ベルギーの新鋭ローラ・ワンデル監督の長編映画デビュー作『Playground/校庭』は、冒頭から見る者を釘付けにし、激しく心を揺さぶる72分の作品だ。
カメラを終始子供の背丈と同じ高さに設置し、大人にはうかがい知れない子供の世界、無邪気さや純真さが徐々に蝕まれていく光景を繊細なタッチでとらえている。
第74回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され、国際批評家連盟賞を受賞。ロンドン映画祭では新人監督賞に輝き、第94回米アカデミー賞国際長編映画賞のショートリストにも選出されるなど、世界中で高く評価された。
目次
映画『Playground/校庭』作品情報
2021年製作/72分/ベルギー映画/原題:Un monde
監督・脚本:ローラ・ワンデル 製作:ステファン・ロエスト 撮影:フレデリック・ノワロム 美術:フィリップ・ペルタン 編集:ニコラス・ランブル 音楽:トーマス・グリム=ランズバーグ
出演:マヤ・バンダービーク、ガンター・デュレ、カリム・ルクルー、ローラ・ファーリンデン
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映画『Playground/校庭』あらすじ
小学校に入学したばかりのノラは、まだ友だちもなく、授業中も休み時間も緊張でいっぱいの日々を過ごしていた。そんなノラも次第に学校生活に慣れ、ふたりの女の子と仲良しになる。こわばっていた表情も柔らかいものに変わっていった。
ところが、ある日、3つ年上の兄アベルが複数の子供たちにイジメられている現場を目撃する。兄が大好きなノラは助けたいと願うが、アベルは「お父さんには絶対言うな」とノラにきつく諭す。
その後もイジメは繰り返され、ノラはたまらず父親にそのことを告げた。父は、いじめっ子たちを叱りつけるが、そのせいで却っていじめはひどくなってしまう。
ノラは黙っているほうが兄のためだと思い、知らぬふりをするが、それでいじめがなくなるわけではない。兄はトイレで水浸しにされたり、ゴミ箱に入れられたりして、まわりの子供たちから臭いとからかわれる。ノラは兄を愛していながら恥ずかしい気分になり、そのことで罪悪感を抱く。
あまりにひどい有様に、いじめの実態が学校にも知れ渡ることになり、親たちが呼びつけられ、いじめっこたちはアベルに謝罪した。これで一安心と思われたが、今度はアベルがいじめをしているのをノラは目撃してしまう・・・。
映画『Playground/校庭』感想とネタバレ解説
初めて学校に登校した7歳の少女ノラは泣きながら兄にしがみついていた。先生に促されて一度は校舎に向かおうとするが、今度は父親の方に戻ってしまう。促されるのとは別の方へ行こうとするこの少女の動きは、全編に渡って何度も繰り返される。
この光景自体は世界中、どこの学校の入学式でも見られるものだろう。見知らぬ環境、見知らぬ人々の中でノラは混乱している。兄だけが心の支えだが、学年が違うと一緒にはいられない。やがてノラにも仲の良い友だちが出来、学校という社会に少しずつ溶け込んでいく様子が綴られる。昼食時、パンをちぎってこれは何を模ったものかとクイズを出し合う子供たちは無邪気で愛らしい。
だが、休み時間、ノラは兄のアベルが数人の少年からいじめられているのを目撃する。ノラはアベルがなぜやり返さないのか、父になぜ話さないのか、なぜノラにも口止めをするのかが、わからない。ノラが父に事実を告げ、父がいじめっこたちを叱るとアベルへのいじめは悪化する。ノラはいじめがひどくならないよう見て見ぬふりをしようとするが、罪悪感が募り、自身の友人関係にも亀裂が入り始める。
手持ちカメラは常に子供の目線の高さで長回しで学校生活をとらえており、わたしたちは、ノラの感情と一体化したかのように学校での不安な時間を過ごし、ノラに突き付けられる悪夢を体験する。
担任の女性教師は気配りのできる優しい先生だが、途中で学校を辞めることになり、新しく来た教師はノラを厄介者扱いする。父親も含め、大人たちも懸命に対処しているようだが、校内を見回る教師の数は圧倒的に足りておらず、保護者を含めた話し合いも型通りのもので、根本的な解決とはほど遠い。
アベルは自身の身を護るために、いじめに加担する。ノラはそれを必死に止めようとする。学校は戦場であるという概念は、もう長い間、人々の間で共有されてきたように思うが、このまだ幼い兄妹が体験しているのは地獄としかいえない世界だ。
映画はノラとアベルの抱擁で始まり、ふたりの抱擁で終わる。最初の抱擁にはまだ希望があったが、最後の抱擁でのふたりは震えるだけだ。最初の抱擁ではアベルがノラを抱きしめているが、ラストの抱擁ではノラが必死でアベルを抱きかかえている。
この間、ノラは自分の世界を護るために兄を裏切ろうとし、専業主夫である父を恥ずかしいと感じることもあった。幼い子供ほど、それほど悪意もなく残酷な言葉を投げつけてくる者はいない。投げかけられた子供は、自分を傷つけず対処する方法をまだ知らない。思春期前を生きる子供たちの感情の揺らぎや痛みが画面から生々しく伝わって来る。
そんな経験の最中にあって途方に暮れたように抱擁する兄妹。ふたりの間に宿るぬくもりだけがこの映画の唯一の救いである。