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【NHKBS放映】映画『フォードVSフェラーリ』あらすじと評価/巨大企業の論理を超越する「表現者たち」の挑戦

映画『フォードVSフェラーリ』レビュー。企業の論理と個人の情熱、ビジネスとアートの衝突、極限スピードのリアリズムを通して、本作の美学を読み解く。

 

1966年のル・マン24時間耐久レースで絶対王者フェラーリに挑んだフォードの男たちを描いたジェームズ・マンゴールド監督作品『フォードVSフェラーリ』(2019)は、単なるカーレース映画ではなく、企業の論理(ビジネス)と個人の情熱(アート)の衝突を描いた深い人間ドラマだ。

 

本稿では圧倒的な没入感を生むレースシーンの撮影手法や、組織の壁に挑む男たちの生き様にも言及し、本作の魅力を深堀りしていく。

 

映画『フォードVSフェラーリ』は2026年1月19日(月)にNHKBSプレミアムシネマにて放映(午後1:00~午後3:34)。

 

目次

 

映画『フォードVSフェラーリ』作品基本情報

『フォードVSフェラーリ』映画 ポスター

(C)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

邦題:フォードVSフェラーリ

原題: Ford v Ferrari

ジャンル:スポーツ・人間ドラマ

監督:ジェームズ・マンゴールド(『名もなき者/A COMPLETE UNKNOW』)

脚本: ジェズ・バターワース、ジョン=ヘンリー・バターワース ジェイソン・ケラー

撮影: フェドン・パパマイケル

製作国:アメリカ

製作年:2019年

上映時間:153分

配信プラットフォーム:Amazonプライムビデオ(レンタル)、ディズニープラス、Apple TV他

キャスト: マット・デイモン、クリスチャン・ベール。ジジョン・バーンサル、カトリーナ・バルフ、チレイシー・レッツ、ジョシュ・ルーカス、ノア・ジュプ、レモ・ジローネ

:第92回アカデミー賞にて編集賞と音響編集賞の2部門を受賞

 

映画『フォードVSフェラーリ』あらすじ

『フォード

(C)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

1960年代初頭、フォード社は危機に瀕していた。大量生産で一斉を風靡した業界のリーダーとしてのかつての面影はなく、ヘンリー・フォード2世 (トレイシー・レッツ) はマーケティング部門に良いアイデアを出すよう圧力をかけていた。

 

マーケティング担当役員のリー・アイアコッカ (ジョン・バーンサル) は、社長を前に緊張しながらも、今のフォードには魅力がない、ベビーブーマー世代にはスポーツカーが人気だという持論を披露し、世界のレースシーンで競争できる車を作る必要があると訴えた。

 

フォードは早速、フェラーリを買収すべく、創業者エンツォ・フェラーリ(レモ・ジローネ) との交渉に向かうが、ひどい侮辱を受けた上に、買収に失敗してしまう。

 

アイアコッカから、正確な情報を伝え聞いたフォード2世は激怒し、ル・マン24時間レースでフェラーリと競合できる新しいスポーツカーを開発せよと命じる。

 

アイアコッカは、優勝できる車を作りフェラーリに打ち勝つという野心的なプログラムのチーフエンジニアとして、自動車デザイナーで販売業に従事しているキャロル・シェルビー(マット・デイモン)を迎え入れることにした。シェルビーは過酷なル・マン24時間レースで優勝した唯一のアメリカ人で、心臓病のため現役を引退せざるを得なかった元レーサーだ。

 

優れた車を作るためには優秀なドライバーが必要だ。シェルビーは無作法だが生粋のレーサーであるケン・マイルズ(クリスチャン・ベール)をチームの顔に据えたいと考えるが、レオ・ビーブ(ジョシュ・ルーカス)をはじめとするフォードのトップ幹部はこれに猛烈に反対する。マイルズはフォードの社風に適さないというのだ。

 

シェルビーとマイルズも最初からうまく行っていたわけではなく、たびたび衝突し、取っ組み合いの喧嘩になったこともある。だが、二人は次第に打ち解け、信頼し合い、極めて短期間でエンツォ・フェラーリのレーシング王朝を打ち破るという難題に、フォード社内からの息苦しい干渉と闘いながら挑戦していく。

 


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映画『フォードVSフェラーリ』感想と評価

ネタバレしています。ご注意ください

挑戦の裏側で何が起こっていたのか

フォードVSフェラーリ 映画 画像

(C)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

ジェームズ・マンゴールド監督の『フォードvsフェラーリ』は、単にアメリカの巨大資本がレーストラックでイタリアの名門を打ち負かした過程を描いた作品ではない。この映画は、成功の裏で人々がどのように協力し合い、あるいは対立し合ったかに焦点をあてている。

 

