ベルファストのアナーキーなヒップホップ・トリオ「KNEECAP」の誕生を、反抗心と混沌としたユーモアを込めて描く半自伝的ドラマ。
2022年まで北アイルランドではアイルランド語は公用語として認められていなかった。母国語の復権と自分たちのアイデンティティのためにアイルランド語でラップするKNEECAPの姿が熱狂的なエネルギーで描かれている。
グループのメンバーであるリーアム(MCネーム:モ・カラ)、ニーシャ(MCネーム:モウグリ・バップ)、そしてJJ(MCネーム:DJ・プロヴィ)が本人役で出演。脚本・監督を務めたのは、主人公たち同様、北アイルランド出身で、KNEECAPの楽曲「Guilty Conscience」(2021)のミュージックビデオも手がけているリッチ・ペピアット。また、ニーシャの父親役にマイケル・ファスベンダーが扮している。
2024年・第40回サンダンス映画祭NEXT部門の観客賞を受賞。第27回英国インディペンデント賞では作品賞をはじめ、7部門で受賞するなど、世界各地で数々の賞を受賞し、高い評価を受けた。
KNEECAPという名前は、ベルファストで北アイルランドのパブリカン民兵組織が行う、膝を撃ち抜く私刑からとられたもの。
目次
映画『KNEECAP ニーキャップ』作品情報

2024年製作/105分/R18+/イギリス・アイルランド合作映画/原題:Kneecap
監督・脚本:リッチ・ペピアット 製作:トレバー・バーニー、ジャック・ターリング 撮影:ライアン・カーナハン 音楽:マイケル・“マイキー・J”・アサンテ
出演:モ・カラ、モウグリ・バップ、DJプロヴィ、マイケル・ファスベンダー、シモーヌ・カービー、ジョシー・ウォーカー
映画『KNEECAP ニーキャップ』あらすじ

北アイルランド、ベルファスト。
父親のアーロ(マイケル・ファスベンダー)から「アイルランド語は自由のための弾丸だ」という教育を受けながら育ったドラッグディーラーのニーシャ(MCネーム:モウグリ・バップ)と幼馴染のリーアム(MCネーム:モ・カラ)。
アーロはIRA暫定派の元メンバーであったことから、表向きは死んだことに偽装して10年間逃亡中だった。アーロの長年の不在で母親は精神的に落ち込み一歩も外に出ない生活を続け、ニーシャはドロップアウトして麻薬に手を出していた。
ある日、麻薬取引で警察に捕まったニーシャは、取り調べの最中、英語を話すことを頑なに拒否したので、困った警察は通訳を捜す羽目に。そこに通訳者としてやって来た高校の音楽教師のJJ(MCネーム:DJプロヴィ)が、ニーシャの手帳に綴られていたアイルランド語のリリックを発見。その才能に目をつけた彼は、ニーシャとリーアムにアイルランド語の権利を取り戻すためにアイルランド語のヒップホップを始めないかと誘う。
JJの自宅のガレージをスタジオにして、3人はドラッグまみれになりながら、レコーディングを行った。彼らは「KNEECAP」と名乗り、ライブも慣行。初めはパブの常連の老人しか客はいなかったが、次第に話題を呼び、観客が増えて行った。
JJは学校の教師であることがバレるのを恐れて、最初はステージに立たないと主張したが、他の2人に反対され、しぶしぶアイルランドの国旗をモチーフにした目出し帽をかぶり出演することに。最初は目立たないようにしていたが、ドラッグの効果も相まって、「Brits Out!(イギリスは出ていけ!)」と書いた臀部をステージ上でさらして、警察や、急進派リパブリカン麻薬撲滅団(RRAD)などに目をつけられてしまう。
そんな折、JJのガレージが何者かに爆破され、レコーディングが出来なくなってしまった。JJは、ニーシャとリーアムを連れて深夜の学校に忍び込み「ローランド・TR-808」を使用しレコーディングを無事終えるが、その様子は監視カメラにばっちり映っていた・・・。
映画『KNEECAP ニーキャップ』感想と評価

