黒澤明監督の社会派サスペンスの金字塔『悪い奴ほどよく眠る』(1960)は、政府機関と企業の汚職をテーマに、組織という名の巨大な怪物に立ち向かう個人の姿を鋭く描き出した作品だ。
若き三船敏郎がポマードでセットした髪と黒縁眼鏡という出で立ちで、クールな主人公・西幸一を演じている。
汚職事件の隠蔽工作により自殺に追い込まれた父の復讐を誓う西は土地開発公社の副社長、岩淵(森雅之)の懐深くに飛び込むが・・・。
60年以上経った今も本作が観る者の心を揺さぶるのはなぜなのか。鮮烈なオープニングから、静かながらも重苦しいラストまで、その演出の意図と作品に込められたメッセージを紐解く。
映画『悪い奴ほどよく眠る』は2026年2月10日(火)にNHKBSプレミアムシアターにて放映(午後1:00~午後3:35)。
目次
映画『悪い奴ほどよく眠る』作品基本情報

タイトル:悪い奴ほどよく眠る
ジャンル:社会派サスペンス
監督:黒澤明
撮影: 逢沢譲
製作国:日本(製作:黒澤プロダクション/配給:東宝)
製作年:1960年
上映時間:151分
配信プラットフォーム:U-NEXT、Amazon Prime Video(レンタル)他
キャスト: 三船敏郎、香川京子、志村喬、三橋達也、森雅之、加藤武、藤原釜足、西村晃
映画『悪い奴ほどよく眠る』あらすじ
土地開発公社の副総裁・岩淵(森雅之)の秘書、西幸一(三船敏郎)は、岩淵の娘・佳子(香川京子)と結婚する。だが、西は、5年前、公団新庁舎建設の折の汚職疑惑の揉消しのために、7階の部屋から飛び降り自殺を強いられ亡くなった課長補佐・古谷の私生児だった。
名前を変え、敵の懐深くに潜り込んだ西は、父を殺した組織への復讐を誓う。死んだはずの男を幽霊のように出現させる心理作戦や、不正の証拠を握る幹部の拉致・監禁などを通じて、徐々に岩淵を追い詰めていく西。しかし、純真な佳子への愛と、自身の中に残る良心が、復讐の鬼になろうとする彼を揺さぶり始める……。
映画『悪い奴ほどよく眠る』感想と評価

舞台劇のように緻密な「結婚式」の幕開け
映画は、西幸一(三船敏郎)と岩淵佳子(香川京子)の結婚式のシーンから始まる。西は、佳子の父で土地開発公社の副社長、岩淵(森雅之)の秘書を務めており、佳子の兄、辰雄(三橋達也)の親友でもある。公社は、土地開発を建設会社に委託する政府機関で、式には多くの関係者が出席していた。
ここに大勢のジャーナリストが駆け付けて来るのだが、勿論、彼らは結婚式の取材に来たわけではなく、建設会社と土地開発公社による不正を嗅ぎつけてやって来たのだ。
彼らの目の前で、式典の進行をつとめるはずだった公社役員の和田(藤原鎌足)が警察に連行され、記者たちは色めき立つ。
結婚式は予定通り行われ、ジャーナリストたちはそれを「高みの見物」のように眺める。カメラは会場内を滑るように動き、参列者の驚きの表情やそれぞれの事情を捉えるが、下手から眺めるジャーナリストの視点は、そのまま私たち観客の視点と重なり、まるで重厚な舞台劇を観ているような感覚を抱かせる。
新郎新婦のケーキ入刀が告げられると、そこに運ばれて来たケーキが波紋を呼ぶ。ケーキは公団のオフィスビルを正確に模しており、7階の窓部分にはバラが突き刺さっていた。それは、数年前、汚職の疑いをかけられた古谷という名の幹部が飛び降り自殺した場所なのだ。
集まった幹部たちは、動揺を隠せない。結婚式・披露宴が進むにつれ、事件の背景や、人間関係などの情報が巧みに提示されていく。
この芝居を観ているような感覚は、その後、和田の葬式の場面でも繰り返される。自殺したはずの和田は、実は西に救われて生きており、この場面は、西の車に乗せられた和田が自分の葬式をフロントガラス越しに眺めているという実に奇妙なシチュエーションとなっている。
ここで、西はテープレコーダーを取り出し、和田が死んだことを喜ぶ上司たちの会話を彼に聴かせるのだが、録音した場所が騒がしいクラブだったせいで、葬式には不釣り合いな音楽が響いているという実にシュールな状況を作り出している。
