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鎌田義孝監督インタビュー/映画『TOCKA[タスカー]』/17年振りの劇場作品に込めた「死にたくなった人」への思い

北海道オホーツクの国境の町、根室でロシア人相手の中古電器店を営む男には「死にたい」理由があった。自死ではなく「殺されたい」と願う男は、生きる意味を見失い故郷に戻ってきた女と、先の見えない生活に疲れ果てた廃品回収業の青年と出会う。3人はそれぞれの過去を見つめながら男の願いに向き合うが・・・。


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鎌田義孝監督が『YUMENO ユメノ』(2005)以来、17年ぶりに劇場映画に挑んだ映画『TOCKA[タスカー]』は、人間の「死」をまっすぐに見つめたヒューマンドラマだ。

 

『映画 深夜食堂』(2015)の金子清、『ワタシの中の彼女』(2022)の菜葉菜、『茶飲友達』(2023)の佐野弘樹がメインの3人を演じている。

 

タイトルの「TOCKA(タスカー)」はロシア語で「憂鬱」「憂愁」「絶望」を意味し、その反意として「憧れ」「未だ見ぬものへの魂の探求」などの解釈がある。

 

映画『TOCKA[タスカー]』520日(土)より新宿K's cinema、第七藝術劇場にて公開! 新宿K's cinemaにて、初日舞台挨拶(金子清文さん、菜葉菜さん、鎌田義孝監督)、第七藝術劇場にて(金子清文さん、菜葉菜さん、鎌田義孝監督)初日リモート舞台挨拶を予定。関西では元町映画館、出町座でも順次公開を予定している。また、5月19日(金)よりMOVIEONやまがた、大分別府ブルーバードにて公開、6月16日(金)よりシネマテークたかさきの公開が決定している。

鎌田義孝監督

 

このたび、公開を記念して鎌田義孝監督にインタビューを敢行。作品が生まれた経緯や、作品に込められた思いなど、様々なお話を伺った。  

 

死にたくなった中年の男性を主人公に

(C)2022 KAMADA FILM

──実際に起こった嘱託殺人事件が作品を作るきっかけになったそうですが、改めて本作を制作するに至った経緯を教えていただけますか。

 

鎌田義孝(以下、鎌田):前回の劇場映画作品『YUMENOユメノ』(2005)は一家惨殺事件を起こしてしまう青年の話で、殺してしまった側の目線で作品を作ったわけですけれど……、それが終わった直後くらいに逆のベクトルというわけではないんですけど、死にたくなった中年の男性を映画に出来ないかと考えるようになりました。

それは僕が小学一年生くらいの時に、北海道のオホーツク沿いの雄武(オウム)という町で、寿司屋をやっていたおじさんがいて、結構、町でも人気のある寿司屋だったんですが、自分の火の不始末で娘さんを亡くしてからどんどん身を持ち崩して最後は自殺してしまった。そのことが心にずっと残っていたんです。

嘱託殺人の件に関しては、井土紀州さんとシナリオハンティングで北海道を回っている時に井土さんから提案されました。2003年ごろ、東京と韓国で同じような嘱託殺人事件が起こって、東京の方は未遂に終わったのですが、韓国では少年が殺してほしいと頼んだ中年男性を実際に殺してしまった。死にたい人を受け止めて実行して、やった人とやれなかった人の境界線って何なんだろうと考えました。自分だったらどうするのか、その境界線を考えてみたくなりました。  

 

──脚本には井土紀州さんと加瀬仁美さんと監督の三人のお名前がクレジットされていますが、どのように仕上げていかれたのでしょうか。

 

鎌田:井土さんに参加していただいたのは企画の初期段階で、2006年頃に最初の脚本を書いてもらったんですけど、その時の脚本は「おじさん、ちゃんと生きていったほうがいいぜ」っていう前向きな、健全な方向で終わっていた。僕自身も、勿論主人公がちゃんと生きていったほうがいいと思いつつも、掴みきれなくて、はっきり僕がラストへの方向を示さなかったせいもあるんですけど、既にスポンサーもついていたにもかかわらず、もう一回一から考えたいとちゃぶ台をひっくり返してしまったんです。

そんなわけで一回、企画が流れてしまって、井土さんもその後忙しくなられて、2年経ち、3年経ち、題材も際どいものということもあってスポンサーもなかなかつかず、月日が流れていったんです。が、その後に2つほどきっかけになることが起きました。ひとつは、僕のことを応援してくれていた高校同期の真面目で明るい友人がいたんですけど、久しぶりに会って話をすると、うつ病を患って仕事も辞めているって言うんですね。「今ならお前の映画手伝えるぞ」と笑って言ってくれて。俺は、仕事がないなら金集めして一緒に映画をやろうぜって笑って別れたんですけど、その翌月にそいつが自殺してしまった。気づけなかったのか、感じられなかったのか自問するところもあり、それからもう一回、死にたい男の話を考えてみなければいけないと思うようになりました。

