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【考察】映画『To Leslie トゥ・レスリー』あらすじ・感想/アカデミー賞主演女優賞へのノミネートも納得の作品の素晴らしさと問題点について

テキサスで暮らすシングルマザーのレスリーは宝くじに高額当選して喜びを爆発させるが、金は全て酒に消えてしまった・・・。

6年後、どん底のままついに住む家も失ったレスリーは長らく会っていなかった息子に連絡を取るのだが・・・。

 

映画『To Leslie トゥ・レスリーアメリカ国内では単館での公開ながらも、レスリーを演じたアンドレア・ライズボローの圧巻の演技が話題を呼び、グウィネス・パルトロウシャーリーズ・セロンエイミー・アダムスなど実力派俳優たちが次々と称賛。アカデミー賞主演女優賞へのノミネートに至ったことでも話題となったヒューマンドラマだ。


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監督のマイケル・モリスは、ドラマ「ベター・コール・ソール」最終シーズンの製作総指揮・監督を務めたことで知られるほか、『13の理由』、『ハウス オブ カード 野望の階段』などの人気ドラマで数多くのエピソードを手掛けてきた人物。本作で長編映画監督デビューを果たした。  

 

目次

 

映画『To Leslie トゥ・レスリー』作品情報

(C)2022 To Leslie Productions, Inc. All rights reserved

2022年製作/119分/アメリカ映画/原題:To Leslie

監督:マイケル・モリス 脚本:ライアン・ビナコ 撮影:ラーキン・サイプル 美術:エマ・ローズ・ミード 衣装:ナンシー・セオ 編集:クリス・マケイレブ 音楽:リンダ・ペリー 音楽監修:バック・デイモン

出演:アンドレア・ライズボロー、アンドレ・ロヨ、オーウェンティーグ、スティーブン・ルート、ジェームズ・ランドリー・ヘバート、マーク・マロン、アリソン・ジャネイ

映画『To Leslie トゥ・レスリー』あらすじ

(C)2022 To Leslie Productions, Inc. All rights reserved

テキサス州西部で暮らすシングルマザーのレスリーアンドレア・ライズボロー)は、宝くじに高額当選し喜びを爆発させるが、金はすべて酒に消えてしまう。

 

6年後、レスリーは故郷を離れひとりで暮らしていたが、家賃が払えなくなり強制的にアパートを退去させられてしまった。長らく会っていなかった息子に連絡すると息子はわざわざ車で迎えに来てくれた。

 

息子は友人と部屋をシェアしながら人生を立て直そうと懸命に働いていた。ところがレスリーは息子が出かけている間に、部屋や彼の服のポケットを探り、小銭を手にすると早速その金で酒を購入。

挙句に、息子の同居人の部屋に入って金を盗み、別の部屋の住人たちと酒を飲んでさわいでいるところを息子にみつかってしまう。  

 

息子に追い出されたレスリーは仕方なくテキサスに戻り、かつての友人ナンシーとダッチの家に転がり込むが、ダッチは渋々許してくれたものの、ナンシーは何かとつっかかってくる。

 

レスリーは夜な夜な酒を飲み歩き、ある日帰ってくると、ドアには鍵がかけられ、レスリーのトランクが外に放り出されていた。

 

彷徨った挙句、いつの間にか外で眠っていたレスリーに男がここで寝てはいけないと声をかけてくる。男はすぐ傍でモーテルを経営しているスウィニーだと名乗った。

 

レスリーが行き場がないことを見て取ったスウィニーは彼女に清掃の仕事を与えてくれた。その上、給与も住む場所も提供してくれるという。

 

ホームレスになるしかなかったレスリーは、これ幸いと話しを受けるが、夜な夜な酒びたりのせいでいつも遅刻だ。

 

ウィニーはいつか彼女は立ち直るだろうと信じて、我慢強く接してくれる。自暴自棄になっていたレスリーも、彼の温かさに触れるうちに、清掃の仕事にまじめに取り組むようになっていく。

 

それでも酒の誘惑は断ちがたい。ある日、スウィニーが、レスリーが宝くじを当てた際のテレビニュースのビデオを持ってくる。

 

観たくないと拒絶していたレスリーだったが、映像には息子がレスリーに幸せになってほしいとインタビューに応える姿が映っていた。その言葉を聞いてレスリーは自分にも夢があったことを思い出す。  

 

映画『To Leslie トゥ・レスリー』の感想・評価

(C)2022 To Leslie Productions, Inc. All rights reserved

日本でも、アメリカで多額の宝くじに当選した人のニュースがたまに流れて来ることがあって、その度にその当選額の大きさに、この人たちはこの先、まっとうな人生を歩めるのだろうか、と危惧したものだ。

 

映画『To Leslie トゥ・レスリー』のパンフレットには此花わかさんの「宝くじはアメリカン・ドリームか、それとも人を破滅させる悪夢!?」という論評が掲載されている。その中に世界の宝くじにまつわる統計が紹介されていて、その中から、いくつか抜粋すると「当選者が起業した新しいビジネスの役80%が3年以内に失敗する」「当選者の70%が当選後7年以内に貧乏になる」、「アメリカでは当選者の最低30%が当選後5年以内に破産する」とある。  

 

