『ハッピー・オールド・イヤー』(2019)、『ダイ・トゥモロー』(2017)などの作品で知られ、2021年の「ぴあフイルムフェスティバル」では監督特集が組まれたナワポン・タムロンラタナリット監督の最新作『スピード&ラブ』がNetflixで配信されている(2023年2月1日~)。
スポーツスタッキングというニッチな競技をモチーフに、夢を追うことと実人生を生きることの兼ね合いという大きなテーマが圧倒的な熱量で描かれている。
目次
映画『スピード&ラブ』作品情報
2022年製作/131分/タイ/原題:เร็วโหด..เหมือนโกรธเธอ (英題:Fast & Feel Love)
監督・脚本:ナワポン・タムロンラタナリット 撮影:Natdanai Naksuwan 音楽:Nut-Nut Kitjarit 編集:Panayu Khunwallee
出演:ナット・キチャリット、ウッラサヤー・セパーバン、アヌサラ・コルサンパーン、カノクワン・プトラチャート、ウィパウィー・パットナシリ、キータパット・ボーンクルイア、リー・ジュホン、キム・チャンヨン、ジョシュア・ウゴチェクウ・エズナグ、マーヴェラス・ンディグウェ、ナパック・トリチャロンデー、アケティット・ウサパニー、アキーラ・モッサクン、プーンヤラク・アウチャチョット
映画『スピード&ラブ』あらすじ
スポーツスタッキングしか取り柄が無い劣等生のカオは、植物が好きで性格の優しい同級生のジェイに話しかけられ意気投合する。
カオはスポーツスタッキングで世界記録を更新することに没頭し、ジェイはそんな彼を応援することに喜びを感じていた。
10年の歳月が過ぎ去り、着実に記録を伸ばして来たカオだったが、食堂を経営している母親から用事を次々と言い渡される毎日でなかなか練習に集中できない。
今、必要なのは新しい環境だとカオはジェイに家を共同購入することをもちかける。
全てを任されたジェイは可愛く飾られた子供部屋に一目ぼれし家を購入するが、カオは子供には興味がないようで、部屋は練習場にあてがわれることになった。
トイレの水を流すのにも気を使うジェイの献身のおかげでカオはついに世界大会で新記録を更新し表彰される。だが、金を稼げるようになるにはこの先も記録を更新し続けなくてはならない。
翌年、競技者の裾野を広げるため、大会がオンラインで開催されることが発表される。
優勝者はアメリカに招待され、スポーツスタッキングの伝道で世界を回ることが出来るという。
「一緒にアメリカへ行こう」と言うカオ。しかしその頃、ジェイは子供を産み、母親になるのが自分の夢であることに気づき始めていた。
一方、カオに宿敵が現れる。コロンビアの10歳の少年が信じられないような記録を出したのだ。
その記録をなかなか破れないカオは追い詰められ、ジェイが子供のことを相談した際、邪険な態度をとり、ジェイを失望させる。
2人の進む道は同じではないと悟ったジェイは家を出て行ってしまう。
残されたカオは一人では何もできないことを知り愕然とする。
彼はスタッキングスクールで働いていた掃除婦のメタルをスカウトし、家政婦として雇うことにした。
なんでもこなせるメタルはジェイよりも料理が上手で、カオは新たな気持ちで新記録に挑もうとするが、次から次へとこなさなくてはならない日常生活の諸々が彼にのしかかってくる。
そんな中、人工授精を考えるジェイは費用捻出のため、家を売りに出すことを決意。同意書を持ってやってくるが、カオは書類を焼いてしまう。
しかし、すでに、ジェイは委任状を持っていた。彼女はただ筋を通したかっただけで、すべてをジェイに任せて無頓着できたつけが回ってきたのだ。
こんな環境のもとで、果たしてカオはコロンビアの少年の記録を破ることが出来るのだろうか。そして、カオとジェイ、ふたりの関係は如何に。
