを寺尾さん自身に書き換えていただいて、この時代に合う、歌詞と曲調で新たに作り直していただきました。とても素敵な曲なので、是非映画館で聞いていただきたいです。

また、本作は、戦時中や昔の時代を描いていることで難しい映画だろうと思われるかもしれませんが、男女の恋愛を描いた気軽に楽しめるものになっていますので、ビリヤードに興味がある、ない、戦前の文化に興味がある、ないに関わらず、映画館で観ていただければ嬉しいです。

(インタビュー/西川ちょり)  

田口敬太監督プロフィール

1986 年生まれ、岡山県津山市出身。

上智大学物理学科卒。大学時代に映画監督を志し、在籍時から自主映画を撮りはじめる。大学卒業後、シナリオ講座55期を経て、フリーランスの演出部、制作部。初長編監督作品『ナグラチームが解散する日』は、2017 年に劇場公開され同年の新藤兼人賞候補にも選出された。

 

映画『たまつきの夢』作品情報

©️2023 映日果人

2022/日本/61min/スタンダード/カラー/DCP

脚本・監督・編集:田口敬太 企画:直井卓俊 撮影:根岸憲一 録音:古茂田耕吉 美術:山下修侍 ヘアメイク:田村友香里 助監督:齋藤成郎 制作:酒瀬川純一 整音:内田雅巳、戸根広太郎 企画協力:SPOTTED PRODUCTIONS 配給:映日果人 宣伝:倉田雄一朗 宣伝美術:細谷麻美 主題歌『ねえ、彗星』作詞・作曲:寺尾紗穂 / 編曲・演奏:入江陽

出演:辻󠄀千恵、金井浩人、佐藤睦、山口大地、木原勝利、桜まゆみ、木田友和  

 

映画『たまつきの夢』あらすじ

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第二次世界大戦前夜の日本。主人公のきし乃は妾として軍需工場経営者で地主の熊野の邸宅で暮らしている。

そんな中、戦地から弟の戦死の知らせが届き恋人と心中を図ろうと山中に足を踏み入れたところ、偶然、浅次郎という男と出会う。きし乃は浅次郎に亡くなった弟の面影を重ねる。当時流行していた結核を患っている浅次郎は兵役免除となり人目につかないように暮らしていた。同じく結核で亡くなった妻と始めた撞球場(ビリヤード場)は長引く戦争で風紀を乱すという理由から警察の取締の対象となっていた。それでも浅次郎には夢があった。ビリヤードの世界チャンピオンになること。浅次郎の夢の話を聞いたきし乃は自分の夢を浅次郎に伝えようと、一緒に熊野邸に忍び込むが…。

(※辻千恵さんの名字の漢字は一点しんにょうが正式表記です。)