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台湾映画『霧のごとく(大濛)』解説/深い霧の向こうに、生きた証を刻む「二つの雫」の記録【金馬奨4冠】

チェン・ユーシュン(陳玉勳)監督による映画『霧のごとく』(原題:大濛 / A Foggy Tale)は、134分の時間をかけて、観客を1950年代の白色テロ時代の台北という暗く湿った霧の中へと誘い込む。

だが、その霧の向こう側に見えるのは、人間が本来持っている「情」と「強さ」だ。一人の少女と一人の青年の邂逅を通じて、国家という巨大な暴力装置に翻弄される庶民の姿と、絶望の淵で見出されるかすかな希望が描かれている。

 

本作は、台湾映画界の最高峰とされる第62回金馬奨において、最優秀作品賞、最優秀脚本賞、最優秀美術賞、最優秀衣装デザイン賞の4冠に輝き、台湾国内でも興行収入5億台湾ドルを突破するという、歴史映画としては異例の成功を収めた。

 

これまで『熱帯魚』や『1秒先の彼女』といった作品で、ユーモアに満ちた独自の人間ドラマを発表してきたチェン監督が、歴史物に挑んだ本作は、歴史の深淵を照らす「霧」の物語であり、政治的告発映画の枠組みを超え、時代を超越した「人間賛歌」に仕上がっている。

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目次

 

映画『霧のごとく』作品基本情報

項目 内容
原題 大濛(A Foggy Tale)
監督・脚本 チェン・ユーシュン(陳玉勳)
出演 ケイトリン・ファン(方郁婷)、ウィル・オー(柯煒林)、9m88(ジョウエムバーバー)、リウ・グァンティン(劉冠廷)、ツェン・ジンホア(曾敬驊)
上映時間 134分
配信プラットフォーム 2026年5月27日よりNetflixにて配信
主な受賞歴 第62回金馬奨:最優秀作品賞、最優秀脚本賞、最優秀美術賞、最優秀衣装デザイン賞
製作年 2025年(台湾)

 

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映画『霧のごとく』あらすじ

台湾映画 「霧のごとく」 ポスタービジュアル

(C)2025 Mandarin Vision Co,, Ltd. All Rights Reserved.

1950年代、戒厳令下の台湾。反共の名のもとに多くの市民が弾圧された「白色テロ」の時代。

 

嘉義のサトウキビ畑に身を隠していた兄が警察に連行され、台北で処刑されたことを知った13歳の少女・阿月(アグエー)。叔父夫婦は、政府から遺体引き取りの条件として提示された多額の「手数料」を払えず、引き取りを諦めようとしていた。

 

阿月はなけなしの金と兄の形見の腕時計を手に、一人列車に乗って台北へと向かう。そこで彼女が出会ったのは、大陸から渡り、孤独の中で人力車(輪タク)を引いて生きる青年・趙公道(ザオ・ゴンダオ)だった。

 

言葉も出自も異なる二人は、国家の不条理に翻弄されながらも、兄の遺体を取り戻すために奔走する。深い「霧」に包まれたような暗黒の時代の中、二つの孤独な魂が混じり合い、深い絆が生まれるが・・・。

 

映画『霧のごとく』評価と解説

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白色テロの時代とは

1949年に布告された戒厳令により、台湾は世界最長級の軍事独裁下におかれた。この時期、国民党政権は反共の名目のもと、共産主義者と見なされた人々だけでなく、知識人、学生、労働者、そして政権に批判的な声を上げた一般市民までもが「匪諜(スパイ)」として捕らえられ、投獄・処刑される恐怖政治を展開した。

 

本作の原題である『大濛(タアモン)』は、「深い霧」の意。視界不良な社会全体の閉塞感と、権力の暴力によってかき消された真実、そして時代に翻弄され世界に取り残された人々のやるせなさを象徴したタイトルだ。

 

映画は、台湾中部・嘉義の広大なサトウキビ畑に13歳の少女、阿月(アグエー)がやってくるところから始まる。彼女はここに身を潜めている兄に食事を運んで来たのだ。阿月と兄は和やかに会話を交わすが、その親密な時間は長くは続かない。サトウキビ畑というごくありふれた場所にまで警察が踏み込んで来る演出は、当時の台湾において「安全な場所」などどこにもないという現実を私たちに強く印象付ける。

