『THE PENGUIN-ザ・ペンギン-』は、マット・リーブス監督による映画『THE BATMAN ザ・バットマン』(2022)に登場するオズ・コブ(通称ペンギン)を主人公にした全8話のドラマシリーズだ。
犯罪界の首領、カーマイン・ファルコーネが死に、彼の息子アルベルトがあとを継ぐとみなされる中、アルベルトに侮辱されたと感じたオズが彼を咄嗟に撃ち殺してしまうところから物語は始まる。
アルベルト殺害の疑惑をうまくかわし、綱渡りのように世を渡りながら、ゴッサム・シティでの権力争いに身を投じていくオズを演じるのはコリン・ファレルだが、マイク・マリノによる特殊メイクによってまったく別人のように見えるよう仕上がっている。声さえ違っているがファレルは役柄に溶け込み、足を引きずりながらペンギンを完璧に演じている。
回を重ねるごとに注目が集まり、最終話の8話では210万人の全米視聴者数を獲得、2024年を代表する作品となった。
日本国内では2024年9月20日(金)よりU-NEXTにて配信開始。
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目次
『THE PENGUIN-ザ・ペンギン-』作品情報
2024年/アメリカ/全8話(47分~68分)/原題:THE PENGUIN
原案・脚本:ローレン・ルフラン エグゼクティブプロデューサー:マット・リーブス、 ディラン・クラーク、コリン・ファレル、ウィリアム・C・カラッロ、ダニエル・ピプスキ、ローレン・ルフラン、クレイグ・ゾベル プロデューサー:ダナ・ロビン、ニック・タウン、コリナ・マリテスク、クローディン・ファレル 監督:クレイグ・ゾベル 音楽:マイケル・ジアッチーノ 撮影:ダラン・ティアナン、ジョナサン・フリーマン、デビッド・フランコ、ゾーイ・ホワイト 編集:ヘンク・ヴァン・エーゲン、メグ・レティッカー、アンディ・ケア 衣装:ヘレン・ホアン メイクアップ:マイク・マリノ ネットワーク:HBO
出演:コリン・ファレル、クリスティン・ミリオティ、レンジー・フェリズ、マイケル・ケリー、ショーレ・アグダシュルー、ディードル・オコンネル、クランシー・ブラウン、ジェームズ・マディオ、スコット・コーエン、マイケル・ゼゲン、カルメン・イジョゴ、テオ・ロッシ、ダニエル・J・ワッツ、デヴィッド・H・ホームズ、ジョシュア・ビトン、ナディーン・マルーフ
『THE PENGUIN-ザ・ペンギン-』あらすじ
リドラーによる防潮堤破壊のおかげで、ゴッサム・シティの貧困地区の大部分が水没。大勢の人が亡くなった。ファルコーネ・ファミリーの一員であるオズワルド・"オズ"・コブ(コリン・ファレル)も、自身が経営するクラブを失い、手下は散り散りバラバラになるなど人生の苦渋を味わっていた。
オズはこの状態から這い上がるためにファルコーネ家に忍び込み、金庫を開けて、使えそうな写真の束を見つけるが、カーマイン・ファルコーネの長男アルベルトに運悪く見つかってしまう。
うまく言い逃れしてアルベルトに媚びるオズだったが、アルベルトから侮辱的な言葉をぶつけられ腹を立てた彼は思わずアルベルトを射殺してしまう。
遺体を袋に詰め運んでいたオズは、近所の悪ガキたちが車を盗もうとしているところに出くわす。彼は激怒して、発砲、一人逃げ遅れたビクターという青年を捕まえ、彼に遺体遺棄を手伝わせる。このことがきっかけでビクターはオズのもとで働くことに。ビクターは洪水で家族を失い、ひとりぼっちになっていた。
そんな中、オズは組織の幹部から呼び出される。彼らはオズが管理する麻薬工場をリスク回避のため閉鎖するという。オズは反論するが彼らはオズの言うことに耳をかそうとはしない。彼らにとってオズはただの下働きに過ぎないのだ。オズはアルベルトから聞いた全く新しい麻薬の話を持ち出して今の工場で自分が采配すると主張するが、その時現れたのは、アルベルトの姉、ソフィアだった。
ソフィアは売春婦を9人殺した罪で逮捕され、10年間、アーカム州立病院に収容されていた。すっかり治ったという彼女はオズにアルベルトのことを知らないかと尋ねた。弟は彼女にとって最も大切な家族なのだ。その弟が行方不明になったことでソフィアはオズを疑っていた。
オズはアクロバティックな試みでアルベルト殺しの罪を他人に着せ、新しい麻薬を取り扱うことでソフィアと結託するが、彼らの間にはある因縁があった。