タイトルの「フォードvsフェラーリ」という構図に誤りはないが、劇中を支配しているのは、むしろ「フォードvsフォード」とも言うべき内紛のドラマだ。

一枚岩になるまでのキャロル・シェルビーとケン・マイルズの荒々しい一連の衝突もそのひとつだろう。だが、子どものように道端で取っ組み合いまでしたふたりは、徐々にエゴを捨て去り、協力しあってフォードGTO(GT40)を作り上げ、ル・マン24時間レースで圧倒的な強さを誇る絶対王者のフェラーリに果敢に挑んでいく。

 

真に二人の前に立ちはだかる「悪役」は、フェラーリではなくフォード社内にいた。ジョシュ・ルーカス演じるトップ幹部、レオ・ビーブだ。 ル・マン優勝者という確かな実績を持つシェルビーがマイルズの才能を信じているにもかかわらず、ビーブは「フォードの社風に合わない」という偏狭な理由で、徹底的にマイルズを排除しようとする。その執拗な妨害は、観る者の怒りを誘うほどだ。

だが、こうした「組織の論理」を優先し、個人の才能を潰そうとする人物は、現代のどんな企業にも存在している。

 

フォードのような大企業のもとで働く個人が優秀な成績を上げた場合、大企業が出す潤沢な支援によって、その個人が成功したかのようにとらえられがちだが、実際のところ、業界の発展において大きな進歩を遂げるのは個人(あるいはそのチーム)の力であることが多い。いくら、企業が資金を積んでも個人に能力がなければ何も成し遂げられないといってもいい。

 

さらに言えば、マシーンを作りあげ、それを乗りこなすシェルビーとマイルズは、いわば「アスリート」であり、「アーティスト(表現者)」だ。

対する企業側は、ブランドイメージや販売数という「目に見える数字」に執着し、従来の殻を破ることに躊躇する。古い体質や既得権益が、クリエイティブな進化の芽を摘んでしまうのだ。 本作は、この「アートとビジネスの衝突」を正面から描くことで、レース業界を超えた社会の縮図を鮮やかに映し出している。

 

だが、この映画はそこに留まらない。「情熱を生きること」が最高の勝利であるとばかりに、様々な軋轢を乗り越え、明確なビジョンのもと、一切の妥協を許さず挑戦し続けるシェルビーとマイルズのチームの姿が鮮やかに描かれていくのだ。

 

なにしろ、通常のことをやっていては勝てない。情熱と経験を注ぎ込み、当時のレースの限界を突破しようとするゆるぎない信念が大きな感動を呼ぶのである。

 

ここで象徴的に響くのが、劇中で繰り返されるあの言葉だ。

 

「7,000回転に達すると、他のすべてが消え去り、自分が何者なのかが分かる」。

 

彼らが見つめているのは、生死の境界線上にある純粋な自己の証明なのだ。この純粋すぎる精神性が、組織の論理というノイズと衝突し、火花を散らすのだ。

 

そして、この人間ドラマの熱量をそのままに、観客を時速300キロを超える極限の世界へと引きずり込むのが、圧倒的なリアリズムで描かれるレースシーンだ。

 

五感を揺さぶるリアリズム/なぜこのレースシーンは「本物」なのか

フォードVSフェラーリ 映画 画像

(C)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

撮影監督のフェドン・パパマイケルは、カメラをドライバーの目線の高さに据え、長回しを多用することで、観客を単なる「目撃者」から「同乗者」へと変貌させた。

そこには、CGを多用したレーシングゲームのような軽々しさはない。実写の質感を追求した映像は、デジタル処理を一切意識させないほどの没入感を生み出し、真実のスピードが持つ驚異と恐怖を観客に突きつける。

 

音響設計(サウンドデザイン)も実に素晴らしい。長く魅惑的なサーキットを駆け抜けるエンジンの轟音は、劇場の空気を震わせ、観客は走る車の振動を肌で感じ取ることができる。

さらに、運転席のシーンでは、回転計がレッドラインを指す中でドライバーの一瞬の判断が描かれる。フロントガラス越しに見えるレーストラックの悲惨な事故や危険と隣り合わせの状況は、無事で生きていること自体が奇跡であるかのような思いを抱かせ、恐怖さえ覚えさせる。

 

物語の終盤、映画は天才レーサー、ケン・マイルズが辿った悲劇を描く。父の事故をただ立ち尽くしてみるしかできない息子の姿が胸に突き刺さる。事故から何か月かが過ぎても立ち直れないシェルビーの姿も痛ましい。

 

だが、この喪失は単なる不運や悲劇として消費されるものではない。命の危険と隣り合わせの極限領域に身を置き、「自分が何者であるか」を確かめ続けた彼らの生き方そのものが、必然的に孕んでいた代償でもあるのだ。

 

彼らは当時のレースの限界を突破しようと試み、妥協なき挑戦を続けた。「情熱を生きること」こそが最高の勝利であると言わんばかりのシェルビーとマイルズの生きざまと揺るぎない信念が刻まれた本作は、スポーツ映画という枠組みを超え、プロフェッショナルを貫こうとするすべての人々への賛歌となっている。

 


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