今年で 8 回目となる東京ドキュメンタリー映画祭 2025〔12 月6日(土)〜12月19日(金)の期間、新宿 K’s cinema にて開催〕の授賞式が、最終日の 12月19日に開催された。
本年度の審査員は、長編コンペティション部門:筒井武文(映画監督)、アーロン・ジェロー(日本映画研究者、イェール大学教授)、短編コンペティション:塩崎登史子(映像作家)、藤田修平(東京情報大学准教授、映像制作)、人類学・民俗映像部門コンペティション:北村皆雄(映画監督)、鈴木正崇(文化人類学者、民俗学者、宗教学者、慶應義塾大学名誉教授)の6名。それぞれが受賞者と授賞理由を発表した。
受賞作品一覧

■長編コンペティション部門
グランプリ:『紅線 Red Line』佐藤充則監督・平野愛監督
準グランプリ:『村で生きる』小林瞬監督・中村朱里監督
観客賞:『浮浪調律』今成夢人監督
■短編コンペティション部門
グランプリ:『because time is life』天野澄子監督
準グランプリ:『マイプレイス―保養という選択』渡辺嶺也監督
観客賞:『マイプレイス―保養という選択』渡辺嶺也監督
■人類学・民俗映像部門
グランプリ(宮本馨太郎賞):『翁丁 The Last Tribe in China』劉春雨監督
準グランプリ:『カルロスのレシピ』青木敬監督・長良将史監督
観客賞:『カルロスのレシピ』青木敬監督・長良将史監督
長編コンペティション部門
長編グランプリ『紅線 Red Line』

筒井は「ドキュメンタリーは自分が知らない世界を見せてくれる。11 本の長編のほとんどが自分の知らない世界を教えてくれた。改めてドキュメンタリーの素晴らしさを感じた。被写体の魅力が伝わっているか捉えた世界の魅力と、それをどのような姿勢で撮ったか。その対象との距離感がドキュメンタリーの面白さでもあり、難しさでもある」と総評。
ジェローは、「親しみを持って、でもある程度の批評性を持って取り扱うのは大変だけれど、なぜこの人・題材を選んだのかという考えが見えてくる。今回は卒業制作もあったりして、コンペティションに入っただけでも名誉だと思いますし、全ての作品を、面白く興味深く拝見しました」とリスペクトを贈った。
グランプリは『紅線 Red Line』が受賞。佐藤充則監督と平野愛監督は、2023 年に『香港時代革命』も長編部門のグランプリを受賞しており、本映画祭で初めて 2 回グランプリを受賞された監督になった。
授賞理由について、審査員の筒井は「困難な状況をよく 3 年間取材していると感心した。言論の自由が失われている中で、裁判で被告になってでも、闘っている人々を描く。細かい状況と、その周りを取り囲む大きな世界、国家の暴力の酷さも含めて伝えてくれた」と舌を巻いた。
ジェローは、「緊張感を失わない編集で、こちらもずっと緊張して観た。私はアメリカ人だが、この話は香港のものだけではないと痛感した。これは近未来のアメリカでも起こるんじゃないかと思った」と本作の時代性・普遍性にも言及した。

兵庫県在住の平野愛監督は、ビデオメッセージで挨拶。「本来であれば、共同監督である佐藤充則も同席し、喜びの声を皆さんにお伝えすべきではあるんですけれど、今年の 4 月にくも膜下出血により急逝しました。本作は、二人で製作した最後の作品で、こうして大きな賞をいただけたことは佐藤への最高のはなむけになったと思い、心から感謝しております」と感極まった様子。「私たちは、2019年から2024年までの間、香港を見つめてきました。自由な民主社会が足元から崩れていく中で、それでも自分達のすべき仕事に立ち向かっていく記者たち、あるいは記者の卵たちの背中を尊敬を持って追いかけてきました。私たち外国人ができるのはその背中を記録して伝えていくことだと信じて撮影を続けてきました。このグランプリは、私や佐藤のみならず、香港の記者たちにも贈られたものだと理解しています」と感謝を述べた。
長編準グランプリ『村で生きる』

準グランプリの『村で生きる』について、筒井は、「(被写体の)二人とも非常に魅力的で、時間的な流れも感動でしたし、息子さんの奥様が夫に疑問を投げかけるシーンも入れ込んでいて、『ここまで撮ったか』と感心しました」と話した。
ジェローは、「過剰な説明はしない。牛を屠殺の所に連れて行く時にずっと無言なままで、観客もいろんな思いが浮かんできて、よかった。また、ドキュメンタリーには時々ユーモアがあってもいいと思っている。最後のシーンは微笑ましくて大好き」と評した。


中村朱里監督は、「この映画は偶然の人生の出会いがきっかけでカメラを回し始めたものです」と説明し、小林瞬監督が、「夫婦でやっているんですけれど、4 年前の撮影時はまだ夫婦じゃなかったです」と話すと、会場は笑いに包まれた。「これは残さなきゃいけないんじゃないかと勢いで作り始めて、そのうち自分たちも結婚して子供も生まれると、作中に『農業は家族労働だ』という言葉があるんですけれど、家族を持つ喜びと、反面家族を失った時の悲しみも年々腑に落ちるようになって、完成まで 4 年かかりました」と話した。
長編観客賞『浮浪調律』


観客賞は『浮浪調律』。今成夢人監督は、「映画制作で心が折れそうになったこともあったんですけれど、これでまた頑張れる」と笑顔で話した。
短編コンペティション部門
短編グランプリ『because time is life』

