2015年に起こったパリ同時多発テロ事件で最愛の妻を失ったジャーナリストのアントワーヌ・レリスが、事件発生から2週間の出来事をつづった世界的ベストセラーをドイツ人監督キリアン・リートホーフが映画化。
テロの犠牲となった妻の遺体と対面した夫は、テロリストたちへのメッセージをフェイスブックに書き込む。小さな息子と共に生きる希望を語り「ぼくは君たちを憎まないことにした」と綴るメッセージは一夜明けると20万人を超える人々にシェアされていた・・・。
最愛の妻エレーヌを失ったアントワーヌ役に抜擢されたのは『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』(2022)、『エッフェル塔~創造者の愛~』(2021)などの作品で知られるピエール・ドゥラドンシャン。
エレーヌ役は、ポップスターとしても活躍するカメリア・ジョルダーナが演じ、幼いメルヴィルを演じるゾーエ・イオリオが天才的な演技を見せている。
映画『ぼくは君たちを憎まないことにした』は2023年11月10日(金)よりTOHOシネマズシャンテほかにて全国公開。
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目次
映画『ぼくは君たちを憎まないことにした』作品情報
2022年102分/G/ドイツ・フランス・ベルギー合作映画/原題:Vous n'aurez pas ma haine 原作:アントワーヌ・レリス『ぼくは君たちを憎まないことにした』(ポプラ社)
監督:キリアン・リートホーフ 製作:ヤニーネ・ヤツコフスキー、ヨナス・ドルンバッハ、マーレン・アーデ 製作総指揮:サラ・ナーゲル イザベル・ビーガント 原作:アントワーヌ・レリス 脚本:ヤン・ブラーレン、マルク・ブルーバウム、キリアン・リートホーフ、ステファニー・カルフォン 撮影:マニュエル・ダコッセ 美術:セバスティアン・ソウクプ 衣装:キャサリン・マーチャンド 編集:アンドレア・メルテンス 音楽:ペーター・ヒンデルトゥール
出演:ピエール・ドゥラドンシャン、カメリア・ジョルダーナ、ゾーエ・イオリオ、トーマス・マスティン、クリステル・コルニル、アン・アズレイ、ファリダ・ラウアジ
映画『ぼくは君たちを憎まないことにした』あらすじ
2015年11月13日金曜日の朝、目をさましたアントワーヌは隣で眠っているエレーヌを愛しげに見つめた。目覚めたエレーヌと唇を重ねていると幼い息子メルヴィルが「ママ」と呼びながら部屋に入って来た。夫婦は顔を合わせて微笑み、エレーヌはメルヴィルを抱き上げた。
まだ朝早いと思っていたら、もうそれなりの時間になっていて、仕事のあるエレーヌはあわただしく用意を始めた。予約したコルシカ島旅行のことでアントワーヌとちょっともめても、メルヴィルが欲しいおもちゃがないとだだをこねても、エレーヌは笑顔を絶やさず丸くおさめて仕事に出かけて行った。
アントワーヌは小説家志望のジャーナリストだ。書き上げた小説を出版社に送るも返事がない。読み返すと自分でも不出来だと感じる。仕事から帰って来たエレーヌに「もうやめようかな」と愚痴をこぼすと、エリーヌは「やめたら」と微笑み、3章までは最高の出来だったわよと言ってくれる。
アントワーヌはそんなエレーヌを心から愛していた。その夜、ふたりの共通の友人ブルーノがエレーヌを迎えにやって来た。ふたりは今からライブに行くのだ。
ふたりを見送ったアントワーヌだったが、しばらくして、姉や知人たちから安否を気遣うメールが送られてくる。なんのことかわからないアントワーヌはテレビを点けてパリの数か所でテロ事件が発生し、多数の犠牲者が出ていることを知る。
テロリストの襲撃したライブ会場はエレーヌが出かけて行った場所だった。エレーヌのスマホに何度も連絡を入れるが返事がない。なんの情報もないまま、アントワーヌはエレーヌが病院に運ばれているのではないかと次々と病院を訪ねるが会えず、帰らぬ人となったエレーヌと再会することになったのは事件から三日後のことだった。