もうひとつは、そのあと、僕の父親が癌で死んで、その数カ月後に母が自殺未遂を起こした。それ以降、母親は自分自身を責めるようになってしまったんです。ことあるごとに「死にたい」と電話してくる。そういう時って、「頑張って生きようよ」って声をかけるなんてとても出来ない。「バカ言ってるんじゃないよ」なんてとても言えない。ある意味「肯定」して聞いてあげないとこちらの身ももたないし、人間、いつどうなるのかわからないんだから、「死のうとしたことはそんなに悪いことじゃないよ」と一度肯定してあげないと、という思いが強くなって。次第に、やはりこの映画を作らなければいけないという気持ちになっていきました。  

 

それで、前後の時間はわかりませんが、加瀬仁美さんと会いました。死にたいという男がいて、それを受け止める方向にいってもいいので、とお願いして脚本をゼロから書いてもらいました。車で海に飛び込むシーンなどは加瀬さんが考えてくれたエピソードです。

 3人の俳優を主役に起用した理由

(C)2022 KAMADA FILM

──観ているうちに主役の3人にぐんぐん惹きつけられていきました。俳優さんについてお尋ねしたいのですが、まず、死にたい男の谷川章二役に金子清文さんを起用されたことに関してお話を聞かせていただけますか。

 

鎌田:以前、コカコーラがスポンサーのドラマの仕事(所謂、社内用の教育VP)をした時に、主人公のコカコーラ社員の上司役のオーディションがあったんです。爽やかな感じの方がたくさん来られた中に金子さんがいて、異彩を放っていらした。かなり強烈に引き込まれるところがありました。でもその時、上司役は別の方でやった。当たり前だけど。爽やかさゼロだったし。で、数年後のコロナ禍中、僅かな助成金を得て『TOCKAタスカー』の原型となる、死にたい男の短編を作ったのですが、その時にはじめて出演してもらいました。そして2年後、『TOCKAタスカー』長編を撮ることになるわけですが、彼を主演にしようと決断するには少し時間がかかりました。というのも金子清文さんは舞台では名前の知られた方なんですけど映画の方ではほとんど露出がないし、映画的、映像的に器用な方ではないと思いましたから。耐えられるかどうかってことです。色んな側面で。でも最終的に金子さんに章二を演ってもらった。ある監督と上映後にトークショーをした時に演出論の話題になり、章二を金子さんに決めた時点で、もう章二への演出は既に必要ないじゃないか、と言われました。ああしろ、こうしろと芝居をつける人ではなくて、その存在自体で充分やっていける役者さんなんですね、金子さんは。

 

──菜葉菜さんは『YUMENOユメノ』でデビューされて、今回、また重要な役を演じられていますが、菜葉菜さんに関してはいかがですか

 

鎌田:今回、本田早紀役に関してもオーディションを実施したんですが、なかなか託せる人がいなくて、やはり菜葉菜さんしかいないだろうという結論に至りました。「いろんな旅をしてきて、やっぱあんたしかいなかったんだよ」って本人に伝えたら、「最初から私って言ってくださいよ」って怒られちゃいました(笑)。

早紀っていうキャラクターは一番複雑でわかりにくいところがありますよね。死にたいという決定的なバックボーンがあるわけでもないし、ふと人生がいやになってしまったという繊細な感情やニュアンスを表現するのってとても難しいものだと思うんです。その微妙なところをしっかりやってくれるのは菜葉菜さんしかいない。実際、その期待に応える演技を見せてくれました。

 

──大久保幸人役の佐野弘樹さんもすごくよかったですね。

鎌田:僕がもともと考えていた幸人のイメージって暗くて全然しゃべらない、もっとダウナーなものだったのですが、オーディションの際に、彼は僕のイメージを覆して来たんですね。その瞬間は「みつけた!お願いします、あなたに!」っていう感じでしたね。  

 

