映画『過去追う者』は、『ポルトの恋人たち 時の記憶』(2018)、『ある職場』(2020)などの作品で知られる舩橋淳監督が、受刑者の採用を支援する実在の就職情報誌の活動にヒントを得て、元受刑者の社会復帰に横たわる問題を描いたドキュ・フィクションだ。
日本では再犯で刑務所へ入所する元受刑者の7割が無職だという事実を背景に、不寛容な社会への復帰の困難さが描き出されている。
実際のセクハラ事件に基づいて役者との即興劇で描いた前作『ある職場』(2022)とほぼ同じキャスト・スタッフが終結し、台本をあえて用意せず撮影現場で俳優と演技を煮詰めていく演出手法で製作された。
映画『過去追う者』は2023年11月10日(金)より出町座、11月11日(土)より第七藝術劇場、元町映画館にて公開! 11月11日(土)、11月12日(日)には各劇場で舞台挨拶、トークショーを予定している(詳細は下記参照)。
目次
映画『過去追う者』関西公開・舞台挨拶&トークショー詳細
京都・出町座
11/11
西村葉子(京都府更生保護女性連盟会長)& 舩橋淳監督、辻井拓(主演)
11/12
服部達也(京産大法学部教授)& 舩橋淳監督、本作キャスト・辻井拓、久保寺淳、平井早紀、峰あんり
大阪・第七芸術劇場
11/11
舩橋淳監督 本作キャスト・辻井拓、久保寺淳、平井早紀、峰あんり
11/12
中井正嗣(日本財団職親プロジェクト代表)& 舩橋淳監督、久保寺淳(主演)
神戸・元町映画館
11/11
泉房穂(前明石市長)& 舩橋淳監督
11/12
舩橋淳監督 本作キャスト・辻井拓、久保寺淳、平井早紀、峰あんり
映画『過去追う者』作品情報
2023年製作/125分/日本映画
監督:舩橋淳 脚本:舩橋淳、出演者 プロデューサー:舩橋淳、植山英美 撮影:舩橋淳 録音:舩橋淳 編集:舩橋淳
出演:辻井拓、久保寺淳、田口善央、紀那きりこ、峰あんり、満園雄太、みやたに、伊藤恵、平井早紀、小林なるみ
映画『過去追う者』あらすじ
受刑者向けの就職情報誌「CHANGE」編集チームは、出所者の就職あっせんと更生支援を行っている。チームのひとり藤村は、ひき逃げによる殺人罪で10年服役した田中を担当し、中華料理屋に就職させるが、田中はキレやすい性格でたびたびトラブルを起こしていた。
女子児童へのわいせつ行為により2年服役した元教師・三隅は、建設関係の仕事につくが、すぐに行方をくらましてしまい、チームを落胆させる。
薬物常習で2年服役後出所した森は清掃の仕事を得て懸命に働くが、長年続くコミュニケーション障害でなかなか社会にフィットできない。
社会復帰に向けてもがき苦しむ元受刑者を目の当たりにした藤村らは、アメリカの演劇による心理療法・ドラマセラピーを提案。元受刑者たちと稽古を重ね、舞台『ツミビト』を公演するまでに至るが…。
映画『過去追う者』感想と評価
日本における元受刑者の5年以内の再犯率は50%にも及ぶ。その背景には元受刑者はどこに行っても「前科者」の汚名がつきまとい就労がしにくいという厳しい現実がある。
映画『過去追う者』は、元受刑者の就職と社会復帰を支援する情報誌「CHANGE」のスタッフと、彼らが支える元受刑者に焦点を当て、社会復帰の難しさを描いている。
「CHANGE」は実在する情報誌をモデルにしており、志のある個人によって営まれている。諸外国ではこうした支援は国や官庁が行なっており、更生を支える公的な体制が日本ではほとんど整っていない現状が浮かび上がってくる。
編集長永田隆(みやたに)を始めとするスタッフは、元受刑者たちをひたすら信じ、彼らが社会復帰できるように導くことを自身の使命として働いている。
永田は穏やかな人物で信頼も厚いが、問題が起こった際にテキパキと速やかに対処にあたるタイプのリーダーではない。スタッフのひとりが、自身が担当する元受刑者を信じられなくなってしまったときも彼女を我に返させるような「鶴の一声」を発することが出来ない点が非常にリアルである。
また、本作は台本をあえて用意せず撮影現場で俳優と演技を煮詰めていく演出手法で製作されており、こうした設計が元受刑者の抱える孤独や不安、社会の閉塞感を一層鮮烈に響かせている。
1人の元受刑者が、なんとか自分の思いを伝えたいと必死で言葉を絞り出すのだが、先入観を持つ人々にはその言葉が届かない。映画やテレビドラマなどでしばしば発せられる「誰をも納得させるような魔法の言葉」などという都合の良いものはここには登場しないのだ。どこからも誰からも助けがない状態で、彼らはそれでも前を向いて歩もうとしている。
本作はいくつもの問題提起をはらんでいるが、とりわけ、社会の不寛容さは深刻である。映画はその不寛容さが、あることをきっかけに噴出する様を精緻な視点でとらえている。
舩橋淳監督は『ポルトの恋人たち 時の記憶』で18世紀のポルトガルと、2021年の浜松という時も場所も隔たった2つの舞台で、同じ物語を同じ俳優を使い反復させるという大胆な試みを行い、テーマをより強固なものとして浮かび上がらせた。本作はそこまで凝ったものではないものの実に緻密に構成されている。
もし、あの場に自分がいたら、どんな言葉を発していただろうか。
出演者たちは誰もが素晴らしい。とりわけ高校生をひき逃げして10年間服役していた田中拓を演じる辻井拓は、すぐに怒りを爆発させてしまう人物の苦悩、悲しみといったむき出しの感情をストレートに表現し、生々しい衝撃を観る者に与え続ける。
彼と彼を支援するスタッフの藤村淳(久保寺淳)がぶつかり合う様に、仄かな希望が感じられるのが救いである。