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【解説】映画『アシスタント』あらすじ・感想/映画業界のアシスタントの一日から見えてくる「共犯」と「沈黙」のシステム

Netflixの異色ドキュメンタリー『ジョンベネ殺害事件の謎』など、3本のドキュメンタリー作品で知られるキティ・グリーンが初の長編劇映画監督を務めた映画『アシスタント』(2019)。

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2017年に起こった#Me Too運動に映画の題材を見出したキティ・グリーンは、映画業界に携わる多数の人々にリサーチとインタビューを行い、そこで得た膨大な量の実話をもとに劇映画として完成させた。

 

映画プロデューサーになる夢を持つジェーンは名門大学を卒業し、激しい競争を勝ち抜いて見事有名エンターテインメント企業に就職するが、彼女が務めるジュニア・アシスタントは、業界の華やかさとは無縁のヒエラルキー最下層の仕事だった。

パワハラ気質の上司のもとで常に緊張感にさらされ、長時間労働を強いられるジェーンは、以前から疑わしかった上司のセクハラの事実を確信する。これ以上の被害を出してはいけないと立ち上がろうとするが・・・。

 

ジェーンを演じているのは、Netflixドラマ『オザークへようこそ』でプライムタイム・エミー賞にノミネートされた若手俳優ジュリア・ガーナー。終始こわばったような表情をたたえながら、懸命に仕事をこなし、悩むひとりの女性を見事に演じている。

 

目次

映画『アシスタント』作品情報

(C)2019 Luminary Productions, LLC. All Rights Reserved.

2019年製作/87分/アメリカ映画/原題:The Assistant

監督・脚本:キティ・グリーン 製作:キティ・グリーン、 スコット・マコーリー 、ジェームズ・シェイマス、 P・ジェニファー・デイナ、 ロス・ジェイコブソン 製作総指揮:ジョン・ハワード 、フィリップ・エンゲルホーン 、リー・ギブリン、 アビゲイル・E・ディズニー、 マーク・ロバーツ、 ショーン・キング・オグレイディ、 エイビ・エシェナジー 撮影:マイケル・レイサム 美術:フレッチェー・チャンシー 衣装:レイチェル・ディナー=ベスト 編集:キティ・グリーン、ブレア・マクレンドン 音楽:タマール=カリ

出演:ジュリア・ガーナー、マシュー・マクファディン、マッケンンジー・リー、クリスティン・フロセス  

 

映画『アシスタント』あらすじ

(C)2019 Luminary Productions, LLC. All Rights Reserved.

まだ夜も明けぬ暗いうちにジェーンはニューヨーク市クィーンズ地区のアストリアのアパートを出て、黒い車に乗り込み、彼女が働くマンハッタン・トライベッカのビルに入っていった。

 

名門大学を卒業したばかりのジェーンは、映画プロデューサーという夢を抱いて激しい競争を勝ち抜き、有名エンターテインメント企業に就職。

業界の大物である会長のもと、ジュニア・アシスタントとして働き始めて5週間になるが、彼女の仕事は華やかさとは無縁の過酷なものだった。

 

長時間労働の上に仕事の内容もクリエイティブなものはひとつもなく、事務作業、電話応対など単純作業が続く。

会長の妻からの電話にうまく対応できないと、即座に会長から電話で叱咤され反省文を書かされる。そうしたハラスメントは常態化していて常に緊張の中で仕事をこなさなくてはいけない。

 

あまりの忙しさに、父の誕生日におめでとうの電話を入れるのも忘れる始末。しかし、彼女は、自分の代わりなどいくらでもいて、将来大きなチャンスを掴むためには、会社にしがみつくしかないこともわかっていた。

 

ある日、ジェーンは会長の指示のもと、新しいアシスタントだというアイダホから出て来たばかりの女性を高級ホテルに案内する。その後、会長もホテルに向かったことを知る。

 

大切な会議が始まるというのに姿を見せない会長。会長の部屋に女性の髪留めが落ちていたり、ソファーが汚れていたこともあった。これまで抱いていた疑念が確信に変わって行く。

 

ジェーンは、この問題に立ち上がることを決意するが――。  

 

映画『アシスタント』の感想・評価

(C)2019 Luminary Productions, LLC. All Rights Reserved.

(ラストに言及しています。ご注意ください)

ニューヨーク・マンハッタンのトライベッカにある大手映画制作会社でジュニア・アシスタントとして働くジェーンという若い女性の一日が綴られていく。

 

有名大学を卒業し勝ち抜いて手に入れた職だが、誰よりも早く出社し、会長が帰ってもいいと言うまで帰宅できない長時間労働である上に、仕事は単調な雑用ばかりでクリエイティブな要素のかけらもない。

 

コーヒーを淹れ、冷蔵庫に清涼飲料水を補充し、パソコンに電源を入れ、その日のスケジュールを印刷して会長のテーブルに置き、会長の部屋に残された菓子パンのくずを手のひらで受けゴミ箱に捨て、皿洗いをし、郵便物を開封して取り出した物を棚に並べる。領収書を処理し、同じ部屋をシェアする男性社員の分も含め昼食の注文をし、電話でアポを取り、子連れでやって来た女性が会長と面談している際には子供たちの面倒までみる。

