大学教授ポール・マシューズはごく普通の生活を送っていたが、なぜか突然多くの人々の夢に彼が現れるという現象が起こる。マスコミにも取り上げられポールは一躍人気ものになるが、ある日を境に事態は急変。ポールは瞬く間に皆の嫌われ者に・・・。
映画『ドリーム・シナリオ』は、北欧の異才クリストファー・ボルグリが脚本、監督、編集を務めた奇想天外なホラー・コメディだ。『ミッドサマー』のアリ・アスターが製作に名を連ね、A24が製作・北米配給を担当している。
主人公のポールをニコラス・ケイジがなんとも味わい深く演じている他、ポールの妻役に『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』のジュリアンヌ・ニコルソン、ベンチャービジネスのリーダー役に『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』のマイケル・セラが扮している。
※当メディアはアフィリエイトプログラム(Amazonアソシエイト含む)を利用し適格販売により収入を得ています。
目次
映画『ドリーム・シナリオ』作品情報
2023年製作/102分/G/アメリカ映画/原題:Dream Scenario
監督・脚本・編集:クリストファー・ボルグリ 製作:ラース・クヌードセン、アリ・アスター、タイラー・カンペローネ、ジェイコブ・ジャフク、ニコラス・ケイジ 撮影:ベンジャミン・ローブ 美術:ゾーシャ・マッケンジー 衣装:ナタリー・ブロンフマン 音楽:オーウェン・パレット アメリカ配給:A24
出演:ニコラス・ケイジ、ジュリアンヌ・ニコルソン、リリー・バード、ジェシカ・クレメント、マイケル・セラ、ティム・メドウス、ディラン・ゲルラ、ディラン・ベイカー
映画『ドリーム・シナリオ』あらすじ
生物学教授で終身在職権を持つポール・マシューズは、妻ジャネット(ジュリアン・ニコルソン)と2人の娘と共に平凡な日々を送っていた。
彼は進化生物学の本を出版したいと常々考えているのだが、学生時代からの知り合いの教授が同じテーマで有名科学雑誌に論文を発表すると聞き、気が気でない。
教授を呼び出して昔はこのテーマに興味を示していなかったじゃないかと責めても、彼女は人間の興味は変わるものよ、と一向に悪びれる様子もない。複雑な感情を覚えつつも正直なところ、ポールはまだ原稿を書きだしてすらいない状態だった。
ところがひょんなことから、ポールに急に注目が集まり始める。不思議なことに彼が生徒たちや知人の夢に登場するようになったのだ。 夢の中でのポールはただそこにいるだけで一大事が起こっていても何もしないという。
知人がこのことをコラムで書いたためにポールはマスコミからも注目されるようになった。テレビに出演して一躍時の人となり、これまで彼になんの関心も示していなかった学生たちからも一目置かれるようになった。
ある広告代理店に呼び出されたポールは、てっきり自分の本を出せるチャンスと思っていたのに、彼らの要求がまったく違うことにうんざりしていた。しかし、調子のいい彼らはオバマ元大統領とも対談できるかもしれないと言い出し、それなら、それがきっかけで本が出せるかもしれないとポールは真に受け機嫌を直す。
ホテルに戻ろうとする彼にメンバーのうちのひとりである若い女性がお酒を付き合いますよと声をかけて来た。
彼女は彼が自分の夢に出て来たと言い、それを再現したいから家に来てくれと言う。躊躇しながらも断り切れず、彼女の部屋に案内されるが、彼女の観た夢はエロチックな内容で、これまでの何もしないポールとは違っていたと聞かされ、彼は興味を持つ。
しかし彼女に誘惑された際、彼はとんでもない醜態を見せてしまい、部屋を飛び出すはめに。ホテルにたどりつくが羞恥心にさいなまれ眠るに眠れない。
そのことがきっかけで、事態は大きく変化していくことに・・・。
映画『ドリーム・シナリオ』感想と解説
映画『ドリーム・シナリオ』の設定の奇想天外さは、スパイク・ジョーンズやチャーリー・カウフマンの一連の作品を彷彿させる実にユニークなものだ。
