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映画『チャレンジャーズ』あらすじ・解説/ ルカ・グァダニーノ監督が究極の三角関係が織りなす波乱に満ちたテニス男子シングルス決勝戦を描く

『君の名前で僕を呼んで』(2017)、『ボーンズ アンド オール』(2022)のルカ・グァダニーノ監督が若きハリウッドスター、ゼンデイヤを主演に迎えて送る本作は、ニューヨーク、ニューロシェルで開催される大会を舞台に3人の天才テニスプレイヤーの何年にも渡る関係を振り返りながら、二人の男性の白熱のゲームに焦点をあてている。客席の前列ど真ん中に陣取っているのが、その三角関係の頂点にいるゼンデイヤ扮するタシ・ダンカンだ。

 

スティーブン・スピルバーグの『ウエスト・サイド・ストーリー』(2021年)のリフ役で知られるマイク・ファイストと、『ゴッズ・オウン・カントリー』(2017)で注目され、ドラマ「ザ・クラウン」シリーズで若きチャールズ皇太を演じるなど人気上昇中のジョシュ・オコナーがしのぎを削る二人の男性テニスプレイヤーを演じている。

 

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『ソーシャル・ネットワーク』(2010)、『ソウルフル・ワールド』(2020)でアカデミー賞作曲賞を受賞したトレント・レズナーアッティカス・ロスが担当したスコアが全編に流れ、作品にポップな高揚感をもたらしている。

 

目次

映画『チャレンジャーズ』作品情報

(C)2024 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. (C)2024 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. All Rights Reserved.

2024年製作/131分/アメリカ映画/原題:Challengers

監督:ルカ・グァダニーノ 脚本:ジャスティン・クリツケス 製作:レイチェル・オコナー、ゼンデイヤ、エイミー・パスカル 撮影:サヨムプー・ムックディプローム 美術:メリッサ・ロンバルド 衣装:ジョナサン・アンダーソン 編集:マルコ・コスタ 音楽:トレント・レズナー、アティカス・ロス

出演:ゼンデイヤ、ジョシュ・オコナー、マイク・ファイスト

 

映画『チャレンジャーズ』あらすじ

(C)2024 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. (C)2024 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. All Rights Reserved.

ジュニアの大会でダブルスのコンビを組むアート・ドナルドソンとパトリック・ツヴァイクはテニス・アカデミーでルームメイトだった気の合う友人同士。

 

見事ダブルスの決勝で勝利し、残すは男子シングルスの決勝で対戦することになっていた。アートが祖母がテレビで自分のプレーを観るから勝たせてくれとパトリックに頼むと、彼は別にいいよと同意してくれた。ジュニアで優勝した選手はその後、大概、パッとしないというのが彼の持論だった。

 

女子シングルスの決勝に足を運んだ2人は、華麗なプレーを見せるタシ・ダンカンにたちまち魅了される。

 

その夜、彼女の親が主催するパーティーを訪れた2人は、タシと話す機会を得る。彼女は2人のことを知っていて、アートがスタンフォード大学に進学することも知っていた。彼女も同じくスタンフォードに進学するという。

 

パトリックは彼女に部屋に遊びに来ないかと誘った。その夜、ふたりはソワソワしていたが、内心、彼女は来ないだろうと諦めていた。ところがノックが響き、彼女はやって来た。

 

彼女がふたりは恋人同士なのかと尋ねてきたので、ふたりは笑って否定した。彼女は略奪愛はしないわといいながら二人をベッドに誘い、最初はアートにキスし、次いでパトリックにキスした。3人は燃え上がり、アートとパトリックは同時にタシに口づけをするが、いつの間にか、口づけを交わしているのはアートとパトリックになっていた。

 

タシは真ん中で笑っていたが、はいそこまでと2人を我に返らせた。帰ろうとするタシに連絡先を教えてと叫ぶ2人。決勝で勝った方に教えると言って彼女は立ち去った。アートが負けてくれるんだよなと問うと、パトリックはその話はなくなったとつれなく応えた。

 