葬式の光景はまるでドライブインシアターで最善の場所を見つけた車から眺める映画のようだ。式場が明るいパンフォーカスで映し出されているせいで、なお、そう感じるのかもしれない。
物語が進むにつれ、三船演じる冷静沈着な西という人物の正体が徐々に明らかになっていく。彼は自殺に追い込まれた亡き父の復讐を果たすために、名前を変えて副総裁・岩淵の娘の佳子と結婚し、副総裁の秘書という地位を得て、虎視眈々と計画を進めていたのだ。
黒澤演出の真骨頂:縦横の構図と光の魔術
前半はワイドスクリーンを活かした「横の構図」が目立っていたが、西が、西村晃演じる白井を公団ビルに連れて行く際には、カメラは突然縦の構図に切り替わり、非常階段を使って彼らが上る姿を下から上へと鋭くパンさせて捉えている。こうした縦と横の構図の鮮やかな切り替えも黒澤明作品の特徴のひとつだ。
また、白井が死んだはずの和田の姿を見て、驚き逃げ出すシーンは、郊外のわずかな街灯しかない暗い路地を舞台にしているが、それまでほとんど奥行きのない平板なショットを積み重ねていたのは、この場面を際立たせるためだろう。車のライトで画面奥に和田の姿が浮かび上がる。
凍り付いて立ち止まる白井の恐怖で固まった表情は本作のハイライトのひとつといってもいいだろう。このシチュエーションは再度繰り返され、次に光の中に浮かび上がるのは田中邦衛扮する殺し屋だ。
「復讐」と「良心」の間で
西の車が通りかかったことで殺し屋は逃げ出し、西は白井を車に乗せ、前述したように、会社の非常階段を使って父親が飛び降りた七階の部屋に彼を連れて行く。
西は、ここで白井を抱え上げ、窓から突き落とそうとするが、実際には突き落とさない。計画がまだ半ばであったこともあるが、彼には良心が残っており、白井が悪人とわかっていても殺せないのだ。
西はこの時、「悪を憎むのは難しい。憎しみを掻き立てて、自分自身が悪にならなければならない」と告白している。彼は父の遺体が映った悲惨な写真を何度も観ることで自分自身を奮い立たせなければいけない。また、彼は佳子の純真さに惹かれ、彼女を愛し始めていた。
西が人間的な側面を見せ始める一方、岩渕や公団の幹部たちは他人の命などまったく顧みない冷酷な存在であり続ける。
企業は利益を追従するあまりシステムが先行して非人間性に陥り、上層部は社員をただの「コマ」として使い捨てる。彼らは自分たちの身を守るためなら殺人も辞さないのだ。
そんな巨悪に対して西が正義を求めて奮闘すればするほど、彼は自身の中の相反する感情に苦しむことになる。
英雄なき世界の絶望:姿を見せない「真の悪」
爆破された軍需工場の廃墟で、西は自分に名前を貸してくれた友人(加藤武)と、戦時中、共にここで軍需品の製造に従事させられていた頃の出来事を振り返る。
黒澤が、企業や政府の高官が自らの社会的地位と経済的理由から部下を犠牲にする姿を、日本の旧軍閥からの地続きのものとして描いているのは明らかだ。
西は、鍵を握る人物、守山(志村喬)を拉致監禁し、食事を与えず飢えさせてついに重要な秘密を吐かせることに成功する。西は、暴力的な復讐よりも、記者会見を開き、岩淵たちを破滅させようとするが、その計画に気づいた岩淵たちは、彼を自動車事故に見せかけて始末してしまう。
この顛末は描かれず、ただその凄惨な事故現場が提示されるだけだ。事故に見せかける過程を描いていればインパクトのある見せ場が生まれただろうが、あえてばっさりと省略することで、黒澤は、権力と腐敗という砦の堅牢さを示すと共に、英雄が存在できない世界への絶望を描いている。
岩淵が最後に頭を下げながら電話をしていた相手は誰だったのだろうか。本当の「悪」は姿さえ見せない。真の悪は自ら手を下さず、都合よく他者を動かすことで富と権力を手にし続ける。
結びに:60年経っても変わらない「システム」の闇
本作が製作されてから60数年。時代は変わったが、本作が描いた「悪しき社会システム」は、今もなお私たちの身近に存在しているように思える。
「悪い奴ほどよく眠る」というタイトルの皮肉が、これほどまでに重く響く作品は他にないだろう。
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