Netflix映画『端くれ賭博人のバラード』では、コリン・ファースが破滅的なギャンブラーを熱演。マカオの闇に渦巻く人間の欲望に救済はもたらされるのか!?
『教皇選挙』(2024)、『西部戦線異状なし』(2022)で知られるエドワード・ベルガー監督が、イギリス人作家ローレンス・オズボーンの同名小説を映画化したNetflix映画『端くれ賭博人のバラード』。
コリン・ファースが、欲望と絶望が交錯するマカオの夜をさまよう破滅的なギャンブラーに扮し狂気的な世界へ堕ちて行く。華やかな都市の裏側に潜む「偽り」と「救済」を、ベルガー監督らしい緊迫した演出で描く強烈な心理ドラマだ。
Netflix映画『端くれ賭博人のバラード』はNetflixで2025年10月29日から配信。
目次
Netflix映画『端くれ賭博人のバラード』あらすじ

マカオの高級ホテルの贅沢なスイートルームを拠点に高級カジノを転々とするドイル卿は、借金と虚勢の間を漂う破滅的なギャンブラーだ。
かつてはリムジンが彼を乗せるためにホテルの玄関前に長い列を作ったが、今ではどのリムジンも彼を乗せたがらない。ホテルの宿泊費を長らく滞納し、経理係から四日以内に振り込まなければ警察に通報すると宣告されている。彼は大きな勝負で稼ぐギャンブラーであり、その元手がないために、窮地に陥っていた。
なけなしの金でバカラに挑むが、「グランマ」と呼ばれる老女に歯が立たない。そんな彼に金を貸してくれたのは、フロアマネージャーのダオ・ミンという女性だった。
ダオ・ミンは高利で客に金を貸すことで、生計を立てていた。ドイルは彼女といると久しぶりに安らぎを感じたが、彼女が金を貸した客が負けて自殺をしたことがわかると、ダオ・ミンは姿を消してしまう。
続いてドイルの前に現れたのは、シンシア・ブライスという名の巻き毛の女性で、彼女はいきなりエレベーターで自撮りをするふりをしてドイルの写真を撮った。
ドイルは彼女の携帯を取り上げて、それを洋服屋の服のポケットに隠す。怒って追いかけて来た彼女はドイルがロンドンにいる際に起こした詐欺事件を暴くために派遣されて来た調査員だった。
煌びやかなネオンと霊的な影が交錯するマカオの夜を舞台に、エドワード・ベルガー監督は「偽りの貴族」が堕落と救済の狭間で見出す、奇妙な“バラード”を紡ぎ出す。
Netflix映画『端くれ賭博人のバラード』感想と考察