ニコラス・ケイジが演じるのは、ポール・マシューズというごく平凡な進化生物学の教授。このところ、娘の夢に彼が何度も出て来るらしく、怖いことが起こっても何もしないで傍にいるだけだという。笑って話を聞いていたポールだったが、どうも周りの人々の反応がおかしい。聞けば、教え子や友人の妻たち、そして彼の知らない不特定多数の人々の夢の中にも彼が現れているらしいのだ。ただいるだけで何もしないというところも共通している。
知人のひとりが新聞にそのことをエッセイとして発表したことで彼は一躍人気者になる。教え子たちは「バズった」ことを賞賛し、ポールは「ミーム」として人々から歓迎されることに・・・。
劇中、登場する夢は大概「悪夢」で、その演出は極めてシャープだ。例えば、映画の冒頭、プールサイドのテーブルの横に座っている少女にカメラがじわじわと近づいていくと、いきなりテーブルのガラスが粉々に砕け、間髪入れずに上空から何かが落ちて来てプールの飛沫が激しく上がる。その間、少女は「パパ、パパ」と必死で叫んでいるのだが、パパと呼ばれた男(ポール=ニコラス・ケイジ)は大丈夫だよと能天気な台詞を繰り返すだけだ。少女は恐る恐る上空を見上げ・・・という展開は実に不穏でショッキングなものだ。
また、大学の教え子がみた夢は、彼自身が何者かに襲われ血を流し、絶対絶命の状態にある(その横でポールは何もしない)。
日常ののほほんとした空気と、こうした悪夢の世界との落差が本作の魅力のひとつなのだが、やがて、事態は急変し、のほほんとした日常がまさに「悪夢」のようになっていく。
監督・脚本・編集を務めたクリストファー・ボルグリはノルウェーの作家で、『シック・オブ・マイセルフ』(2022)が記憶に新しい。アーティストである恋人が成功したことに激しい嫉妬を覚えた女性が、彼の気を引くために違法薬物に手を出し、薬の副作用で入院。狙い通り恋人の関心を得ることに成功するが、彼女の行動は次第にエスカレートしていき・・・というまさに「承認要求」をテーマにしたシニカルなホラー・コメディだった。
『ドリーム・シナリオ』のポールもまた、「ミーム」として有名になったことに妙にはしゃぎ、嬉々としてテレビ出演をするなど、注目を浴びたことが嬉しくてしょうがない。
彼の場合、このことがきっかけとなって念願の学術書を出版できるのではないかという欲望が生まれるのだが、実際のところ、彼はまだ論文を書きさえしていない。
そんな彼がある女性に誘惑されるのだが、ここで彼はとんでもない醜態を見せてしまう。かつてこれほど滑稽でいたたまれないものを観たことがあっただろうかと思えるほど、ニコラス・ケイジは絶妙で完璧な演技を見せている。
この出来事のせいなのか、夢の中の彼の人格が変化してしまい、やがて彼の日常生活そのものが「悪夢」と化していく。有頂天から奈落へ。本作は「名声」と「キャンセルカルチャー」の実態を鮮やかに表現して見せる。
あまりの辛さに謝罪と弁解の動画を上げるとさらに人々の反感を買うというのもSNS時代の今を痛烈に皮肉った展開だ(荒れている時は沈黙し、嵐が過ぎ去るのを待て、なんてもっともらしく忠告したくなる人もいるだろう)。夢の中に入り、商売をしようと企む若者たちの登場も、なんでもかんでも金儲けのツールにしてしまう今の時代を映しているといえよう。
とはいえ、本作がいわゆる社会風刺に特化した作品かといえば、そうではない。寧ろ、翻弄される人間の姿を見つめることこそが真の狙いなのだ。承認要求にがんじがらめになってしまうことも、名声を求め、力のある人物と対等になりたいと願うことも、なんと人間らしいことか。私たちは誰もポールのことを笑うことはできないだろう(勿論、映画は笑いどころで一杯なのだが)。
ところで、夢の中で何もしないというポールの存在をもっと突き詰めてみたらどうなっただろう? 最初は人畜無害なミームとして愛されるが、次第に何に対しても無関心で役立たずのミームとして攻撃されるといったふうに。「何もしないミーム」という存在は面白く、あっさり消えてしまうのはもったいない気がした。
ともあれ、そんなふうにあれこれと様々なことを想像させるのも本作の面白さの一つだろう。満足度の高い作品に仕上がっている。