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【解説】映画『aftersun アフターサン』あらすじ・感想/新鋭シャーロット・ウェルズが描く父と娘の記憶の物語

11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす若き父・カラムとともにトルコ沿岸のリゾート地にやってきた。

 

スコットランド出身のシャーロット・ウェルズの初長編監督作品である映画『aftersun アフターサン』は、かつての父親と同じ年になったソフィの視点を通して、父と過ごした最後の夏のひと時を瑞々しい感性で綴った作品だ。

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2020年カンヌ国際映画祭・批評家週間で上映されるやたちまち注目を集め、『ガーディアン』紙、『indieWire』誌、『サイト&サウンド』誌が年間ベストムービーの1位に選出するなど、海外メディア各誌で高い評価を受け、英国インディーズ映画賞を始め各国の映画祭や映画賞で数々の賞を獲得。

父親を演じたポール・メスカルは第95回アカデミー賞(2023)で主演男優賞にノミネートされた。

 

目次

映画『aftersun アフターサン』作品情報

(C)Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

2022年製作/101分/G/イギリス・アメリカ 原題:Aftersun

監督・脚本:シャーロット・ウェルズ 撮影:グレゴリー・オーク 美術:ビラー・トゥラン 衣装:フランク・ギャラチャー 編集:ブレア・マクレンドン 音楽:オリバー・コーツ

出演:ポール・メスカル、フランキー・コリオ、セリア・ローソン=ホール

 

映画『aftersun アフターサン』あらすじ

(C)Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

11歳の夏休み、思春期のソフィは、普段は別々に暮らす31歳の父親カラムと共にトルコ沿岸のリゾート地にやってきた。

 

夜中についたホテルの受付には人がおらず、カラムは人を呼びに行く。ようやく入室するも、ツィンの部屋を予約していたはずが、ベッドが一つしかない。

 

フロントに抗議すると翌日、簡易ベッドが部屋に持ち込まれた。友人の推薦で選んだホテルだが、別の棟は工事中というありさまで、カラムはソフィにあやまるが、ソフィはそんなことまったく気にならない。

 

まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人はプールで泳いだり、ビリヤードを楽しんだりして親密な時間を過ごす。 

 

途中、ちょっとした喧嘩もしたが、ソフィーは同じリゾート地にやってきた子供たちとの交流で少し大人になり、父への怒りの気持ちなど少しもなかった。2日後は父の誕生日だ。

 

誕生日当日、ソフィは周りの人々に合図したらお祝いの歌を歌ってほしいと頼んで回る。

 

ソフィの合図と共に、大勢の人が歌って父の誕生日を祝ってくれる。驚いたように立ち尽くすカラムの顔は逆光でよく見えない。

 

20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらせてゆく。

 

映画『aftersun アフターサン』の評価・レビュー

(C)Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

映画『aftersun アフターサン』は父と娘が共に過ごした20年前の(おそらく)最後のヴァカンスの日々を描いた優しくも切ない物語だ。

 

父親と過ごした思い出の夏を、当時の父親と同じ年齢になった娘が振り返るという構造になっているが、すべてが娘のフラッシュバックで構成されているわけではない。何しろ当時、彼女はまだ11歳だったし、優しかった父との楽しい記憶だけが長らく心にとどめられていたはずだからだ。

 

バスで一度トルコ沿岸の市内ツアーに出かけた以外は近場の海やホテルのプールで泳ぎ、ホテルのビュッフェで食事を摂り、ゲーム機やビリヤードに勤しむ毎日。

多くのヴァカンス映画のように少しばかり時間を持て余している様子もなく、遠くに見えるパラグライダーの淡い色彩や、プールの水の感触さえもが特別なものに感じられた時間。優しく愛情豊かな父との日々に幸せを感じ、もっと滞在を伸ばしたいと考えたあの夏。

 

しかし、バルコニーに出て夜の空気を吸いながら軽く体を揺らしていた父や、裸の背中を震わせて泣く父をとらえたショットは、ソフィの記憶にはないものだ。

                                                                                           

今、父と同じ年を迎えたソフィには当時気づく由もなかった父の別の側面が見えている。なぜ気づかなかったのだろう。あの日、ソフィは父にビデオカメラを向けながらある質問をしたのだけれど、映像に残った父はとても辛そうだ。このシークエンスでは娘が撮ったビデオテープに残った映像はもとより、何も映っていないテレビのブラウン管にカメラを向けて端っこに父の姿らしきものを捉えるショットなど、非常に複雑な撮り方がなされている。この場面がとりわけ繊細な意味を持っている故だろう。

また、ソフィーはホテルのカラオケタイムでR.E.M.の「Losing My Religion」を歌ったのだが父は一緒に歌うことを頑なに拒み、先に部屋に帰ってしまった。そういえば旅の前半、父の手にはギプスが嵌められていた。そもそも骨折の理由ななんだったのだろう?

こうした事柄のひとつひとつに「前兆」のようなものが如実に刻まれていたのだ。

 

劇中、わずかな場面にだけ登場する現在のソフィは光が点滅するダンスフロアで険しい顔をして、ダンスに興じている31歳の父を見ている。この時彼女は何も語らないが、彼女が見せるその表情から彼女が覚えた小さくない痛みを感じることが出来るだろう。あの時の父の不安を認められるようになるのに20年の年月が必要だったのだ。

 

同時に、何度もあの夏の日の記憶をたどる中で、ソフィは、父が自分に注いでくれた深い愛情を改めて感じたに違いない。父は私を心から愛してくれていたのだという確信。そんな心境もまた彼女の口から語られることはないが、彼女がパートナーと住む部屋に父がトルコで購入した絨毯が敷かれていることが全てを雄弁に物語っているだろう。

 

ウェルズ監督は90年代のヒットソングを散りばめ、撮影スタイルを駆使し、小さなディテールを積み上げて父と娘の美しくも感情的な記憶の物語を紡いで見せた。

 

父親・カラムを演じたポール・メスカルは、日本でも翻訳されたサリー・ルーニーの小説を脚色したレニー・アブラハムソン監督の『ノーマル・ピープル』で演じたコネル役でブレイクし、英国アカデミー賞(BAFTA)テレビ部門の主演男優賞を受賞。本作でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされ、その後もリドリー・スコット監督の『Gladiator2』の主人公・ルキウス役に抜擢されるなど、今、最も注目を集めている俳優のひとりだ。

本作では31歳の父親役を演じたが、実際の年齢はもう少し若く、「若くして父親になった」カラムのキャラクターをより引き出すことに成功している。

 

ソフィを演じたフランキー・コリオは、本作で俳優としてのプロデビューを飾った。自然体な演技には目を見張るものがある。

ソフィは同じイギリスからやって来たティーンエイジャーの少年、少女たちが織りなす恋の駆け引きに好奇心を募らせ、また、同い年の少年との可愛らしいファーストキスを経験する。本作には少しだけ大人になる11歳の少女の「青春映画」の側面も含まれているのだ。

 

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