あの熱狂の裏にあった、もう一つの青春
1960 年代に熱狂的なファン“ビートルマニア”を生み出したビートルズに続き、1970 年代に一世を風靡し、“ローラーマニア”を生み出したのは、スコットランド出身のポップロックバンドである、ベイ・シティ・ローラーズだった!
ふくらはぎ丈のタータンチェックのズボンにタータンチェックのスカーフで、“タータン旋風”を巻き起こした彼らは、全世界で 3 億枚近いレコードを売り上げ、BBC に「ビートルズ、ローリング・ストーンズ以来のビッグなバンド」と評された。
本作、『ベイ・シティ・ローラーズ ウッディ・ウッドが語る真実』は、1974 年 2 月に加入し、「クラシック・ファイブ」と呼ばれた 5 人のうちの一人であるスチュアート・ウッディ・ウッドが社内プロデューサーを務めるThe Music Kitchen によって製作された、本人お墨付きのドキュメンタリー。

電子技師の見習いだったウッディが弱冠 17 歳でローラーズに加入し、あっという間にチャート入りした絶頂期から、78 年頃からバンドが崩壊し始め、81 年に一度脱退してから 10 年イギリスを離れるなど、自分探しを続け、紆余曲折の末、プロデューサーとして EMI、ソニー、BMG からヒットアルバムをリリースし、自らのレーベル The Music Kitchen を作るまでの軌跡を、本人のインタビューを中心に描く。
本作は、ファンの絵からインスパイアされたというタータンチェックの衣装がユニフォームになるまでの経緯、スタジアム公演は断って最大 3000 席の会場にこだわって公演する戦略など、令和になった現在でも宣伝の参考になるエピソードが盛りだくさん。
家まで押しかけるファンに母親が精神崩壊寸前になったり、ファンの多さにリムジンの運転手が泣きべそをかいたり、恋人の飲み物に毒が入れられたなどのエピソードからは、"推し活"市場が更に拡大している今、ファンのマナーの大切さを改めて考えさせられる。
貴重な未公開 8 mmフィルムも収録している他、音楽業界の契約問題や印税トラブルなど、華やかな歴史の“影”に踏み込んだ内容に加え、メンバーのレスリー・マッコーエンとの確執や、ハリウッド女優との一夜の事件について、本人の口から語られる点も興味深い。
この度、2026年 9 月 25 日(金)よりキノシネマ新宿、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほかにて全国順次公開されることが決定し、ポスタービジュアルが届いた。
『ベイ・シティ・ローラーズ ウッディ・ウッドが語る真実』あらすじ
集団ヒステリーで観客が次々と気絶し、コンサートがたびたび中止となった、1970 年代を代表するポップロックバンド、ベイ・シティ・ローラーズ。
絶頂期にはライブ、空港、ホテルの往復の日々だったが、78 年頃からバンドが崩壊し始める。メンバーのスチュアート・ウッディ・ウッドは、81 年に一度脱退。再結成ツアーに参加したりしながらも、ロサンゼルス、南アフリカに移住してバンドを組むなど、自らの道を模索。
30 代に入り、89 年にスコットランドに戻ると、後に妻となるデニースと出会う。90 年代初めに、みすぼらしい車から出るところを写真に撮られ、自分に我慢ならなくなり、過去に生きるのに疲れていた彼は、イギリス初の音楽ビジネス講座を開いていたゴードン・キャンベルと意気投合。
「ケルティック・スピリット」名義でケルトのアンビエント・ミュージックをプロデュースするようになり、アルバム"Scottish Moods"はゴールドディスク、"The Lone Piper"はプラチナディスクに認定され、ビルボード・ワールド・チャート 8 位に入るなど、以降、本人が「一流リーグに戻った」と納得する活躍を続けている。
『ベイ・シティ・ローラーズ ウッディ・ウッドが語る真実』作品情報
監督:パコ・ヒーローズ
出演:スチュアート・ウッディ・ウッド、アラン・ロングミュアー(アーカイブ)、デレク・ロングミュアー(アーカイブ)、エリック・フォークナー(アーカイブ)、レスリー・マッコーエン(アーカイブ)、タム・ペイトン(アーカイブ)
2007 年 / イギリス / 67 分 / カラー / 英語 / 原題" Rollercoaster: The Story of Bay City Roller Stuart 'Woody'Wood" / 字幕監修:山本さゆり / 配給:NEGA