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【ロバート・アルトマン傑作選】映画『ロング・グットバイ』あらすじ・感想/R・チャンドラーの原作を大幅に改変したアルトマンの意図とは!?

ロバート・アルトマンが手掛けた女性が主演の知られざる傑作『雨に濡れた歩道』(1969)、『イメージズ』(1972)と、公開から50周年を迎えるアルトマンの代表作のひとつ『ロング・グッドバイ』(1973)の3本が、ロバート・アルトマン傑作選」と題して、全国の映画館で順次公開されている。

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その中から今回はロング・グッドバイを取り上げたい。

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レイモンド・チャンドラーの名作ハードボイルド小説の舞台を50年代から70年代に変更し、マーロウ役も従来のチャンドラー作品の主役とはイメージがかけ離れたエリオット・グールドを抜擢。原作とは違うラストであったことも重なって、公開当時はチャンドラーの熱心なファンから猛烈な批判を浴びた。

 

アルトマンは、ハンフリー・ボガートフィリップ・マーロウを演じた『三つ数えろ』(1944/ハワード・ホークス)の脚色を担当したリー・ブラケットに脚色を依頼(ラストの変更は彼女によるもの)。過去のチャンドラー原作映画を全て観た上で、本作を制作したという。

 

様々な変更を経てアルトマンが描きたかったものとはいったい何だったのだろうか。  

 

目次

映画『ロング・グッドバイ』作品情報

映画『ロング・グッドバイ

1973年製作/111分/アメリカ/原題:The Long Goodbye
監督:ロバード・アルトマン 原作:レイモンド・チャンドラー 脚本:リー・ブランケット 撮影:ヴィルモス・ジグモンド 音楽:ジョン・ウィリアムズ
出演:エリオット・グールド スターリング・ヘイドン マーク・ライデル ヘンリー・ギブソン ニーナ・ヴァン・パラント、ジム・バウトン

映画『ロング・グッドバイ』あらすじ

映画『ロング・グッドバイ

私立探偵のフィリップ・マーロウは、真夜中に訪ねてきた親友のテリー・レノックスに頼まれて車でメキシコまで送ってやるが、翌日、警察がやって来て連行されてしまう。テリーには妻殺しの容疑が掛かっていたのだ。

 

マーロウは三日間拘留されたのち、釈放される。テリーが自殺したため、用なしとなったせいだ。

 

そんな中、マーロウのもとにアイリーンという女性から電話がかかってきた。失踪した夫を探して欲しいという。依頼を受けることにしたマーロウはさっそく夫婦が暮らす屋敷を訪ねた。

 

彼女の夫は作家のロジャー・ウェイドで、これまでもふいにいなくなることがあったが、今回は様子が違うという。 彼は小説が書けなくなってしまい、アルコール依存症になっていた。  

 

マーロウはある精神科医のもとを訪ねるが、看護師たちは皆、ロジャーなど知らないと言う。医師に会いたいと頼んでも、「いない」の一点張りで、怪しいと睨んだマーロウは庭の木陰に隠れて、様子をうかがった。マーロウがロジャーを発見した時、彼は医師に無理やり小切手にサインをするよう迫られていた。

 

無事に作家を保護し、家に連れ帰ったマーロウにアイリーンは感謝の言葉を述べた。マーロウはアイリーンに明日様子を見に来るといって別れた。

 

家に戻ると、マフィアが待ちかまえていた。テリー・レノクッスが彼らの35万ドルを持ち逃げしたというのだ。金のありかをマーロウが知っているのではないかと彼らは疑っていたが、その日はおとなしく帰っていった。

 

マーロウが彼らの後をつけて行くと、驚くことに彼らが向かったのはウェイド夫妻の家だった。庭に隠れて中を覗くとアイリーンとマフィアのボスが話しているのが見えた。彼らは一体どんな関係があるのか⁉

 

それから数日後、ウェイド家は、隣人を招いてパーティーを催していた。しかし、昼間からロジャーは酔っ払っていて、実に危なっかしく見える。

 

そこへ精神科の医師がやって来て金を返すようロジャーに迫る。ロジャーは近所の人々を追い返し、医師と一緒に部屋に入っていき、意識朦朧の中で、小切手にサインをする。医師は「やっと返してくれた」と苦い顔をしながら立ち去った。

 

ロジャーは寝てしまい、一人残ったマーロウにアイリーンは豪華な食事を作ってくれた。アイリーンにマフィアのことを尋ねると、ロジャーが彼らに借金をしているのだという。アイリーンはテリー・レノックスのことも知っていた。  

