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映画『ブラックバッグ』あらすじと感想/ソダーバーグ×マイケル・ファスベンター×ケイト・ブランシェットによるクールなスパイスリラー

『KIMI/サイバー・トラップ』(2023)と『プレゼンス 存在』(2024)で成功を収めたスティーヴン・ソダーバーグ監督と脚本家のデヴィッド・コープが3度目のタッグを組んだ映画『ブラックバッグ』はロンドンを舞台にしたクールなスパイ映画だ。

 

主演のジョージとキャスリンを演じるのはマイケル・ファスベンダーケイト・ブランシェット。英国諜報機関のエージェントでありながら夫婦でもある二人は、おしどり夫婦として知られているが、妻のキャスリンに機密のコードネーム奪取の疑いが浮上する。果たして妻はエージェントを裏切り、夫に嘘をついているのだろうか!? ジョージは妻を含む5人の容疑者の中から、一週間以内に犯人を突き止めるよう命じられるが・・・。

 

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撮影はソダーバーグ監督がピーター・アンドリュース名義で担当。自然光での撮影でありながらうまく陰影をいかし、人間の繊細な心理を鋭く見つめている。また、メアリー・アン・バーナード名義で編集もこなしており、複雑なミステリーをテンポよく、今時珍しい94分というコンパクトな時間にまとめあげた。アクションよりもキャラクター重視の作品だが、終始、緊張感が途絶えない快作に仕上がっている。

 

ピアース・ブロスナンがダンディなエージェンシーの幹部役で出演しており、007シリーズへの目くばせも感じさせる。

 

目次

 

映画『ブラックバッグ』あらすじ

(C)2025 Focus Features, LLC. All Rights Reserved.

ジョージとキャサリンの夫婦は、どちらも英国諜報機関のエージェントだ。ふたりは仕事の上で秘密を持つことはあっても、愛と固い絆で結ばれており、周囲もそのことを熟知していた。

 

几帳面で「人間嘘発見器」という異名を持つジョージは、ある日、上司のフィリップ・ミーチャム(グスタフ・スカルスガルド)に呼び出され、諜報機関内でスパイの疑いのある人物のリストを手渡される。

 

「セブルス」というコードネームのプログラムが盗まれ、もし悪用されれば、莫大な人的被害が出るだろう。ジョージは1週間以内に犯人を突き止め、その使用を阻止しなければならない。

 

リストには5人の名前が記載されていた。昇進した諜報員のジェームズ・ストークス大佐(レゲ=ジャン・ペイジ)、諜報機関のカウンセラー、ゾーイ・ヴォーン博士(ナオミ・ハリス)、情報分析官のクラリサ・デュボーズ(マリサ・アベラ)、大酒飲みの諜報員フレディ・スモールズ(トム・バーク)、そして最後にキャサリンの名があった。

ミーチャムはジョージに妻が犯人だった場合、対処できるかと尋ねるが、ジョージは答えを避けた。

 

ジョージは、一同を集めるために、自宅でディナーパーティーを催すことにした。自白させやすくするために食事に薬をもったが、明らかになったのは、フレディ・スモールズに浮気相手がいることだった。かっとなった恋人のクラリサは彼の手にナイフを突き立てる。

 

犯人は一体誰なのか。ジョージは寝室に映画のチケットの半券が落ちているのに気づき、キャスリンに疑惑を抱く。彼女は、どこかに出かける用意をしていた。どこへ、何をしに行くのか、ジョージは尋ねてみるが、彼女の答えは「ブラックバッグ」。それは、これ以上は秘密保持のために言えないというエージェントの間で使われる「合言葉」だった。

 

妻への疑念がぬぐえない中、さらなる証拠が示され、ジョージは、クラリサに頼んで監視衛星の操作という無謀な依頼をするが・・・。

 

映画『ブラックバッグ』感想と評価

(C)2025 Focus Features, LLC. All Rights Reserved.

多作で知られる映画監督スティーヴン・ソダーバーグの最新作は、ジョン ル・カレ原作、トーマス・アルフレッドソン監督の『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』(2011)を彷彿とさせる鋭く思慮深いスパイスリラーだ。

 

映画はソダーバーグ監督の特徴のひとつである長回しのトラッキングショットで始まる。カメラはある人物の真後ろにぴたりと付き、その男が街を歩き、イーストロンドンのクラブへと足を踏み入れる様を据えているが、男の歩みには迷いがなく、自分自身が何をしているのか、何をすべきなのかをはっきりと自覚していることが伝わって来る。

この男は国家サイバーセキュリティセンター(NCSC)のエリート諜報員ジョージ・ウッドハウスだ。MI6が広範な情報収集と諜報活動を行うのに対してNCSCはサイバーセキュリティに特化した機関として知られている。

 

「オーシャンズ」3部作や『アウト・オブ・サイト』(1998)などでソダーバーグ監督としばしばコラボレーションしてきた作曲家デヴィッド・ホームズのスコアが冒頭から流れて緊張感を高め、私たちは気が付けば深遠なスパイの世界へと誘われている。

 