アントワーヌは誰とも悲しみを共有できない苦しみと今後の育児への不安をはねのけるように、妻の命を奪ったテロリストへ向けてメッセージを書きはじめた。
「君たちに憎しみを贈らない。君たちは望んでいる。僕が恐れ、人々を疑い、おびえて暮らすことを。君たちの負けだ。君たちに割く時間はない。メルヴィルが起きる時だ。人生は続く」と綴ったそのメッセージは息子と二人「今まで通りの生活を続ける」との決意表明であり、亡き妻への誓いのメッセージでもあった。
映画『ぼくは君たちを憎まないことにした』感想
2015年11月13日金曜日にパリで起こった「パリ同時多発テロ事件」は市内のコンサート会場やレストランなどで過激派組織「イスラム国(IS)」による銃撃や爆弾攻撃が相次ぎ、130人が死亡、負傷者も300名以上にも及んだ未曽有のテロ事件だ。
イーグルス・オブ・デス・メタルのコンサートが行われていたバタクラン劇場の被害がもっとも大きく、本作に登場するエレーヌもこの劇場で亡くなった。
「パリ同時多発テロ事件」を題材にした作品といえば、アリス・ウィンクールの『パリの記憶』(2022)が思い出される。日本では「第5回映画批評月間」の一本として上映された。
『パリの記憶』は、レストランで食事中に襲撃に合い、かろうじて生き延びた女性を主人公にした作品で、以前の日常を取り戻せず苦しむ女性が、自分と同じ境遇の人と交流することで失っていた記憶を取り戻し、新しい自分を見つけて行く様が繊細に描かれていた。
一方、本作はテロで最愛の妻を失った夫とその幼い息子の物語である。主人公が遺族という点では寧ろ、ミカエル・アースの『アマンダと僕』(2018)に共通点を見出すことができるだろう。
物語はテロが起こる日の早朝から始まる。カーテンを開けるとさっと明るくなる部屋の中で、暖かな家族の時間が繰り広げられている。しかし夜になると夫のアントワーヌは妻の安否を心配することになる。
カメラは頻繁にアントワーヌをアップで捉え、その心情を丹念に映し出していく。待つ間の不安感、いてもたってもいられず病院を訪ねて回るが見つけ出せない焦燥感、そうした感情がリアルに伝わって来て、私たち観客も事態の核心へと引きずり込まれていく。
アントワーヌは事件から三日後にようやくエレーヌと会うことが出来たが、彼女は帰らぬ人となっていた。耐え難い苦しみの中で、彼はテロリストたちへのメッセージを綴り始める。
「ぼくは君たちを憎まないことにした」で始まるメッセージはテロリストたちが人々に与えようとした「恐怖」に屈せず、息子と二人「今まで通りの生活を続ける」という決意表明であった。
フェィスブックにアップすると一晩で20万人以上がシェアし、翌日には新聞の一面を飾ることになった。
本作は実話であり、アントワーヌの「憎しみを贈らない」宣言は、動揺するパリの人々に大きな影響を与え、テロに屈しない団結力を生み出していく。
もっとも、映画は彼を英雄のようには描かない。「幸せになろうな」と17か月の息子に語りかける彼だが、『パリの記憶』の被害女性が、事件以前の日常を取り戻せないように、彼もまた当然のごとく、家族3人での幸せだった日々には戻れないのだ。
テレビ出演で気を紛らわせることが出来ても、喪失感は耐え難く、また、少し時間がたち、世間が落ち着き始めると、今度は孤独感が襲ってくる。
映画は人間の「回復力」をテーマにアントワーヌの心理の変遷を丁寧に描写していく。アントワーヌに扮したピエール・ドゥラドンシャンが素晴らしく、また幼い息子メルヴィルを演じるゾーエ・イオリオの天才的な演技には度肝を抜かれるだろう。
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