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『夜の罠』(日本映画・大映)、『黒い天使』(米)あらすじ・感想/ 同じ作品を原作とした2本の映画

映画『夜の罠』は、渋谷シネマヴェーラで開催の「大映80周年記念KADOKAWA名画座連動企画 日本のマストロヤンニ 船越英二」(2022年12月3日~12月23日)にて上映!

富本壮吉監督、若尾文子主演の1967年製作の大映映画『夜の罠』はサスペンス作家として知られるコーネル・ウールリッチの1943年の長編小説「黒い天使(The Black Angel)」が原作だ。

この作品を原作にした映画はもうひとつ、アメリカのフィルムノワールの秀作、ロイ・ウィリアム・ニール監督の1946年の作品『黒い天使』がある。

「無実にも関わらず逮捕され、死刑宣告された夫の妻」が「夫の無実を証明するため犯人探し」をするという物語の核になる部分以外は、どちらもかなり改変されている。『黒い天使』にいたっては、主人公は、「妻」ではなく、その妻にほのかな愛情を持つしがないアルコール依存症の男になっているくらいだ。

本稿では、この二作品を並べて解説することで、同じ原作とは思えない、それぞれの作品の魅力に迫ってみたい。映画の脚色の面白さを感じ取っていただけると幸いだ。  

 

目次

映画『夜の罠』作品情報

1967 KADOKAWA

1967年製作/日本映画(大映)/80分 原作:コーネル・ウールリッチ『黒い天使』 監督:富本壮吉 脚色:舟橋和郎 撮影:小原譲治 美術:間野重雄

出演:若尾文子、高橋昌也、船越英二成瀬昌彦南原宏治早川雄三、上野山功一、夏木章、天池仁美、光実千代、伊東光一、仲村隆、谷謙一、井上大吾

映画『夜の罠』あらすじと感想

暗闇の中、スライドで投射されているのは男女二人を盗撮した写真。興信所のカーテンが開けられて、窓の外を列車が通過していくのが見える。「こんなこととても許せないわ」という若尾文子のモノローグ。

夫(高橋昌也)の浮気相手である女・戸川麻美(光実千代)のアパートに乗り込んで行く若尾。ドアが開いている。手持ちカメラが中にはいっていく。奥の部屋に進んだ若尾は麻美が死んでいるのを発見する。

 

夫が逮捕され、死刑を宣告されてしまう。若尾が女の部屋に行った時、夫はそこに電話をかけてきた。犯人が夫でないことを知っている若尾は、彼の無実を証明しようと決意する。女性の部屋から拝借してきた手帳に記されていた電話番号を頼りに若尾は裏世界へ潜っていく。  

 

山谷の男を訪ねると、宿舎の部屋の一番奥へ、奥へと連れて行かれる若尾。そこから逃げ出す際、周りの男たちが彼女に群がっていく様子を俯瞰でとっているのだが、その様子はまるでゾンビ映画のようだ。

怪しい医師に取り入り、彼の言われるままにパチンコ屋でブツの受け渡しをしたり、地下室で首を絞められそうになったり、Barに潜入して囚われ、縄でぐるぐる巻きに縛られたりと危機一髪の出来事が続く。

船越英二が敵なのか味方なのか最後まで判断できないのは、大映映画で彼が善人も悪人も様々な役柄を演じてきたからだろう。

光と影が織りなすモノクロ映像が実に渋い。クールな若尾の冒険譚としても犯人探しのミステリ映画としても十分楽しめる一篇。ソフト化も配信もされていない作品なので、貴重な上映機会をお見逃しなく。

 

映画『黒い天使』作品情報

IMDb

1946年製作/アメリカ映画/81分  原題:Black Angel   原作:コーネル・ウールリッチ『黒い天使』 監督:ロイ・ウィリアム・ニール 脚本:ロイ・チャンスラー 撮影:ポール・アイヴァノ 音楽:フランク・スキナー

出演:ダン・デュリエ、ジューン・ヴィンセント、ジョン・フィリップス、ピーター・ローレ、ブロデリック・クロフォード、コンスタンス・ドーリング、ウォーレス・フォード、ホバート・キャヴァノー、フレディ・スティー

 

映画『黒い天使』あらすじ・感想

不安と孤独が渦巻く物語は「夜」を魅力的に描き出すが、本作も冒頭、ネオンがちらつく都会の夜の街並みから始まる。バスがやって来て、車体の「Los Angeles」という文字にカメラが寄って行く。バスが通り過ぎるとその背後にビルのショーウインドウの前にたたずむ男が見える。そこへ近づいていくカメラ。男は上方を向いている。その視点の先のホテルが映しだされ、カメラはその窓に入り込んで行く。

 

主演のマーティン役のダン・デュリエは悪役俳優として有名で、『飾窓の女』(1944)や『緋色の街/スカーレット・ストリート』(1945)などに出演している個性派。

本作では、浮気相手を殺して死刑判決を受けた夫(ジョン・フィリップス)の無罪を信じなんとかして罪をはらそうとしているキャサリン(ジューン・ヴィンセント)に密かな想いを寄せるアルコール依存症の男を演じている。音楽家という設定で、達者にピアノを弾く姿も披露している。

キャサリンは、犯人探しのために歌手としてマーティンと組み、あるバーのオーディションを受ける。

ジューン・ヴィンセントが実に美しい声を聴かせてくれる。吹き替えではなく、彼女が実際に歌っているのだろうか?  もしかして本職は歌手なのかと思って調べてみたがそういう記述は出てこない。

本作はサスペンス映画だが、このように、音楽映画でもあると言いたくなるくらい、音楽が重要な役割を果たしている。

二人がオーナー(ピーター・ローレ)に気に入られて二階の事務所に上がっていく際に、バンジョーを弾いて必死でアピールする男がいる。オーナーが彼の演奏に感心を示さず部屋にはいってしまってがっかりする表情がアップで映し出される。音楽映画と呼びたくなるのもそういう細やかな描写ゆえだ。

この店はサンセット大通りにある店で、ハリウッドの片隅で生きる人々の姿がさり気ないが丁寧に描かれている。

 

マーティンとキャサリンは音楽コンビとしては最高の相手であり、ダン・デュリエは次第に彼女と供に人生をやり直したいと考えるようになる。

 

夫の死刑が執行される時が迫ってきた。そんな中、忽然と判明する事件の真相の描写と、そこに流れる意識が完璧なまでに心をとらえて離さない。犯人は誰かというミステリードラマだが、メロドラマとしても秀逸な一編である。