1999年に全羅北道・参礼邑(サムレウプ)の小さな商店に3人組の強盗が侵入し、寝ていた70代女性を殺害し現金などを盗んだ実際の事件「参礼(サムレ)ナラスーパー事件」を基に、拷問によって自白を強要され無実の罪を着せられた少年たちを救おうと立ちあがった1人の刑事を描いた映画『罪深き少年たち』。
監督を務めたのは、映画『折れた矢』(2012)や、『権力に告ぐ』(2019)などの社会派映画で知られるチョン・ジヨンだ。
韓国を代表する名優ソル・ギョングが、警察と検察という大きな組織に一人立ち向かうベテラン刑事ファン・ジュンチョル役を人間味あふれる演技で表現している。
目次
韓国映画『罪深き少年たち』作品情報
2022年製作/124分/PG12/韓国映画/原題:소년들(英題:The Boys)
監督:チョン・ジヨン 脚本:チョン・サンヒョプ 撮影:キム・ヒョンソク 編集:キム・サンボム 美術:イ・ミナ 音楽:シン・ミン
出演:ソル・ギョング、ユ・ジュンサン、チン・ギョン、ホ・ソンテ、ヨム・ヘラン、ハン・スヨン
韓国映画『罪深き少年たち』あらすじ
1999年、全羅北道(チョルラプクト)完州郡(ウォンジュグン)参礼邑(サムレウプ)の小さなスーパーマーケット「ウリマーケット」が三人組に襲われ、被害者の家族のうち、70歳の女性が死亡、金品が盗まれるという強盗殺人事件が発生した。
数日後には警察の捜査網は近所の少年3人に絞られ、被害者の証言と彼ら自身の自供により3人を逮捕。速やかな事件解決を称えられて事件を担当した捜査課のチームはメンバー全員が昇進するという名誉に預かった。
翌年、ファン・ジュンチョル刑事が完州警察署に捜査班長として赴任した。
ある日、ジュンチョルのもとにウリマーケット事件の真犯人についての情報が入る。電話をしてきた青年は、知人が当日、マーケットの門が開いていたと話していたこと、それにも関わらずテレビで放映されていた実況見分では逮捕された少年3人は塀をよじ登っていたことを訴え、犯人は自分の友人と釜山から来た仲間の三人組に間違いないと証言する。
ジョンチョルはウリマーケットを訪ね、扉に鍵がかかっていることを確認。被害者の女性にいつ修理をしたのかと尋ねると彼女は事件のすぐ後だと答えた。
ジュンチョルは、逮捕された少年の家を訪ねることにした。すると3人のうちのひとりは満足に字も書けないことがわかる。自分の名前さえ書けないのに、少年が長文の供述書を書いていたのは明らかに不自然だった。
ジュンチョルは少年3人と面会することを決心する。ジュンチョルが刑事と知ると彼らはひどくおびえた様子だった。彼らが刑事たちから拷問を受け、無理やり自白させられたのは明白だった。ジュンチョルは少年たちの無実を晴らすために再捜査に乗り出す。
真犯人と思われる三人を突き止め話を聞いたジュンチョルは、会話を録音したテープを持って被害者の女性を訪ねた。しかし、彼女は恐ろしい経験を思い出したくないと心を閉ざしており、ジュンチョルは追い返されてしまう。
さらに事件の責任者だったチェ・ジュソンはあらゆる妨害を企て、当時の担当検事までが乗り出してきて、真犯人と疑われている三人のうち二人は遠隔漁業で韓国にいなかったという証明書を提出。
明らかに虚偽と思われたが、相手は検事という最高権力者で、ジュンチョルの努力は全て水の泡となってしまう。
ジュンチョルは責任を取らされ左遷されてしまう。それから16年後、完州警察署に戻って来たジュンチョルのもとに二人の女性が訪ねて来た。それはウリスーパーの被害者の女性と弁護士だった・・・。
韓国映画『罪深き少年たち』感想と評価