 

徹底した搾取の構造

本作において最も時代の不条理を感じさせるのが、処刑された家族の遺体を引き取るために要求される「手数料」だ。阿月の兄は反政府分子として台北で処刑されるが、政府は遺体を返す条件として、家族に高額な現金を要求する。国家が国民の命を奪うだけでなく、その「死」すらも搾取の対象としているのだ。

 

阿月の両親は既に亡くなっており、叔父夫婦はとてもそんな大金は払えないという。引き取りに行かなければ、遺体は勝手に処分されてしまう。引き取りを巡るこの一連のやり取りは、国家の暴力が直接的な銃殺刑にとどまらず、残された家族の生活も圧迫し、二重、三重に尊厳を踏みにじっていく過程を容赦なく描いている。

実際、物語の大部分は、嘉義から台北へひとりでやって来た阿月が偶然出会った趙公道(ザオ・ゴンダオ)と共に、この高額な手数料を工面しようと奔走することに費やされている。

 

交差する孤独と連帯

ケイトリン・ファン(方郁婷)が演じる阿月の「一点の曇りもない眼差し」は、当時の台北の猥雑さと残酷さを逆説的に浮かび上がらせる。

『アメリカから来た少女』で見せた繊細な演技をさらに進化させたファンは、13歳の少女が背負うにはあまりにも重い苦難を、自然体な佇まいで表現した。

彼女は兄の形見の時計を手に、自らの意思で嘉義から台北へと列車に飛び乗った強い主体性を持つキャラクターとして描かれている。その純粋さと無垢さゆえに、狡猾な大人たちに騙されるという危うさを孕んでいるが、彼女の瞳に宿る「意思の強さ」を通して、私たち観客はこの世界の理不尽さを再確認することになる 。

 

ウィル・オー(柯煒林)が演じる趙公道もまた、時代の犠牲者だ。彼は中国広東出身の元国民党軍兵士で、共産党との内戦に敗れ、再起を期して台湾へ渡ったものの、故郷へ帰る術を失い、現在は台北で人力車(輪タク)を引いて日銭を稼いで暮らしている。

彼の名は中国語で「正義(公道)」と同じ音を持つ。一見、粗野で荒々しく見えるが、内に優しさを秘めており、偶然、阿月を輪タクに乗せたことから、あくどい人身売買者の手に落ちかけていた阿月を救い出し、彼女の面倒を見始める。

趙公道と阿月の関係性は、当時の台湾社会に根深く存在した本省人(台湾出身者)と外省人の対立という政治的構図を超え、二人の率直さと純粋さによって同じ「時代の遺棄者」として共鳴し合い、趙公道は月にとって兄のような存在になる。ウィル・オーは、行き場を失った青年の苛立ちと、その裏側に隠された不器用な優しさを力強く演じきった。

 

阿月の兄がノートに書き記した「二つの雫」の物語は、様々なメタファーを含んでいるが、阿月と趙公道の関係と重ねることもできる。空から降る一つの雫は、地面に落ちればすぐに消えてしまう、極めて脆い存在だ。これは白色テロという巨大な暴力の前に、なす術なく消されていく個人の命の脆さを指している。しかし、二つの雫が並んで落ち、混じり合うことで、それは大地を潤す流れとなり、やがて大河へと繋がる。阿月と趙公道という、本来交わるはずのなかった二人が手を取り合う姿は、まさにこの「混じり合う雫」そのものである。

 

時代や人々の息づかいを捉える視点

撮影監督チェン・チウェンによるカメラワークは、1950年代の台北の喧騒と湿度を、観客がその場にいるかのような臨場感で捉えている。阿月を主体にする際は、カメラは常に阿月の目線の高さに寄り添い、彼女の瞳に映る「現実」を克明に記録する。そのことによりマクロな政治状況よりも、個人が経験する血の通った体験が画面からダイレクトに伝わってくる。

 

一方、大胆に素早く動く趙公道を主体にした際は、カメラは彼のスピードにピタっと合わせてその後ろ姿を追い、あるいは向こうからやってくる彼を後退移動で捉え、闊達でアグレッシブな彼の行動を鮮やかに描き出している。

