朝鮮王朝時代の記録物<仁祖実録>(1645年)に残された‟怪奇の死"にまつわる謎を題材に、斬新なイマジネーションを加え誕生した映画『梟―フクロウ―』。
闇夜に怪奇な事件を目撃してしまった目の不自由な天才鍼灸師ギョンスが、真相を暴くために奔走する第一級の王朝サスペンスだ。
「コンフィデンシャル」シリーズなどのユ・ヘジンがいつものユーモアたっぷりの演技を封印して気性の激しい王を演じ、『毒戦 BELIEVER』(2018)などのリュ・ジュンヨルが天才鍼灸師ギョンスに扮し繊細な演技を見せている。
イ・ジュンイク監督の映画『王の男』の助監督を務めるなど、さまざまな作品でキャリアを積んだアン・テジンが本作で長編監督デビューを飾った。
映画『梟―フクロウ―』は、2022年の韓国年間最長No.1記録を樹立。第59回百想芸術大賞にて作品賞、新人監督賞、男性最優秀演技賞、第59回大鐘賞映画祭にて新人監督賞、脚本賞、編集賞を受賞したのをはじめ、国内の映画賞で「25冠」の最多受賞に輝いた。
映画『梟―フクロウ―』作品情報
2022年製作/118分/韓国映画/原題:올빼미(英題:The Night Owl)
監督・脚本:アン・テジン 製作総指揮:キム・ウテク 撮影:キム・テギョン 編集:キム・サンミン 音楽:ファン・サンジュン 美術:イ・ジュン
出演:リュ・ジュンヨル、ユ・ヘジン、チェ・ムソン、チョ・ソンハ、パク・ミョンフン、キム・ソンチョル、チョ・ユンソ
映画『梟―フクロウ―』あらすじ
盲目の鍼灸師ギョンスは、その腕を認められ宮廷で働くこととなった。彼には病気の弟がいて、これまで薬を買うにも四苦八苦していたが、これで弟を少しは楽にさせてやれると安堵する。
ただし、最初の一か月は宮廷に泊まり込みで働かなければならない。その後は家から通うことが出来るという。弟にしばしの別れを告げてギョンスは宮廷に入った。
ギョンスは内医院の先輩マンシクの指導を受け、宮廷の生活に馴染んでいく。マンシクは明るい親切な先輩だった。
ある夜、ギョンスは夜通し当番をすることになった。初めてなのでマンシクが付き添ってくれるが、彼は途中で眠ってしまう。マンシクは一度目覚めるが、あまりにも眠たそうなので申し訳ないと思ったギョンスは寝てくださいと促した。
マンシクは灯は必要ないだろうと全て消して自分の部屋に戻って行った。
ギョンスは弟への手紙を紙に書き始める。その様子はまるで目が見えているようだ。実はギョンスは昼間は全く見えないのだが、暗闇だと少しだけ見えるのだ。 しかし、彼はこの事を他の人には隠していた。
その頃、清国に人質として連れて行かれた世子ソヒョンが8年ぶりに帰って来た。10歳の若殿は顔もよく覚えていない父と母に会うことが出来て幸せそうだった。
領相は王と面会し、清は今や飛ぶ鳥を落とす勢いで西洋の文明も取り入れている、清に忠誠を尽くせば朝鮮も安泰ですと進言するが、王はそれを拒否し、忠誠を尽くすべきは明だと主張する。明は滅んだと領相が訴えても王は聞く耳を持たず、領相は王に不信感を覚える。
世子は肺が悪いらしくしきりに咳をしていた。治療にあたったギョンスは世子に認められ、ふたりの間には信頼関係が生まれる。
ある夜、世子の咳がひどくなり、御医のイ・ヒョンイクとギョンスが呼び出される。治療の最中に、ギョンスはあることに気が付き驚愕する。
イ・ヒョンイクは一瞬、ギョンスの目が見えているのではないかと疑うが、ギョンスは見えていないふりを通した。
「落ち着かれました」と報告してイ・ヒョンイクとギョンスは退出するが、ギョンスはすぐに世子のところに解毒剤を持って戻った。しかし世子は既に息をしておらず目から血を流して死んでいた。ギョンスは世子の頭に一本の針が残されているのに気が付く。
その頃、イ・ヒョンシクは針が一本足りないことに気が付き、あわてて世子のところに戻る。どこを探しても針がない。その時、傍では逃げ去ろうとしていたギョンスがいた。針を落としてしまい、それを拾おうとした際、音をたてたため、御医に気付かれてしまう。