やがてライバルファミリーのマロニー家も加わってギャング同士の抗争が繰り広げられていく。
『THE PENGUIN-ザ・ペンギン-』感想と解説
本作はマット・リーブス監督による映画『THE BATMAN ザ・バットマン』(2022)でポール・ダノ演じるリドラーがゴッサム・シティを守る防潮堤を爆破し、貧困地区の大部分を水没させた直後から始まる。
多くの人が亡くなり荒廃したゴッサムの貧困地区は、まるでマーティン・スコセッシが『ギャング・オブ・ニューヨーク』で描いた混沌とした18世紀のニューヨークのようだ。
ドラマシリーズの主役は『THE BATMAN ザ・バットマン』の脇役オズ・コブ(通称ペンギン)で、物語は彼を主人公にしたギャングものとして展開し、バットマンは最後まで登場しない。
ゴッドファーザーであるカーマイン・ファルコーネの死によって権力の空白が生じている最中、組織の一員であるオズは、自分を侮辱したカーマインの長男で時期トップの最大の候補者アルベルトを思わず撃ち殺してしまう。
とんでもないことをしてしまったと後悔してももう遅い。意を決した彼は死体処理の最中に出くわしたビクターという少年を仲間に引き入れ、狡猾な手を使い、口八丁手八丁でスリリングに危機を切り抜け、まんまと別の人間に罪を擦り付けることに成功する。
大胆で野心に満ちた彼は、時に道化になって他者を安心させながら巧妙にギャングたちを対立させ、じわじわと裏社会でのし上がる準備を進めていく。彼は見た目のとおり、抜け目のない悪党なのだ。
だが、そんな彼も老いた母には頭があがらない。トニー賞受賞の名優ディードル・オコンネルが演じる母親は、「良い生活をさせてくれると約束したじゃないか」と常にオズにプレッシャーをかけ続けており、彼はその期待に応えようと必死だ。
また、ビクターとは、年上の男性が若い男性を教育し一人前に育てていこうとするという度々映画が描いて来た師弟関係を思わせる。
例えば『北国の帝王』のリー・マービンとキース・キャラダインの関係などもそうしたもののひとつだが、リー・マービンが「お前でも一人前の人間になれるんだぞ」と説くのに対して、キース・キャラダインは人を利用することしか考えていない。
それに比べれば、ビクターは素直過ぎるほどで、オズも彼のことを至極大切に扱っているように見える。2人の関係は勿論のこと、ビクターがどのように成長し、どんな役割を担っていくのかが物語を引っ張るひとつのキーとなっている。
どうやら野心に満ち、戦略家で狡猾な悪党であるオズにも肉親という弱点があり、また人間味溢れる一面もあるらしい。
だが、回を重ねるごとに、私たちはキャラクターに関する認識を改めざるを得なくなる。
四話ではアルベルトの姉ソフィアの過去が語られる。彼女は、当初、9人の女性を次々と殺したため長らくアーカム州立病院に収容されていたサイコパスとして登場するのだが、事情はまったく違っていたのだ。
彼女もまたオズと同じく、暴力的な情け容赦のない人間なのだが、彼女の悲劇性には同情の余地があり、物語は徐々に彼女の復讐劇の様相を呈して行く。ソフィアを演じるクリスティン・ミリオティが終始、完璧と言える演技をみせていて素晴らしい。
そしてオズに関しても予想だにしなかったエピソードが次々と綴られ、自分が如何に彼に対して類型的な人物像しか抱いていなかったのかを思い知らされることになる。
ソフィアはある種のピュアさを備えていて、それゆえに彼女の復讐心は私たちの心を引きつけ、共感を覚えさえもする。対してオズの場合は、激しい嫌悪感に襲われてしまうほど悪の根は深い。
だが、彼はゴッサムの貧困地帯で苦しむ人々からは絶大な信頼がある。オズ以外に彼らに感心を示す人は誰もいないし、オズは実際、この地域に電気を通してみせるのだ。それらの行動の動機がどのようなものであったとしても。また、その後の不誠実さをもってしても。
キャラクターはこのように多層的に表現されており、物語のプロットもより複雑に、ソフィアとオズの生死をかけた対立へと変化していく。
まるでアメリカ大統領選を彷彿させる展開も単なる偶然ではなく、時代を読む能力に長けたクリエイターたちのなせる技だろう。まさに2024年を象徴する作品である。
一方で、あまりにも本作が秀逸な仕上がりだったために、来るべき『THE BATMAN-ザ・バットマン-2』がどのような作品になるのか、まったく想像がつかなくなってしまった。