アートとタシは大学生になり、パトリックはプロのテニスプレイヤーになった。タシはパトリックと付き合っていた。アートは彼らを別れさせようとせこい作戦を試みるが、どちらにも魂胆を見破られてしまう。

 

ところが、タシは試合前にパトリックと大喧嘩し、そのまま試合に出た彼女は足に大けがを負って、テニスプレイヤーとして再起不能になってしまう。

 

数年後、彼女はテニスコーチとして再びテニス人生を歩み始めた。アートに乞われてアートの専属コーチになった彼女は、その後アートと結婚。アートは輝かしい成績をおさめ、一流のプロテニスプレイヤーに成長する。

 

一方、アートがどうしても勝てなかったパトリックはいつも2回戦で敗退してしまう二流プレイヤーに成り下がっていた。

 

そんな二人が偶然、ある大会の決勝で顔を合わせることになる・・・。

 

映画『チャレンジャーズ』感想と解説

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時は2019年。映画が始まると、私たちはアート・ドナルドソン(マイク・ファイスト)とパトリック・ツヴァイク(ジョシュ・オコナー)によるテニストーナメントの決勝戦の会場にいる。スクリーンを見つめるというよりまさに客席に座っている気分だ。

 

ニューヨーク州ニューロシェルで開催される大会は「チャレンジャー」と呼ばれ、ランキング下位選手の登竜門的大会に位置付けられている。

 

アートは、世界ランキング上位にはいる実力者だが、今シーズンは不調続きで、本大会での優勝をばねに全米オープンに臨むべくコート上にいる。パトリックは、その日のホテル代にも不自由しているランキング200番台の選手だ。そんなふたりのラリーをとらえていたカメラは、突然、審判の背後からコートを横切って客席に向かって真っ直ぐ進んでいく。最前列中央に座っているのはアートの妻でコーチのタシ・ダンカン(ゼンデイヤ)だ。

 

そこから映画『チャレンジャーズ』は、「8年前」、「3年前」、「2日前」といった具合に時代をいったりきたりしながら、出逢い、関係性、現在の状況、数日前の状態といったアート、パトリック、タシの3人の事情を少しずつ明かしていく。脚本家のジャスティン・クリツケスは、登場人物の運勢、関係の変化をテニスの試合にうまくはめ込み、編集のマルコ・コスタによる巧みな構成のもと、常に画面は現在進行形のテニスの試合に戻って来る。彼らの関係性が明確になっていくにつれ、登場人物それぞれに新しい視点を見出すことになり、最初は機械的だったラリーが、次第に息詰まる、手に汗握るものになっていく。

 

アートとパトリックはジュニア時代のテニス・アカデミーのルームメイトで、ダブルスのパートナーとしてジュニアの大会で見事優勝を遂げた仲良しコンビだ。その日、彼らは女子シングルスの決勝でコートにあがったタシに目が釘付けになる。

彼らはタシの優勝パーティーに潜り込み、彼女と約束を取り付ける。本当に彼女はホテルに現れるだろうか。来ないだろうという予想に反して彼女はドアを叩き、ベッドに座って二人を招き、三人はベッドの上で同時に口づけし激しく燃え上がる、が、気づけばいつの間にかアートとパトリックが一心不乱にキスをしていて、タシがにやにや微笑みながら座っていた。タシはシングルの決勝で勝った方に番号を教えると言って部屋を出て行く。その後、タシはパトリックと付き合い、けんか別れしたあと、大けがをして再起不能になる。数年後、タシはアートのコーチになりテニスとの関わりを復活させ、やがて二人は結婚する。アートは世界的プレイヤーとなり、彼よりもかつては才能があったはずのパトリックはなぜかくすぶったまま、互いに31歳になろうとしていた・・・。

 

ジャスティン・クリツケスは映画『パスト ライブス/再会』で監督・脚本を務めたセリーヌ・ソンの夫である。同じ三角関係を描いているのだが、『パスト ライブス』で24年ぶりに再会した男女(女性は既婚者)が、何もかもが遠く隔たり過ぎたことを確認して静かに別れを告げるのに対して、こちらは誰も退かない。