ジョージに託された任務は「セヴェルス」と呼ばれるサイバーワームを奪取した組織の裏切り者を見つけることだ。このワームが悪人の手に渡ることがあれば、核施設に侵入され大混乱を招くだろう。

二重スパイの可能性がある重要容疑者は5人。彼らは皆、同等の機密を扱うことを許可されている人物だ。問題なのはその中に彼の妻で凄腕諜報員のキャスリン・セント・ジーンが含まれていることだ。

 

ジョージに与えられた時間はわずか1週間。彼は、裏切り者を突き止める最善の方法として容疑者を一堂に集められる自宅でのディナーパーティーを選択する。

 

こうしてスパイ対スパイの壮絶な駆け引きが始まるのだが、ジョージとキャスリンはどちらも同僚から恐れられかつ尊敬されているエリートスパイのパワーカップルであり、招待された四人(二組のカップルでもある)は、なぜ招待されたのかわからず、事前に四人で集まって戦々恐々としている姿が描かれるなどユーモラスな味付けも加えられている。

 

そのディナーの席で、ジョージが自分の父親を見張って秘密を暴露し、最終的に自殺に追い込んだことが明かされる。ジョージという男の本性をよくついたエピソードだろう。彼は嘘つきが嫌いなのだ。

 

ソダーバーグ監督は銃撃戦や爆発などの派手なアクションは最小限に抑え、本作を登場人物同士の関係性に重点を置いた作品に仕上げている。ディナーパーティーやオフィスにおける関係者のやり取りがスリリングな緊迫感を生み出し、彼らがどのような反応をするのかといった会話重視の脚本が、まるでアガサ・クリスティーのミステリ小説のような面白さを生み出している。

 

物語はミスリードを頻繁に散りばめながら、高いレベルのサスペンスを終始維持している。今の時代の最新装備品や、監視衛星のハンドオフなど高度な技術がスパイ映画らしいサスペンスを盛り上げると同時に、噓発見器というオーソドックスな方法が重要な役割を果たすのがユニークだ。

 

タイトルになっている「ブラックバッグ」とは、どこへ行くのか、誰と会うのか、といった詳細を尋ねられた際に、それ以上の質問はご遠慮くださいというときに用いる言葉だ。機密情報や情報提供者を守るための合言葉であり、これはジョージとキャスリンの夫婦の間でも使われている。

 

ジョージに扮しているマイケル・ファスビンダーは、デヴィッド・フィンチャーの『ザ・キラー』でファスビンダーが演じた名もなき殺し屋を彷彿させるようなストイックでプロフェッショナルな人物をさらに深化させたような冷徹さを終始醸し出している。

 

現場工作員として世界を飛び回るキャサリンを演じているのはケイト・ブランシェットだ。ジョージがそれとなく探りを入れた際のキャスリンの態度は嘘のないごく自然な振る舞いにも見えるし、細心の注意を払ってしらを切っているようにも見える。ケイト・ブランシェットはこの曖昧で二面性をもっているかのように見えるキャラクターを気負うことなく、優美に鮮やかに演じている。

 

ジョージはこれまでずっとキャスリンを信用し、彼女に何かがあったら絶対に自分が守るのだと決意して来た。二人の絆が恐ろしく強いことは周りの者にも知られているのだが、ジョージが5人の中でもっともキャスリンに注意を払っているのは明らかだ。果たして妻は組織を裏切り、夫に嘘をついているのだろうか。それとも犯人は他の四人の中にいるのだろうか。

 

ジョージが追及しようと思ってもキャスリンの「ブラックバッグ」という防御手段の言葉がそれを妨げてしまう。ファスベンダーとブランシェットは、お互いの演技の強みを活かし、鮮やかな駆け引きを見せていて目が離せない。

 

今時珍しい90分という極めて短い時間にコンパクトにまとめられた本作は、クールで巧妙なスパイスリラー映画であると共に、疑惑と信頼と使命感が夫婦の愛を試す究極のラブストーリーでもあるのだ。

 

 

映画『ブラックバッグ』作品情報

(C)2025 Focus Features, LLC. All Rights Reserved.

2025年製作/94分/アメリカ映画/原題:Black Bag

監督:スティーヴン・ソダーバーグ 脚本・製作指揮:デヴィッド・コープ 共同製作:コリー・ベイズ、アンドリュー・リアック アソシエイト・プロデューサー:マイケル・ファスベンダー 製作:ケイシー・シルヴァー、グレゴリー・ジェイコブス、クリストファー・ネーラッハー/ヒューゴフィルム・フィーチャーズ、チューリッヒ 撮影監督:ピーター・アンドリュース 編集:メアリー・アン・バーナード プロダクションデザイン:フィリップ・メッシーナ 音楽:デヴィッド・ホームズ 衣装デザイン:エレン・マイロニック

出演:マイケル・ファスベンダー、ケイト・ブランシェット、マリサ・アベラ、トム・バーク、ナオミ・ハリス、レゲ=ジャン・ペイジ、ピアース・プロスナン、グフタス・スカルスガルト

 

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