1999年、深夜、三礼ウリスーパーで強盗殺人事件が発生する。数日後10代の少年3人が容疑者として浮上し、自白したため強盗殺人容疑で起訴されるが、翌年、完州警察署に捜査班長として赴任した刑事の元に犯人は別にいるという電話がかかってくる。
本作は1999年に実際に起きた「参礼(サムレ)ナラスーパー事件」を基に作られた。逮捕された少年たちは懲役3年から6年を言い渡され、刑期を終えて出所した後、再審専門の弁護士の助けを得て、再審請求が認められ、無罪を勝ち取った。彼らは捜査過程で刑事たちから激しい拷問を受け自白を強要されたのだ。
チョン・ジョン監督は、これまでも不当解雇を背景に起きた「クロスボウテロ事件」を題材にした『折れた矢』や、政界・財界を巻き込んだ巨大スキャンダル、“ローンスター事件”をモデルにした『権力に告ぐ』などを撮っている。いずれも不当な処遇を受けた個人が巨大な権力に立ち向かう姿を描いた骨太の社会派映画だ。
『罪深き少年たち』の少年たちの悲劇は警察組織の成果主義が招いたものだ。ろくな証拠もないのに暴力で少年たちを犯人に仕立て上げた調査課の刑事たちは、迅速な犯人逮捕を評価されチーム全員が昇進していた。
チョン・ジョン監督はこの組織的な罪に立ち向かう人物として「狂犬」と称される叩き上げの刑事、ファン・ジュンチョルを物語の主人公に据えた。実際の事件には登場しない人物だが、正義感溢れる刑事の孤軍奮闘ぶりを描くことで、警察組織の腐敗した様をより鮮明に浮かび上がらせることに成功している。
扮するは韓国を代表する名優ソル・ギョングだ。この庶民的で誠実で誰もが共感を覚えるキャラクターを演じるのに彼ほど相応しい俳優はいないだろう。
一方、チーム長として事件の捜査にあたり、少年たちに罪をかぶせたエリート刑事ウ・ジュンソクに扮したユ・ジュンサンは多少、やりすぎなくらい大げさにこの憎々しいキャラクターを演じている。この男には「良心」などないのかと誰もが激しい憤りを覚えるだろう。
さらに思わぬ大物ゲスト出演者が悪徳検事を演じており、対する相手がいかに巨大かということを実感させる。果たして誰が演じているのか、是非映画館で目撃してほしい。
一度は権力に木っ端みじんにされ、事件から身を引いたジュンチョルだったが、16年後、ウリマーケットの被害女性(チン・ギョン)と再審専門の女性弁護士(ハン・スヨン)が彼を訪ねて来る。女性はかつて誤って彼らを犯人だと証言したことを深く後悔していて、刑期を終えた今も前科者として差別を受けている彼らになんとか償いをしたいと考えていた。
ジュンチョルもまた16年間、彼らを救えなかったことを後悔し続けていた。当時事件に関わった警官たちは皆、のうのうと生きているのに、真面目で誠実な人間ほど苦しまなくてはいけないのは実に不条理なことだ。16年という時間の重みを深く感じさせるソル・ギョングの演技が素晴らしい。
心を動かされるシーンは多いが、大人になった少年たちがかつての子供時代に戻ったように川遊びをする姿をジュンチョルが眺めるシーンは格別だ。彼らが笑っているからこそ、泣ける。チョン・ジョン監督は人間の情緒を如何に描くかをよく熟知している。
彼らの尊厳を取り戻すため再び立ち上がったジュンチョルに対して、またもや警察組織が立ちはだかる。「最早、暴力団だな」という台詞があったように、一体どこまで腐敗しているのか。
権力を盾に弱い立場の人間を迫害し追い込む事例は今もそこかしこに見られる。映画は、理不尽な仕打ちを受けながらもジュンチョルにエールを送る家族たちの姿を描写し、市井の人々の勇気と連帯が社会を動かす可能性を見せてくれる。
事実とフィクションを巧みに融合させ、警察捜査から法廷劇へと緊張感を保ちながらエンターティンメントとしても楽しめる一本に仕上がっている。
(文責:西川ちょり)