 

また、1953年の台北を再現したセットは、一見すると「セットっぽさ」を感じさせる部分もあるが、次第にそんなことは気にならなくなり、むしろ、その場に立ち込める埃や街の喧噪までがリアルに感じられ始める。第62回金馬奨で最優秀美術賞と最優秀衣装デザイン賞を受賞した事実は、本作のヴィジュアルが単なる再現を超えた白色テロ時代の人々の息づかいを描出していたことの証といえるだろう。

 

チェン・ユーシュン監督の新境地

チェン・ユーシュン監督は、もともと「人間のおかしみ」を巧みにすくい取る喜劇の名手として知られている。本作においても、白色テロという極めて重厚な題材を扱いながら、監督特有のユーモアが物語の随所に散りばめられている。

 

趙公道の粗野な言動や、阿月の世間知らずな振る舞いから生じるコミカルなやり取りは、過酷な物語にある種の「救い」を与えている。チェン監督は「人はどんなに辛い状況にあっても、滑稽でおもしろおかしい側面を持っている」という人間観を持っており、その両面を描くことで、犠牲となった人々の「生」の輝きを際立たせようとしている。

 

チェン監督は、これまで白色テロを映画にするとは考えていなかったという。しかし、自身の両親と過ごす時間が増え、彼らの昔話を聞くうちに、当時の衝撃的な事実に直面し、制作を決意した。

1980年代後半の戒厳令解除後、ホウ・シャオシェンらが切り拓いた歴史映画の系譜を踏まえながら、チェン監督が選択したのは徹底して庶民の感情に寄り添うことだった。そうすることによって、チェン監督は、歴史を過去のものとして提示するのではなく、その過去の暗部を、現代に生きる私たちが受け取るべき「遺言」として語り継ごうと試みたのだ。

 

兄の腕時計が意味するもの

※ここからは、映画の結末や重要なシーンに触れています。

阿月が兄から託された腕時計は、ただの形見を超えた、精神的支柱として機能している。兄は警察から逃れる潜伏生活の中で阿月に語る。「辛くて耐えられないときは針を速めてごらん。5年後、10年後を思い描けば、こんなのなんてことないだろ」と。この言葉は、過酷な現在を生き抜くために、未来という「希望」を仮想的に先取りする、極めて切実な生存戦略だ。

針を回すという物理的な行為は、自分がいつか自由な空の下で、平穏に生きているという希望を持ち続けるための「祈り」でもある。この時計は、物語のはじまりから、50年後の現代へと繋がる壮大な時間の継続性を観客に印象づけ、物語の結びにも姿を現し、しみじみとした思いを誘う。

 

現代の民主的な台湾は、阿月が未来を想像し、時計の針を回したその延長線上に存在している。私たちが今日、享受している「自由」や「民主主義」は、決して天から降ってきたものではなく、霧の中を彷徨い、互いに手を取り合って生き抜いた人々から受け継いだ「重いバトン」なのだ。

 

ラストシーン。今では娘と孫を持つ阿月と病院の待合室で偶然再会した趙公道は、阿月が診察してもらっている最中、自身がはめていた腕時計をはずし、阿月に渡してほしいと看護師に手渡す。腕時計はあの時、古物商に売ってしまったものとは別物だが、似たものを捜したと伝えてほしいと告げ、彼はゆっくりと歩き始める。

 

カメラは病院のエレベーターを降りて行く彼を真横に捉え、立ち去って行く彼の姿を見つめているが、もう、過去のように彼の背中にぴったり張り付いて、追いかけて行くことはない。それが猛烈に寂しく感じられたのだが、彼の姿が見えなくなったと思った瞬間、「出発!」という彼のお馴染みの掛け声が響き渡る。

 

映画の序盤では売店の女性に「騒々しいわね」と毒づかれていたこの言葉だが、この言葉もまた、阿月が時計の針を回して未来に希望を見出そうとしたように、趙公道にとって、自身を奮い立たせ、より良い場所に到達しようと願った希望の言葉であったことに改めて気づかされるのだ。

 

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