予想していた以上に皆さん、大変な人生を送ることになったのだなと実感する数字だが、『To Leslie トゥ・レスリー』で、冒頭流れるニュース映像を見ていると、宝くじ当選者がどのように得た金を失っていくのかが見えるようだ。ニュース映像は、彼女を祝福しながら私たちにはご褒美はないの!と友人か誰かが叫ぶ声を拾っている。どれほど大勢の人間がおこぼれに預かったのだろうか。寄付を訴える人々が玄関のドアを何度も何度もたたく姿も目に浮かぶようだ。

 

とはいえ、本作はそうした過程は一切描かず、あくまでも私たちに想像させるだけでいきなり6年後に飛ぶ。テキサスを飛び出してひとりしがなく暮らしていたレスリーが家賃滞納で家を追い出される光景が映し出される。

 

ホームレスになってしまった彼女は荷物を抱えながら、くしゃくしゃになった紙をとりだす。そこには息子の連絡先が書かれている。紙の皺の寄り方から、何度も何度も取り出してはしまい込み、くしゃくしゃにして捨てたかと思うとまた引っ張り出して大切にしまいこんだというような代物だ。

 

しかし息子宅に落ち着いたレスリーの所業を見ていると、彼女がまぎれもない「アルコール依存症」であることが判って来る。おそらく、彼女はずっと前からその傾向にあり、宝くじは自分の人生を立て直すチャンスであったにも関わらず、その機会を逃してしまったのだ。

 

息子の部屋でとった行動は、まさにアルコール依存症の人ならではのものだ。むしろ依存症であると悟られないように酒を飲む。少し飲めばとりあえず、落ち着けるから。  

 

アンドレア・ライズボローの演技は、アカデミー賞に異例のノミネートを果たしただけあり、圧倒的な説得力を持って迫って来る。過去の細かい描写も、大げさな心情の吐露がなくても、アンドレア・ライズボローの生々しい動作や表情からレスリーという人物が苦しい事態におかれていることがひしひしと伝わってくるのだ。

 

レスリーがうらぶれた通りを歩く様子を度々、横移動で撮ったり、終盤のバーのシーンをワンカットで撮るラーキン・サイプルの撮影も素晴らしい。

 

昔の馴染みたちは、ずるずると暗黒面に落ちていくレスリーの姿を見て悪態をつくが、彼らもどこか罪の意識を禁じえず、それゆえにレスリーが不幸なままであることが余計に腹だたしく感じられるのだろう。そうした事柄も、ほとんど説明はないが、画面の隅々に雄弁に積み重ねられ、観客に想像させる。

 

レスリーに救いの手を差し伸べるスウィニーは、かつてこのホテルの客だったというある意味流れ者だ。何もしらないからこそ、手を差し伸べることが出来たのかもしれない。

 

そんな幸運に恵まれたにも拘わらず、レスリーは危なっかしいことこのうえない。スウィニーが自分と共同経営のロイヤルのことを指して「俺たちこそ宝だぞ」と言う場面があるが、その有難さをレスリーは十分把握しておらず、まるで6年前に多額の宝くじの懸賞金を失ってしまったように、今度の「宝」も失いそうになっている。  

 

ところで、マイケル・モリス監督は、アンドレア・ライズボローにオファーする際、「『WANDA/ワンダ』を目指す」と伝えたそうだ。

参考動画


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『WANDA/ワンダ』(1970)はバーバラ・ローデン監督・脚本・主演のデビュー作にして遺作となった作品で、何もかも失ったワンダという女性が、たまたま入った酒場で一人の男と知り合い、銀行強盗に巻き込まれていくという物語だ。公開当初はほとんど黙殺されたが、じわじわと評価が高まり、著名な映画人をはじめ非常に多くの人々に影響を与えた作品として知られている。日本でも2022年にクレプスキュールフィルムの配給によりロードショー公開された。  

 

妹の家のソファで泥酔している冒頭からも顕著なように(その日は大事な裁判がある日なのに!)ワンダも明らかにアルコール依存症である。彼女は決して夫や子供たちを愛してないわけではないのだが、アルコールに溺れてしまい、まともに家族と接することができない。そのため離縁され、家を追われ、ホームレスになり、なけなしの金さえ奪われて文無しになってしまう。

にもかかわらずしれっと酒場に入り、酒を飲もうとした彼女は、今、犯罪進行中(ワンダは気づいていないのだが)の男と出会い、流されるように行動を共にする。

 

こんな男としか出会えなかったワンダと比べてレスリーははるかに恵まれているといえるだろう。しかし、人はその「恵」に気づかないことが多い。そんな中、ようやくレスリーは覚醒し、スウィニーたちに支えられながら、懸命に自分の人生を立て直そうとする。

 

その立て直すという部分も、大胆に省略されているのはもはや本作のスタイルというべきだろうが、ここでいささかの違和感を感じてしまった。

 

というのも、アルコール依存症からの脱却をきちんと描いていないので、まるで、「固い意志の力」と人々の支えだけで、レスリーが依存症を克服したかのように見えるからだ。  

 

レスリーの依存症はかなり重度なので、医療機関への通院、または入院、自助グループの参加などもきちんと描くべきだったのではないだろうか。

そこを飛ばしてしまうと「アルコール依存症を克服できないのは結局意思が弱いからだ」という誤解を生じかねない。

ラストも感動的であるがゆえに、その点だけが非常に惜しまれるのである。

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