 

マーロウがご馳走に舌鼓を打っていると、突然アイリーンが叫び出した。

 

窓からロジャーが海に入っていくのが見えた。二人は駆け出し、彼を助けようとするが、波が荒く押し戻されてしまう。ロジャーは既に見えなくなっていた。

 

警察がやって来て、夫人に質問をしていたが、マーロウはひどくイライラしていた。そしてふとロジャーがレノックスの妻と関係があったのではないか、殺人を犯したのはロジャーではないのかという疑念が浮かび上がってくる。

 

アイリーンを問い詰めると彼女もレノックスの妻が死んだ日、ロジャーがレノックスの妻といたことを認めた。二人は愛人関係にあったのだ。マーロゥは警官たちに詰めよっていくが・・・。

映画『ロング・グッドバイ』の感想・評価

映画『ロング・グッドバイ

まずは「猫」映画として記憶しておきたい。マーロウは、午前3時に眠っているところを飼い猫のタイガーに起こされる。お腹をすかせた猫に餌をやろうと缶詰をさがすが、あいにく切らしてしまっている。仕方なく、有り合わせのものを適当に混ぜて誤魔化そうとするが猫は見向きもしない。

重い腰を上げて深夜のスーパーに買い物に行くも、目当てのカレー印の缶詰がなく、別の缶詰を買って、空っぽのカレー印の空き缶に移し替え、猫にやってみるけれど、猫は簡単には騙されない。猫は諦めて外に出ていってしまい、その後姿を見せなくなってしまう。「猫が行方不明」というタイトルの映画があったと記憶するが、探偵は猫を最後まで見つけることができない。  

 

探偵の住むペントハウスには、いつも部屋の外に出てほとんど半裸で過ごしている女たちがいる。マーロウによるとヨガをやっているらしい。マーロウが部屋を出入りするたび、この女たちの前を通ることになり、お互いに顔見知りで、時には何か買い物を頼まれることもある。近所付き合いもそつなくやっている気さくな探偵というわけだけど、物語が進むに連れ、見かけとは違う人間関係が見えてくる。

終盤、マーロウが「遠出をするので猫をみかけたら世話をしてほしい」とこの女たちに頼むのだが、瞑想に入ってしまっている女たちはまったく耳をかしてくれない。この場面は利己主義に凝り固まっている人間像を象徴するものとして描かれている。

 

さらに、マーロウが、夫探しを依頼した女性が乗っている車を見かけて声をかけ追いかけるシーンがある。女は気づいているのかいないのか(目に入っていないはずがないのだが)、マーロウを無視し続ける。二人の間にはある種の信頼関係が生まれていたはずだったのに、それはマーロウの勘違いに過ぎなかったのか。無理やり道路を横断しようとしたマーロウは車にはねられて救急車で病院に運ばれてしまう。  

 

エリオット・グールド扮するマーロウは、どこへ行くにも細身のスーツを着こなし、ネクタイをかかさない身だしなみにこだわる人間だ。アル中の作家からネクタイをはずせと言われても断っているし、入水自殺を図った作家を助けるために海へ突っ込んでいく際、ほどいたネクタイを作家の妻に預かってくれと渡しているほど、ネクタイを大切にしている。

 

ハンフリー・ボガートとは風貌は違っても、エリオット・グールド扮するマーロウは礼節や、責任感、友情を重んじる、昔気質の人間なのだ。そんな彼にとって70年代のアメリカは、情がなく、硬直し、退廃しきって映る。

50年代が「旧き良き時代」だったかは別としても、かつては確かにあった何か肝心な大切なものを失ってしまった荒涼とした世界として70年代が描かれていて、その時代を生きざるを得ない孤独な人間としてのマーロウ像が浮かび上がってくる。

 

極めつけは信じていた親友の裏切りだろう。原作を改変した衝撃的なラストには驚かされるが、利己主義が蔓延する社会に対する大きな怒りがそこには込められているのだ。  

 

撮影のヴィルモス・ジグモンドはそんな光景を終始カメラを動かして撮っている。それは実にゆるゆるした自然な動きだ。マーロウと男性が庭園のパーティーで会話する場面などでは、うっかりしている観客でもよくわかるようにカメラが交互にふたりに近づいたり離れたりして、挙句に、ふたりの間を割って、海へと移って行ったりもするのだが、その動きはまったく滑らかだ。

その心地よさに安心して身を委ねてしまっていた私たちは、衝撃的なラストに我に返り、自分が観ていたものの正体を知るのである。