ドイル卿(コリン・ファース)は窮地に立たされた破天荒なギャンブラーで、ホテル代だけでも多額の借用書を抱えている。4日間のうちに支払わなければ警察に通報されてしまうのだがギャンブルで取り返す元手がない。
スイートルームを借り、派手なスーツを着てシャンパンと葉巻を片手に華やかなイメージを演出するドイルだが、実は彼は貴族ではない。借金取りから逃れるためにまったく別の人間に成り済ました見せかけだけの人物なのだ。エドワード・ベルガー監督は、強度の依存症と誇大妄想に悩まされるこの男の、不安定な心理を深く探求している。
カジノを転々とし、バカラで大敗し、金もないのに、高級料理や酒、デザートを口いっぱいに頬張り、挙句に吐くドイル。彼はギャンブルのみならず、暴飲、暴食もコントロールできない破滅的な人間で、同じ過ちを繰り返している。コリン・ファレルはドイル卿の恐怖、憂鬱、切迫感、絶望感といった複雑な内面を、全編を通して見事に表現している。
彼の激しく汗ばんだ肌、充血した目、負傷した顔の傷が度々クローズアップされる。観客はドイルの狂気的な精神世界に引き込まれ、コリン・ファースの熱演もあって、強烈な疲労感を共に味わうことになる。
舞台であるマカオのカジノは息を呑むほど美しい。模造エッフェル塔、ゴージャスなホテルのファサード、華やかなフェスティバル、ネオンに照らされた噴水、そして静謐なシンメトリーの庭園など様々な魅惑的な光景がロングショットで緻密に描き出され、魔法にかかったような開放的な生命力をスクリーンに与えている。
しかし、その華やかな風景とは裏腹に、マカオは人々を裁く容赦のない街だ。ギャンブルで身を持ち崩す人間は時に死を選ぶ。見かけとは別物という意味で、ドイルとマカオの街は似た者同士といえるかもしれない。
エドワード・ベルガー監督が『西部戦線異状なし』で組んだ撮影監督のジェームズ・フレンドの精巧な撮影と『教皇選挙』で組んだニック・エマーソンのたたみかけるような編集が見事な効果を発揮している。また、ベルガー監督の過去二作で音楽を担当し、キャスリン・ビグローの『ハウス・オブ・ダイナマイト』(2025)での仕事も印象深い作曲家フォルカー・ベルテルマンによる豪壮な音楽が、ドイルの心理やギャンブルの勝負場面での息を呑むような緊迫感を生み出している。
ドイルを巡る人物もユニークだ。ドイルがイギリスの富豪の老女から騙し取った100万ポンド近い金を取り戻すべく、ティルダ・スウィントン演じる風変わりな調査員が彼の前に現れる。エレベーターでのドイルとのやり取りは軽快で携帯を巡る追跡シーンはコミカルでさえある。ティルダ・スウィントンならではの味わいと言えるだろう。
アレックス・ジェニングス(『否定と肯定』など)が演じるエイドリアンは、ドイルに金を借りて返さないというドイル以上に堕落した享楽的ギャンブラーとして登場する。この嘘つきの詐欺師はそれでも旧家の出ということで、貴族を演じる労働者階級出身のドイルを心から蔑んでいる。
そして、ドイルにバカラの勝負で勝ち続ける「グランマ」にディニー・イップ(葉徳嫻)が、またアンソニー・ウォンがカジノの経営者として出演している。香港の民主化運動への支持を表明した数少ないスターである二人がキャスティングされているのが非常に感慨深い。
ドイルやエイドリアンのような賭博場周辺をうろつく白人外国人は、このマカオの地では「グワイ・ロー」と呼ばれている。広東語の俗語で「幽霊男」を意味するらしい。そんな俗称に、香港の中元節(餓鬼節)の時期を重ね、『端くれ賭博人のバラード』は後半で超自然的な、霊的な展開を見せて私たちを驚かせる。ここで重要人物となるのが、賭博場の美しいフロアマネージャーのダオ・ミン(ファラ・チェン)だ。
彼女は金が亡くなったギャンブラーたちに高い利子で金を貸して、生計を立てている女性だ。彼女が絶体絶命のドイルをラマ島に導き、自身のボートハウスに匿うのだが、ドイルは彼女の留守中に彼女の隠し金を見つけると、彼女の帰りを待たずに強奪し、ボートで賭博場へと向かう。何倍にして返すつもりだったとしてもこのシーンのインパクトは強烈だ。不道徳的だからこその負のエネルギーに満ちたセンセーショナルなシーンとして実に蠱惑的な魅力に満ちている。だが、物語は、ギャンブル依存症である人物の狂熱から、スピリチュアル的な救済へと向かうのだ。
コリン・ファースの迫真の演技によって、最後まで興味深く観ることが出来るのは事実だが、本作が、アジア的な霊的神秘が地獄に落ちた西洋人を救うという単純な物語に落ち着いたように見えるのは少々残念だ。
霊的な神秘が画面から十分に感じられないのは、キーパーソンであるダオ・ミンという女性の描き方が中途半端であることが上げられるだろう。どちらかといえば、人間的な温もりを持つ人として描かれている上に、不在時間がいささか長すぎたように感じられるのだ。
だが、そんな欠点を差し置いても本作は観るに値する作品である。エンドロールの途中で切らず、是非最後まで観てほしい。
Netflix映画『端くれ賭博人のバラード』作品基本情報

原題:The Ballad of a Small-Time Gambler
監督:エドワード・ベルガー(『教皇選挙』『西部戦線異状なし』)
原作:ローレンス・オズボーン『The Ballad of a Small-Time Gambler』
脚本:ローワン・ジョフィ
出演:コリン・ファース、ティルダ・スウィントン、アレックス・ジェニングス、ディニー・イップ、アンソニー・ウォン、ファラ・チェン
撮影監督:ジェームズ・フレンド
編集:ニック・エマーソン
音楽:フォルカー・ベルテルマン
制作国:イギリス/香港/アメリカ
公開/配信:2025年・Netflix
ジャンル:サスペンス/心理ドラマ/ギャンブル
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