北アイルランドを舞台にした音楽ものと言えば、1970年代、紛争中のベルファストでレコード店兼レーベル “Good Vibrations” を立ち上げたテリー・フーリーという人物を描いた『グッド・ヴァイブレーションズ』(2012)を思い出す。彼の周りには才能あるパンクロッカーの若者たちが集まって来るのだが、テリー・フーリーが、彼らを車に乗せて移動中、警官に止められて尋問を受けるシーンがある。本来は地区ごとに宗派に分かれて争っているのに、車に乗っているのはあらゆる地域から集まってきている若者で警察がわけがわからないと目を丸くするのだ。
音楽への情熱が紛争を超越するという感動的な場面とも取れるのだが、むしろ、有り余るエネルギーとハチャメチャなユーモア感が大いに印象に残ったものだ。
今回、『KNEECAP ニーキャップ』を観て、この時の感覚が蘇った。エネルギッシュでユーモラス、政治の問題、そして北アイルランド音楽魂ともいうべき気骨が、こちらにもずっしりと詰まっているからだ。
映画は「ベルファストに関する物語は、大抵こんな風だ」というリーアム(MCネーム:モ・カラ)のナレーションで始まり、次いで路上に駐車中の車が爆発し、デモ隊が兵士と衝突するニュース映像が展開する。『グッド・ヴァイブレーションズ』もまさにそうしたシーンで溢れていたし、またケネス・ブラナー監督の1969年後半のベルファストを舞台にした自伝的映画『ベルファスト』を思い出す人もいるだろう。
だが、すぐに「ここではそれはやめておこう」というナレーションが入って映像はストップ、代わりに停戦後を生きる「停戦ベイビーズ」と称される世代である主人公たちの日々の生活が赤裸々に綴られて行くことになる。笑いと活力に満ちた物語は虚構も多分に盛り込まれてはいるものの、そのほとんどが実際の話に即したものだという。
本作は『KNEECAP』というヒップホップグループの結成の物語なのだが、メンバーが本人役を演じるという大胆な選択が見事に成功している。とりわけ、温厚な高校教師から過激なDJへと変貌するJJ(MCネーム:DJ・プロヴィ)の演技は目を見張るものがある。
KNEECAPの最大の特徴はリリックが全てアイルランド語(ゲール語)であることだ。2011年の調査によると北アイルランドでアイルランド語に幾分かの知識がある人の割合は11%、読み書きが可能なレベルではわずか3.7%というデーターが出ている。だが、リーアムとニーシャ(MCネーム:モウグリ・バップ)は、幼少時にニーシャの父親からアイルランド語の大切さを叩き込まれていた。
IRA暫定派の元メンバーである父親にとって、アイルランド語は、自身のアイデンティティであると同時に政治的な活動における武器を意味していた。一方、リーアムとニーシャにとってアイルランド語はイデオロギー的な道具ではなく、まさに日常遣いの、彼らにとってなじみ深い愛着のある言葉である。
彼らはアイルランド語そのものを武器にするのではなく、アイルランド語をラップに乗せることで、言論の自由を武器にするのだ。
警察はその過激なリリックから彼らを反逆者として扱い、母国語を守ろうとする公民権運動の担い手たちもKNEECAPを下品で不道徳すぎると歓迎せず、彼らとは関わりたがらない。ところが大衆はKNEECAPを求めている。彼らの公演は常にソールドアウトで、詰め掛けた観衆はアイルランド語で歌詞を叫ぶ。若い人々の間で、アイルランド語を学ぶ人が増え、KNEECAPがアイルランド語が消滅するのを防ぐための公民権運動の意外なリーダーとなっていく様が、騒々しく遊び心たっぷりに描かれている。
リッチ・ペピアット監督は独創的なカメラワークや、ケタミンの効果を表現するためにクレイアニメーションを採用するなど視覚的な面白さをいたるところに散りばめ、KNEECAPの魅力を余すところなく伝えている。
映画『KNEECAP ニーキャップ』は、音楽が変化をもたらす手段となり、抑圧の壁を打ち破る大きな力を持っていることを反骨精神たっぷりに示している。
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