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フランス映画『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』あらすじと感想/アルノー・デプレシャンが見つめるいがみ合う姉弟の姿

『そして僕は恋をする』(1996)、『キングス&クイーン』(2004)、『あの頃エッフェル塔の下で』(2015)などの作品で知られるフランスの名匠アルノー・デプレシャン監督の最新作『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』は、いがみ合う姉弟を描いたユニークな家族映画だ。

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20年来、互いに憎み合って来た姉弟が、事故に遭った両親を見舞うため再会することとなるのだが・・・。

 

マリオン・コティヤールメルヴィル・プポーがアリスとルイの姉弟を演じる他、姉とも兄とも良好な関係をきずいている末の弟を人気ミュージシャンで俳優のバンジャマン・シクスーが、ルイの妻役を『パターソン』(2016)で知られるゴルシフテ・ファラハニが演じるなど個性的な俳優が顔を揃えている。

 

第75回(2022)カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作品。  

 

映画『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』作品情報

(C)2022 Why Not Productions - Arte France Cinema

2022年製作/110分/PG12/フランス映画/原題:Frere et soeur

監督:アルノー・デプレシャン 脚本:アルノー・デプレシャン、ジュリー・ペール 撮影:イリナ・ルブチャンスキー 美術:トマ・バクニ 衣装:ジュディット・ドゥ・リュズ 編集:ロランス・ブリオー 音楽:グレゴワール・エッツェル

出演:マリオン・コティヤール、メルビル・プポー、ゴルシフテ・ファラハニ、パトリック・ティムシット、バンジャマン・シクスー、ジョエル・キュドネック、コスミナ・ストラタン、フランシス・ルプレ、マックス・ベセット・ドゥ・マルグレーブ、ニコレット・ピシュラル、クレマン・エルビュ=レジェ、アレクサンドル・パブロフ

 

映画『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』あらすじ

(C)2022 Why Not Productions - Arte France Cinema

アリスは有名な舞台女優。弟ルイは著名な詩人だ。何が理由かは思い出せないが、もうずっと二人は互いを憎み合っている。

 

ルイが6歳になったばかりの息子を亡くした際も、お悔やみにやって来たアリスに対してルイはこの6年間、一度も姿を見せなかったくせにと激高し、部屋から追い出してしまう。

 

それから5年の年月が過ぎ、その間、二人が顔をあわせることはなかった。アリスは舞台劇の楽屋にいたが、酷く落ち込んでいた。ルイの詩集に自分の名前が載っていたので思わず手に取り、中身を見てしまったのだ。

 

そこにはルイのアリスに対する憎悪が延々と綴られていた。一旦は舞台に出られないと弱気になったが気を取り直して、舞台へと向かうアリス。

 

その頃、一台の車が一本道を走っていた。車には老夫婦が乗っており、妻がスピードの出し過ぎではないかと夫をたしなめた時、前方から車線を飛び出して車がやって来た。車は激しくスピンしながら、木に正面衝突して止まった。

 

車を運転していたのは若い女性で、命に別状はなかったが、下半身が動かない様子だった。彼女を助けようとしていた夫婦だったが、向こうから大型トラックがスピードを緩めず突進してくるのが見えた。

 

芝居を終えたアリスは両親が事故で入院したと知らされ、病院へ急いだ。そう、先程の老夫婦はアリスの両親で、その日、彼らは彼女の芝居を観に行く予定だったのだ。

 

病院に駆けつけたアリスは、もうひとりの弟フィデルと共に、医師から、母は意識不明で父は意識はあるものの絶対安静と告げられる。

 

息子の死後、妻とともに人里離れた田舎に引っ越したルイのもとに精神科医の友人ズウィが訪ねてくる。彼はフィデルから連絡を受けて、ルイに両親が重症で入院中であることを知らせに来たのだ。

 

姉と会うのはいやだとごねるルイだったが、父母をほっておけるわけもない。彼はズウィと共に、長い間、離れていた故郷に戻ることとなった。

 

ルイはアリスと顔を合わせないように、父母を見舞うが、それはいつまでも避けて通れることではなかった・・・。  

 