経済や歴史に翻弄される街とロシアへの思い

(C)2022 KAMADA FILM

──舞台となる北海道の根室や釧路の光景も主役のひとつといってもいいのではないかと思うほど強い印象を受けました。

鎌田井土紀州さんとシナリオハンティングしたときに、じっくり根室やその周辺を見て回ったんですけど、ロシア語の看板やロシア人向けのお店があって、背景には北方領土問題がある。また、敗戦(第二次世界大戦)の間際には、釧路から留萌ラインという北海道を斜めに線を引いて上半分がソ連領になる可能性もあったわけで、僕も北海道北部の名寄(なよろ)生まれなので、もしかしたらロシア人だったかもしれない。また、僕の父親が樺太(サハリン)生まれで5歳まで樺太で暮らした後、敗戦を期に引き上げた過去がある。そんなこともあり、ロシアには少なからず興味を持っていました。

谷川章二はロシア人向けの中古の電器屋さんをやっているという設定なんですけど、根室稚内にもかつて、ロジア人相手の、新品じゃなくて中古の電器屋さんがたくさん出来て一種のサハリンバブルのような現象があったそうです。ただそれも、ロシア国内で普通に電化製品が行き渡るようになった途端、あっという間に潰れてしまって……、そういう国と国の経済とか歴史に翻弄されていることにも興味を引かれて、主人公を根室に住んでいてロシア人相手に商売をしている設定にしました。風景を撮りたくて根室を選んだわけではないんです。

日本で国境を舞台にした映画は、例えば、大島渚監督の『夏の妹』(1972)など、沖縄を舞台にした作品はたくさんありますが、根室は沖縄とはまた全然違った国境感なんです。そのこともベースとして入れたいなというのもありました。  

 

──映画のタイトルの「TOCKA」もロシア語ですね

鎌田:主人公の3人はそれぞれ憂鬱や鬱憤をかかえているんですけど、日本語で「憂鬱」というとその意味だけになってしまうし、「希望」というとまた「希望」っていう意味だけになってしまう。そんな中、調べていくとロシア語で「TOCKA」という言葉があるのを知って、それには「憂鬱」という意味もあるし、「サウダージ」という故郷を思う意味もあり、出会ったこともないようなものを探し求める魂の探究という解釈もある。自分がやりたいと考えているものの意味を全部持っている言葉ではないかと思いタイトルにしました。また、今、ロシア・ウクライナの紛争中ですが、「TOCKA」は憂鬱だけれど、いつかは戦争が終わってほしいという世界的な気持ちといいますか、そうしたものも結果的に「TOCKA」という言葉には含まれているのではないかと思います。タイトルを決めたのは、紛争が起こる前、2022年の冬でしたけど。  

 

こだわりを貫く

(C)2022 KAMADA FILM

──海に車ごと飛び込むシーンは引きの映像で撮っていて、迫力もありとても印象に残ったのですが、この撮影についてお話いただけますか

 

鎌田:低予算ということもあり、プロデューサーの方々からは北海道撮影をやめるか、車が落ちるのを辞めるか、16ミリフィルムで撮るのをやめるか、兎に角どれか一つやめないと撮れるわけがないとずっと言われていて。そんな中、大森立嗣監督の『坊っちゃん』(2013)などを制作された村岡伸一郎さんと出会って、彼が「みんな出来ない、出来ないっていうなら、俺、むかついたからやりましょうよ、鎌田さん」と言ってくれた。それで車で海に飛び込むシーンも、北海道撮影もやることになったわけですが、そこで何が一番大変だったかというと、海上保安庁に許可を降ろさせてくれる街というのが日本中探してもほぼないんですよ。昔は『西部警察』なんてしょっちゅうやっていたし、石井隆さんの『ヌードの夜』(1993)もそんなシーンがありましたけど、昨今、環境問題の基準が厳しくなっていて油一滴でも落としたら駄目なんだとか。

根室とか石狩などの市役所の方々も皆、「やりましょう」と言ってくださるんだけど、海上保安庁の許可が降りない。最後に残ったのが室蘭という街で、市役所の丸田さんという方がたったひとり、ずっと海上保安庁を説得して闘ってくださって、油の対策もとっていろいろシュミレーションもしてくださってやっと撮れるようになったんです。

海猿』(2004)をバックアップしたダイバーチームに東京でいろいろとお話を伺ったり、海落ちの練習も、東京の運河で役者と一緒にしたんですけど、予算の問題もありそのダイバーチームを北海道に呼ぶわけにもいかない。結局、室蘭でなまこ採りなどをされているダイバーさんに来てもらいました。普段、事故処理などもされているそうなんですが、本当に素晴らしい仕事をしていただきました。  

 

──16ミリのフィルム撮影にこだわられたとういことですが、どういう思いがあったのでしょうか。

 