彼は慌てて逃げるが、蝶番につまずいて膝に怪我をしてしまう。しかしなんとか自分だとは気づかれずに逃げることができた。
なんの騒ぎかとやって来た人々にイ・ヒョンシクは世子が死んだことを告げる。自分は犯人を見た、その者は膝から出血をしているはずだと言い、息子の死の報せを聞いた王は激昂して犯人の手足をもぎ取ると叫んだ。宮廷中の者たちが集められ、徹底的な犯人探しが始まった。
絶対絶命のギョンスはある場所に書面を持って向かうが・・・。
映画『梟―フクロウ―』解説と感想
(ラストやストーリーの核に触れていますのでご注意ください)
映画は「仁祖実録」に記載された次のような一文から始まる
朝鮮に戻った王の子は、ほどなく病にかかり、命を落とした。彼の全身は黑く変色し、目や耳、鼻や口など七つの穴から鮮血を流し、さながら薬物中毒死のようであった。
映画『梟―フクロウ―』は、1640年代の韓国史の謎に焦点をあて、実在の人物たちの中に架空の鍼灸師というキャラクターを加えたことで緊張感溢れる世界を創り出した。
リュ・ジュンヨル扮する盲目の鍼灸師ギョンスは、ある日、宮廷の内医院にスカウトされる。それは勿論、彼の確かな腕を買われてのことだが、何事も「見たり、言ったり、考えたりしてはいけない」宮廷の世界で、彼が盲目であることは人々にとって都合の良いものでもあった。
だが、実はギョンスは、昼間の光溢れる場所では何も見えないのだが、夜の暗闇では少しだけ見えることが映画の序盤に明かされる。見えることを知られて警戒されたくない彼はこのことを秘密にしているのだ。ここでタイトルの意味を誰もが知ることとなるだろう。
序盤の見どころは、鮮やかな陽光が降り注ぐ広場や、青みがかった深い夜の闇や薄ぼんやりした朧げな室内といった宮廷の様々な秘密めいた光景と、条件が変わる度に、表情や仕草が変わるギョンスの姿である。また、彼の研ぎ澄まされた聴覚によって、観る者もまた様々な音に引き込まれることになる。
清国の人質となって以来8年ぶりに帰国した世子は肺を患っており、ある日、咳が止まらなくなったというので、御医イ・ヒョンシクとギョンスが急遽呼ばれる。
ギョンスは治療の途中で、御医が毒を使っていることに気が付き、愕然とする。治療を終えた後、すぐに解毒剤を持って駆け付けたギョンスだったが、既に世子は亡くなっていた。そこに毒を仕込んだ針を一本、刺したまま忘れたことに気が付いたイ・ヒョンシクが戻って来て、二人は危うく鉢合わせしそうになる。
ギョンスはなんとか逃げ切ったが、蝶番にひっかかって膝に怪我をしてしまう。イ・ヒョンシクは逃げた男が犯人で、怪我をして血を流しているはずだと言い、宮中の全ての扉が閉ざされ、捜索が開始される。
ここでギョンスは、目撃者となると同時に、容疑者にもなってしまうのだ。目撃者として名乗りでたとしても宮廷の誰が盲目の鍼灸師の言葉を信じるだろう。
アン・テジン監督が脚本づくりに三年をかけたというだけあって、緻密でスリリングな展開が続く。血で血を洗う権力闘争が繰り広げられる中、誰が黒幕なのか、裏切り者は誰か、犯人だと証明するためにいかに証拠を探せば良いかというミステリ要素たっぷりの物語が面白いのはいうまでもない。が、さらに作品を豊穣なものにしているのが、人としていかなる行動を取るべきなのかという命題が描かれていることだ。
「貧しいものは見て見ぬふりをしないと生きていけない」という言葉をギョンスは劇中何度か語っている。それは彼がこの厳しい世界で生き残っていくために得たひとつの知恵なのであり、だからこそ、彼はこれまで見えないふりをして来た。
その心情をここでも貫くのか、それとも大きな罪を告発すべきなのか、激しく心を揺らしながら、最後に彼が「見える」=「見る」ことを選択することに、本作の最大の魅力が詰まっている。
(文責:西川ちょり)