審査員の藤田は、「多様な作品がありました。デジタルカメラが出てきてから、誰もが映画監督になれる時代と言われるんですけれど、今回上映された作品は、学生の作品があったり、制作会社に勤めている方が、『私も(監督として)作品を作りたい』と頑張った作品や、社会活動に参加している内部の人が記録した映画だったり、身近な人たちの映画が集まっている興味深い映画祭だなと改めて思った」と総評を述べた。
審査員の塩崎は、「介護の問題を撮っている方もたくさんいた。ご自分のお祖母さんを撮っている方がいらっしゃって、みんなアプローチが違うところが興味深いなと思った」と例を挙げた。
グランプリの『because time is life』の授賞理由について、藤田は、「ALS の患者の小林さゆりさんが『生きたい』と願う思いを引き受けて、吉村まきさんという方が支えようとした姿を描いた映画。観ていて感動するところもありましたし、いい映画だなと思った」と話した。

天野澄子監督は、「これはひとえに映っているさゆりさんとまきさんのお力で、その日常を淡々と映させてもらった作品。決してドラマチックなことは起きないんですけれど、そういったところを見ていただけたんだなと思うと本当に嬉しい」と話した。
準グランプリ&観客賞『マイプレイス-保養という選択』

準グランプリと観客賞は『マイプレイス-保養という選択』が受賞。
藤田は、「当初放射線に対する恐怖心があったけれど、原発事故から 14 年経った今は放射線に対する恐怖が薄れていて、原発再稼働が始まっている。被曝に対する恐怖を持っている方々が少数派になって追い詰められてきた中で、岡山県瀬戸内市に集まって、放射線量の少ない地域で、汚染がない食物をとって、悩みを語り合う場所を作ってきた活動が丁寧に描かれている。『こういう活動があるんだ』『こういう人たちがいるんだ』と新鮮な驚きがあった」と話した。

渡辺嶺也監督は岡山にお住まいで、欠席となったが、ビデオメッセージでは「福島の原発事故は、私が 22 歳の時に起った。ある世代が抱えている役割があるとすれば、私にとってそれは、この未曾有の放射能災害とどう向き合うかだと感じる。問題の大きさから見たときに、まだまだ微力だが、これからもずっとこの問題に関わっていきたい」と決意を語った。
人類学・民俗映像部門
人類学グランプリ『翁丁 The Last Tribe in China』

北村は、「それぞれ民族的な資料としての価値があるけれど、それをどういうふうに“見せる”という形に持っていくか。資料性と“見せる”ということの両立の取れたものをこれからも選んでいかなくてはいけないなと思っている。今回はどれも何か賞を与えたいような作品が多かった」と総評を述べた。
グランプリ(宮本馨太郎賞)は『翁丁 The Last Tribe in China』が受賞。1 回目の上映で観た方々の「なんだこれは、すごいぞ」という口コミで、2 回目の上映の観客がどっと増えた作品。
鈴木は、「実は最初あまり期待していなかったんです。というのも、中国の映画は、最近いろんなところで検閲を受けて、どこまで真実を伝えるかというのが難しい。この映画を見始めて、『すごい。これは本当のことを撮っているんだ』ということがだんだんわかってきた。火事になる直前の風景、火事が蔓延していくところ、さらに、空中からも撮っている。リアルタイムで火事がこのように映像表現されているというのにびっくりした。劇的な変化をこれほど見事に捉えた映画はないんじゃないかと思った」と評価した。
劉春雨監督は、来日は叶わなかったが、「この受賞は、映画が人々の山々、炉火、そして歌声を真に捉えることができるという私の信念を強めてくれた。この栄誉は、心の中に炉の火を灯し続けているワ族の人々、そして愛を心に抱くすべての人々、そして人類文明の探求と継承を通して互いに出会う私たちすべてに与えられるもの」という素晴らしいメッセージが代読された。
人類学準グランプリ&観客賞『カルロスのレシピ』

準グランプリと観客賞は『カルロスのレシピ』が受賞。鈴木は、「アルコール依存症の酔っ払いの会話をうまく引き出してきたのと、彼自身がものすごいバガボンド(放浪者)で、いろんなところを点々と歩いてきて、故郷に戻り、故郷の感情を捉えている。それがどういう風に行動やリズムなどで表現されるか。一人の魅力的な人間をとても多角的に描いている。人類学者の最後の気づきのところが、味というレシピとして表現されたところがとてもよく、ほとんどグランプリに近いような優れた作品」と絶賛した。


青木敬監督は、「初の映画作品だったので、どうなるんかなと思っていたけど、素晴らしい作品を皆さんと一緒に作り上げられたのに感動した。もう僕らの映画じゃないなと。観客の方々とこの映画がどこかに浮遊していくんだろうなというような初めての感覚を味わえた」と喜びを語った。長良将史監督は、「僕は割と商業的な映像を作ることが多いんですけれど、積み上げてきたロジックや技術的なところを全て捨てる作業から入り、新たな挑戦をさせていただいた。結果、観客賞と準グランプリをいただけたことをとても嬉しく思っている」と話した。
本映画祭は、来年も開催予定。最後に、プログラマーの佐藤寛朗が、「ドキュメンタリーって本当に多様な世界で、『表現としても豊かだ』ということを伝え続けていきたい」と観客にメッセージを送った。