鎌田:先程、短編を撮ったお話をしましたが、一日撮りで10分くらいの作品で、それも16mmフィルムで撮ったんです。その際、フィルムをワンロール使っただけで済み、ワンロールってコダックで今2万円ほどで買えるんです。一日でそれでいけるということは×6だからたいしたことないなと思い込んでしまったりですね、錯覚してしまったところもあります(笑)

あと、僕は多作ではないので、やっぱりフィルムで撮りたいなというのはありました。普段、テレビの仕事などはデジタルなので後でいくらでも処理出来ますよね。消せるし、顔も変えられるし、色も変えられるし、その世界にちょっとうんざりしていたというのもあって、そういうところから自由になりたかった。フィルムカメラでモニター無しだとファインダーでしか画を見られないし、上がりがどんなふうになっているか分からない。だけど後で操作できないところに立ち戻りたかったんです。積極的に不自由になりたかった、というか。

実際にフィルムで撮ってみると、真っ暗に映っているものでもなにか映っている感じがするんですよ。明るいところを撮っている時でも微妙に見え過ぎず、見えなさ過ぎずという感じで。でも、映画をスクリーンで観る場合、人間の目にはそれらが心地良いのではないかなと思いますね。デジタルで撮っていたら、全然違ったものになっていたと思います。

 

──監督は17年ぶりに劇場映画を撮られたわけですが、今回撮ってみていかがでしたか。

鎌田:今回はテーマが自分には巨大だったということもあり、また、死ぬことを肯定している面があるので怖かったですね。反対意見を言う方ももっといっぱい出てくるかとも思ったんですが。そういう方が発言されてないだけかもしれませんが、ともあれ、「死」について話をする機会が出来たことは本当に有りがたかったです。自分的には気持ちが開放されたところがあります。世代は関係無く色んな方と、国籍問わず語らいたいです。  

 

映画『TOCKA[タスカー]』のあらすじ

(C)2022 KAMADA FILM

谷川章二(金子清文)は、 北海道、オホーツク海沿岸の街でロシア人相手の中古電器店を営んでいたが、自分を殺してくれる人を捜していた。経営に行き詰まり、妻と息子に先立たれ、小学生の娘を老親に預けている彼は、せめて娘に多額の保険金を残して死のうと思っていたのだ。

 

本多早紀(菜葉菜)は、歌手活動をしていたが、売れないまま 40歳近くなり、東京の芸能事務所をやめて、親に内緒で故郷の北海道に戻ってきた。結婚しようと思っていた相手とも彼の浮気が原因で別れ、借金に追われていたが、それが理由というわけではなく、なんとなく生きる意味を失っていた。

 

大久保幸人(佐野弘樹)は、詐欺まがいの廃品回収会社に勤め、その傍ら盗んだ灯油を売り歩いて生計を立てていた。父はおらず女手ひとつで育ててくれた母は、入院中。同居する妹は、行方知らずの男の子供を身籠り妊娠中。先の見えない生活に疲れていた。

 

章二は、自殺サイトで早紀と知り合い、自殺では保険金の額が少ないから、事故に見せかけて殺してくれと彼女に依頼する。彼は、ある理由で妻の遺体を自宅に隠していた。それを知った早紀と妻を埋葬するため深夜の空き地で穴を掘るふたりだったが、廃品を不法投棄しにきた幸人に見つかる。事情を知った幸人は、早紀とふたりで章二の希望をかなえようと計画するのだが…。

(公式HPより https://tocka-movie.com/  

 

映画『TOCKA[タスカー]』の作品情報

(C)2022 KAMADA FILM

2022年製作/119分/G/日本映画

監督:鎌田義孝 脚本 : 加瀬仁美、鎌田義孝  企画:鎌田義孝、井土紀州 脚本協力:中野太 プロデューサー:坂口一直、浅野博貴 協力プロデューサー:村岡伸一郎 撮影:西村博光 撮影助手:末吉真 照明:大和久健 録音:島津未来介 メイク:佐々木ゆう 音響効果:中村佳央 VFX:中村和樹 仕上げ:田巻源太 音楽:斎藤ネコ 助監督:植田中 清水優 メイキング:康宇政 題字:赤松陽構造 制作主任:中村邦子 制作応援:翁長穂花

出演:金子清文、菜葉菜、佐野弘樹 イトウハルヒ、新井田心咲、小林なるみ、清水祐貴子、竹江維子、菊地唯、秋山小百合、猿子香澄、片桐茂貴、山崎大昇、石川裕一、小林敏和、内藤正記、田中飄、山野久治、松浦祐也、川瀬陽太足立正生