 

そうした作業は誰からも注目されず、誰からも評価されない。また、ヒロインの名前である「ジェーン」が劇中、他の人物から呼ばれることもほぼない。これは彼女がこの場では個性や意志を持った人間として扱われていない証拠だ。そうした事柄は、何度か出て来るエレベーターのシーンにも顕著に表れている。その小さな空間は息の詰まるような階級格差の空気に満ちているのだ。

 

こうした描き方は、誰にも評価されない主婦の日常を淡々とした描写で綴ったシャンタル・アケルマンの『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』(1975)を思い出させるが、実際、キティ・グリーン監督はこの作品を参考にしたという。

 

ただ、『ジャンヌ・ディエルマン』が主婦の空虚なルーティーンの繰り返しとその綻びを長回しの3時間超で描いているのに対して、『アシスタント』は、ジェーンが過ごす一日だけを描き、87分というコンパクトな時間に納めているのが面白い。

 

その87分は、全編、一種のサスペンス映画のような、恐怖映画のような緊張感に覆われている。これまで、何かおかしいと感じさせる予兆はいくつもあったが、ある日、アイダホから来たばかりだという若い女性の新しいアシスタントを会長が高級ホテルに送るように命じ、彼女がホテルに到着するや、会長もホテルに向かい、帰ってこないという事態が起きる。

 

会長によるセクハラに関してこれまで疑念だったものが確信に変わっていくのだが、周りの人々はそのことにとっくに気づきながら、黙殺している。

 

タクシーの中で会話した際、女性は喜びと希望に満ちていた。女性のことを放っておくわけにはいかないと、ジェーンは意を決して、隣のビルの人事部に相談に行く。

 

当初、好意的だった担当者のウィルコック(HBO制作ドラマ『メディア王 〜華麗なる一族〜』(原題:Succession)のトムことマシュー・マクファディン)は、ジェーンが話し出すと、彼女が何を言わんとしているのか全て悟りながらも、何が問題なのかとはぐらかしたり、新しいアシスタントに嫉妬しているのかと問題をすり替えるというガスライティングを行い、挙句にあなたの代わりなどいくらでもいるのだと脅し、職を失いたくないだろう?と最後は同情的に寄り添う振りをして彼女を追い払う。

これは“こうして告発は葬られる”ということを顕著に示した非常に重要なシーンであり、聡明な人間を操ることなどわけがないのだという権力側の横暴さが滲み出たひどく醜いシーンと言える。

 

映画『アシスタント』は、なぜ聡明な人たちもが、明らかな犯罪行為を傍観し目をつぶるようになるのか、「共犯」と「沈黙」のシステムを明快に描写してみせるのだ。  

 

ウィルコックはジェーンに「君は大丈夫だ。彼の好みじゃない」と語り、ジェーンはセクハラを受けないと断言するが、直接的な被害はなくても彼女は間接的に被害を受けており、時にはその片棒までかつがされているのだ。会長はジェーンに対して自分の性的搾取をあえて隠さず、わざとその形跡を残しているようにさえ見える。

ジェーンの気持ちを察して、慰めるために年上のそれなりの役職にいるらしき女性が声をかけてくるが、「きっと彼女はボスを利用してうまくやるわ」と言うのだ。それは事の本質をすり替えて納得し、問題を心の中から消し去る一つの方法というわけだ。

 

そしてジェーンは常にパワハラを受け、精神は休まることがない。会長から他の社員もいる前で罵倒され、反省文を書かされたかと思えば、猫なで声が聞こえるようなメールが届く。

これは一種のマインドコントロールに近く、恐怖政治による精神的支配が行われているのだ。繰り返しハラスメントを行い、時に優しくフォローしてみせて弱い立場の者に権力を知らしめ、自身のために従順に動く“人形”にしてしまおうというのだ。

 

会長は、劇中一度も姿を見せず、声と気配のみで描かれている。モデルは明らかにハーヴェイ・ワインスタインだろう。しかし、顔をあえてみせないことで、映画業界は勿論、どんな企業でも組織でもあるいは学校でも、絶対的な「権力」を持つものに置き換えることが出来る。「会長」はどこにでもいるのだ。

 

ジュリア・ガーナーは、この最悪な環境に屈しないという強い意志と、今にも挫折しそうな弱さの両面を持った表情で事に対峙していく。そのアンビバレンツに引き裂かれた硬い顔つきが物語に大きな説得力を与えている。

 

87分間、彼女の過酷な一日をまるでホラー映画を観ているかのような緊迫感で見守ってきた私たちは、ようやく解放され、オフィスの外に出て、オフィスの窓が見えるカフェで軽食をとる彼女を見ることになる。

 

彼女はパンのようなものを紙でくるみ、すぐに席を立つ。彼女はこの一日、まともに食事をとっていない。夕食くらいはゆっくり自宅で摂れることを願ってしまう。すぐにまた、朝はやって来るのだから。

(文責:西川ちょり)

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