『パスト ライブス』で、妻の元に24年振りに幼馴染の男性が会いに来ると知らされた夫が、これじゃぁまるで自分は昔の恋人同士の仲をさいた悪い白人ではないかと苦笑するシーンがあるのだが(この夫こそ、ジャスティン・クリツケスがモデルであるのはいうまでもない)、その思いから、『チャレンジャーズ』の3人が生まれたのかもしれない。仲を裂くのはタシとパトリックに対するアートなのか、それともタシとアートに対するパトリックか、はたまたアートとパトリックに対するタシなのか!? アートとパトリックのクイアな関係は、全編に渡って頻繁にその形跡を見ることが出来る。彼らの三角関係は常に波乱に満ちているが、いずれにしても三角関係の中心には恐ろしいほど魅力的なゼンデイヤ扮するタシが君臨しているのだ。

 

しかし、タシがふたりの男性を弄ぶファムファタールな存在であるかというとそうではない。もちろん、彼女は自分の欲望のために他者を操ろうとする面もあるが、タシが放つパワフルな競争心と意欲は、テニスへの並々ならぬ情熱と執着によるものなのだ。「テニスは人間関係だ」と語る彼女にとって、全てはテニスであり、テニスが全てなのだ。

 

一方、アートは現役を引退したいと思い始めている。映画はそれを視線で見せてくれる。ニューロシェルの参加を決める前の別の大会の選手控室で彼が何気なく見やるものをカメラはいちいち追って画面に映し出す。「窓」、「壁に掛けられた写真」、「時計」。本作はある意味「視線」の物語と言ってもよいほど、三者が交わす「視線」は複雑で重要な意味を持っているのだが、ここだけはなんとも意味のない人を喰ったようなショットが重ねられていて可笑しみさえ漂っている。アートはテニス選手でいることに疲れ始めているのだ。それをよくわかっているがゆえに、タシの表情は常に強張っていてイライラを隠せないでいる。

 

もっとも、この作品の場合、登場人物の行動の是非を必要以上に問うたり、その心情を解析して理解しようとしない方がいい。返って映画を楽しむ機会を損ねてしまうからだ。トレント・レズナーとアッティカス・ロスによる陽気で軽快なスコアに身を任せて、話の流れに素直に乗って行くことをお勧めする。このスコアは映画の鼓動そのものなのだから。

 

テニスシーンは、驚くほど感情的な緊迫感をもって撮影されている。カメラはゲームをあらゆる角度から追っているが、俳優の胸にカメラを取り付けて撮っているのではないかと思わせる展開や、テニスボールのPOVショットなど、さながらアクション映画のようだ。

 

時に極端なクローズアップを用い、選手の眉間から落ちる汗の玉ひとつひとつを美しい宝石のように撮ったり、選手がボールを追い、踏ん張るたびに筋肉や腱が波打つ様を官能的にとらえてみせる。

アートとパトリックは、互いに探るような視線を交わし、ボールを打ち返す度にうめき声やあえぎ声をあげ、彼らにしかわからないジェスチャーでコミュニケーションをとり、常に客席のタシに伺うように眼差しを向ける。ルカ・グァダニーノ監督は三者の視線のやり取りを丁寧に、かつダイナミックに描写してみせる。

 

「テニスとは人間関係だ」というタシの言葉の通り、このゲームには彼らが歩んで来た道の全てがある。友情、恋愛、権力、欲望、野心、裏切り、力関係の反転、嫉妬etc…。彼らが紡ぎ出すあらゆるものがテニスに直結している。彼らは3人ともテニスなしでは生きられない人間なのだ。

しかも3人揃ってでしか生きられない人間だということが激戦の中で明らかになっていく。そういう意味では本作はエルンスト・ルビッチの『生活の設計』(1933)のリメイクなんじゃなかろうか(なにしろグァダニーノはアラン・ドロン主演の『太陽が知っている』の独創的なリメイク『胸騒ぎのシチリア』を撮っているのだから)。

 

ともあれ、3人の関係が交錯することで生まれるハングリー精神は、彼らのこれからの可能性を示唆し(31歳はまだ老いるには早い)、青春の残照が輝くラストは最高にエキサイティングだ。

(文責:西川ちょり)

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