映画『スピード&ラブ』感想と解説
ナワポン・タムロンラタナリット監督の前作『ハッピー・オールド・イヤー』(2019)は、ミニマリストとして仕事を続けるために断捨離を決意した女性が、自身の過去と向き合うことになる姿を描いていたが、『スピード&ラブ』では夢を追うことと実人生を生きることの兼ね合いをテーマにしている。
こうして言葉にすると、何やら教訓めいたお話を想像しがちだが、『ハッピー・オールド・イヤー』が一筋縄ではいかない作品だったように、『スピード&ラブ』もナワポン監督らしいポップな話法で、アクションとユーモアとペーソスに満ちた作品に仕上がっている。
冒頭、成績不振で呼び出された高校生たちが、それぞれの夢を語っては教師に一刀両断される様子がバストショットを重ねることで表現されている。
主人公二人もその中にいる。一番の劣等生のカオはスポーツスタッキングだけが取り柄。
もうひとりのジェイは、英語は出来るがほかの科目は苦手で特に大きな夢もない植物が大好きな女子生徒だ。
そんなふたりがひょんなことから意気投合。「時と場所が適切なら植物はすぐ育つ」という考えの元、ジェイはカオがスポーツスタッキングで一流になる手助けをすることになる。
この高校時代の描写は映画の中でほんのわずかな部分に過ぎないが教室を通り抜ける風のように爽やかな印象を与える。
しかしそれは子供でいられる時代の終焉を意味するシーンでもある。といっても、カオは、その後も、ジェイの献身の元、子供でいつづけ、ひたすらスポーツスタッキングに打ち込み続ける。彼の宿敵として現れるのも子供たちだ。ジェイもまた「特別なものに関われば自分もまた特別になれる」と信じ、カオを支え続ける。
しかし、10年あまりが過ぎ、ようやくジェイが自分自身の夢に気づいたことで、ふたりの人生の別れ道がやってくる。
0.0001秒をカオが争っているとしたら、子供が欲しいと思うジェイも30歳となり、一刻一刻が大切だ。時間が重要だということだけがふたりの共通点になっていく。
ここまで、全編の3分の1ほど。これまで人生の「騒音」や「ドラマ」を集中の邪魔だからと全てシャットアウトし続けてきたカオは、ジェイがいないと何ひとつ対処できないことに気が付き、愕然とする。
何もかもお手上げとなったカオは家政婦を雇うのだが、それでも自身が対応しなくてはいけないことは山ほどあり、カオはこれまでジェイがどれほど多くのものを引き受けてくれていたのかを初めて知ることとなるのだ。
スポーツものといえば、主人公が夢を叶えるために一心に努力する姿を描いたものが多いが、本作では、記録に挑戦する主人公が集中しようとすればするほど邪魔が入る、停滞につぐ停滞が描かれる。
となると、イライラさせられたり、シリアスな作品かと思われそうだが、アップと引きの映像を巧みに交錯させ、ナワポン監督らしい独特の“間”を用いた話法は実にコミカルだ。
愉快で個性的な登場人物に加え、様々な映画のオマージュも登場。ポン・ジュノの『パラサイト 半地下の家族』のあからさまなパロディには、ニヤリとさせられる。
本作は、30代にさしかかった男性が「大人になっていく」成長物語だ。頑張って見事成果を挙げた人でも、それは決して自分ひとりの努力だけで成し遂げたわけではなく、様々な人々の支えがあったからこそだということを映画は教えてくれる。
スポーツ映画としては中途半端かといえば勿論そんなことはなく、スポーツ・スタッキングという速すぎて速さが伝わりにくいニッチな競技を、あの手この手のカメラワークでとらえ、その魅力を存分に表現している。とりわけクライマックス、カメラが様々な人々と共にぐるぐると回るシーンは胸にぐっと来るものがある。
(文責:西川ちょり)