映画『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』解説と感想

(C)2022 Why Not Productions - Arte France Cinema

アルノー・デプレシャン監督の14本目の長編映画は、室内の玄関先に数人の人々が佇んでいるシーンから始まる。ドアがあき、一人の男性が入ってくる。カメラは奥の部屋に移動し、ルイの姿を捉える。入ってきた人物を見た途端、ルイは男に掴みかかり罵声を浴びせながら男を追い出してしまう。

 

男はルイのかつての親友で、ルイの姉・アリスの夫である。ルイはその場に姉がいることを確認すると、姉夫婦が6年間一度も顔をみせなかったではないか、今更どんな顔でやって来たのかと他の客の面前で彼らを罵倒する。

アリスとルイの間には生々しい憎しみがあり、冒頭から激しい対立が描かれている。

 

20年来の姉弟の確執の理由はほとんどわからない。ルイの回想ではアリスが彼の詩人としての成功に嫉妬し、笑顔のまま「あなたが大嫌い」と告げた日のことが語られる。また、彼らの父親はアリスを溺愛する一方、ルイにはまだ彼が7歳、10歳という幼い時分から「成功」することのプレッシャーをかけ続けたことが語られ、そうしたことも原因の一つとして考えることが出来るが、「家族のやっかいもの」として、両親とも疎遠になっていたとはいえ、ルイは父や母にはそれほど大きな憎しみは持っていないように見える。とりわけ母親は彼を嫌っていたという父の言葉にもルイは「反抗していたからね」とさらっと応えるだけだ。

 

このように、いくつかのヒントは与えられながらも、ふたりの対立の理由は不明のままだ。デプレシャン監督も理由の探求には興味がないようで、感情豊かなふたりの対立の描写に焦点をあてている。

 

これが赤の他人であれば、顔をあわせず、相手の挑発に乗らないことである程度心を休ませることが出来るが、家族、姉弟となればそういうわけにもいかない。ルイは息子の死後、馬でしか通り抜けられない森の向こうにある辺鄙な場所に移って、妻とふたりで隠遁生活のような日々を送っていたのだが、両親の事故の報せを受け、故郷に帰らざるを得なくなる

 

主人公たちの激しくネルギッシュな感情表現はデプレシャン作品の最大の魅力のひとつだが、ルイとアリスの対立は傍から観ていたらいささか子供じみて滑稽にも見える。

アリスと顔を合わせないよう逃げ回っていたルイだったが、ある時、ついに二人が鉢合わせしそうな瞬間がやってくる。長い廊下を歩いてくるアリス。俄然緊張感が高まるサスペンスフルなシーンとなり、アリスのあっと驚くリアクションで観る者の度肝を抜く。アリス=女優であることを強烈に印象づける場面だ。  

 

もっとも、傍からどう見えようと彼らにとっては深刻な問題なのだ。「再会しなければならないかもしれない」状況は耐え難いもので、ルイは大麻に手を出さざるを得ないし、アリスは抗うつ剤に頼らざるを得ない。

こうして観ると、彼らは実に似た者同士であり、似ているからこそ、軋轢が生まれ、頑なな性格ゆえに収拾がつかなくなってしまったのかもしれない。

 

ルイは飛行機の中で姉への手紙を綴るが、彼はカメラの方を向くと観客に向かってその内容を話し出す。彼に関して、デプレシャンはマジックリアリズム的な手法を他にも使っているが、ここではまるでルイが女優であるアリスを模倣しているかのようだ。一方、アリスはといえば、避けていた弟の著書をわざわざ手に取り、つい目を通してしまい、そこに書かれたことに酷く傷つく。だが、そもそも傷つくことがわかっていて何故読むのか。

 

彼らを観ていると、「愛と憎しみは表裏一体」であることを強く実感させられる。

諍いを繰り返す姉弟は無意識のうちに何かを期待しているのだ。少なくともふたりはふたりの関係を断ち切りたくがないために争っているのだ。

 

大切な人の死から始まり、大切な人の死で終わる物語は、人間の不可解な感情を「憎しみ」として綴ったものであるが、それでも本作は「愛」を描いた映画だと思う。

(文責:西川ちょり)