韓国政府が秘密裏に進めていたプロジェクトの内容がアメリカに漏れ中断を余儀なくされる中、プロジェクトを指導していた国家情報院所属のチェ局長は、アメリカに成果を横取りされるのを阻止するため、敵の手に渡った最後のサンプルの強奪を企てるが・・・。
『暴君』は『新しき世界』(2013)、「The Witch/魔女」(2018、2022)シリーズなどでおなじみのパク・フンジョン監督が脚本・監督を務めた全4話からなるDisney+によるオリジナルドラマシリーズだ。パク・フンジョン監督が初めて手掛けたドラマであり、壮絶なアクションと強烈なサスペンス、容赦ない暴力シーンに満ちたパク・フンジョン監督の集大成的作品に仕上がっている。
『貴公子』(2023)でパク・フンジョン監督とタッグを組んだばかりのキム・ソンホが『貴公子』とは180度違う冷静沈着なキャラクターを演じている他、『貴公子』でキム・ソンホと対立する権力者を演じたキム・ガンウ、『楽園の夜』(2020)のチャ・スンウォン、パク・フンジョン作品の常連俳優であるチェ・ジョンウなどお馴染みの顔ぶれと共にオーディションで選ばれたチョ・ユンスが複雑なキャラクターを見事に演じている。
ドラマシリーズ『暴君』は、Disney+にて2024年8月14日より配信中。
目次
Disney+韓国ドラマ『暴君』(全4話)作品情報
2024年製作/韓国映画/全4話(合計2時間54分)/原題:폭군(英題:The Tyrant)
監督・脚本:パク・フンジョン
出演:キム・ソンホ、チャ・スンウォン、キム・ガンウ、チョ・ユンス、ム・ジンソン、キム・ジュホン、チャン・ヨンナム、チェ・ジョンウ、イ・ソンミン
Disney+韓国ドラマ『暴君』(全4話)あらすじ
雨が降りしきる夜、国家情報院に所属するチェ局長は車から降りて古い市場にある仕立て屋を訪れた。
女店主はある組織に属しており、これまでずっとチェ局長に情報を流して来たが、これが最後になると言う。
秘密裏に進行していたプロジェクトの情報がアメリカ側に漏れ、実験を廃棄するように圧力がかかっており、女性が所属する組織も暴力で制圧されてしまった。自分の命ももう長くないだろうと彼女は語った
彼女の最後の情報とは、ヘッドワンジャパンの特殊金庫の入港日についてだった。プロジェクトの関連書類は破棄されたが、サンプルが一つ残されており敵に渡ってしまった。金庫の中にはそのサンプルがおさめられているのだ。
金庫を開けサンプルを強奪するのは並大抵のことではないが、チェ・ジャギョンという技術者なら開けられるだろうと女性は述べた。ジャギョンはまだ若い女性で、殺し屋で技術者の父を最近殺されて亡くしたばかりだった。彼女は自身の中に双子の兄が現れる解離性同一症だという。
責任者として、このプロジェクトを押し進めて来たチェ局長は、なんとしてもこのサンプルがアメリカに渡ることを阻止しなければならなかった。
ジャギョンが父の遺体を発見したのは工業団地の駐車場に止められた車の中だった。父はバラバラにされひとつの鞄に詰められていた。
質素な葬式にやって来たのはヨン・モヨンという男だった。表向きはヘジャンクッ(解腸スープ)専門店の経営者だが、機関のスパイだという噂があった。
彼はジャギョンに特殊金庫を開ける依頼をしにやって来たのだ。ジャギョンは一度は依頼を断るが、金を積むからこれを最後に引退しろと説得され、仕事を引き受ける。
見事に護送車を襲い、サンプルをゲットしたジャギョンは、約束通りヨン・モヨンにサンプルを手渡すが、彼はジャギョンを始末するよう部下に命じていた。かろうじて生き延びたジャギョンは、ヨン・モヨンへの復讐を誓う。
「暴君」プログラムは、超人遺伝子薬物で最強の戦士を作るというものであった。チェ局長は、強奪に関係した者を全て殺すべく一度は引退した始末屋のイム・サンを雇う。
イム・サンは奇怪な怪物を目撃したことで床に臥せているある田舎の男性の家を訪ね、住人を殺して家を焼き払ったあと、ヨン・モヨンを殺すべく、彼が潜入している団地に出向いた。ヨン・モヨンの手下を皆殺しにするが、残念なことにヨン・モヨンはそこにはいなかった。
凶行のあとイム・サンが廊下ですれ違ったのは、ジャギョンだった。ジャギョンもヨン・モヨンを追ってここまでやって来たのだ。イム・サンはすれ違った際、彼女に見覚えがあった。彼はジャギョンも殺せと命令を受けていたのだ。
その頃、米情報機関の要員である韓国系アメリカ人ポールが韓国政府には任せておけないと自らソウルに乗り込み、チェ局長と対面していた・・・。
Disney+韓国ドラマ『暴君』(全4話)感想と解説
冒頭、「工場」に「会社」が踏み込んだという表現がなされているが、この「工場」も「会社」も部局が違うだけで同じ「国家情報院」のことだ。
キム・ソンホ扮するチェ局長を中心に、秘密裏に行っていたプロジェクトがアメリカの知るところとなり、プロジェクトの中止を迫られる。それを受けてアメリカの命令通り動く「会社」と、プロジェクトのサンプルをアメリカに渡したくないチェ局長たちの「工場」が対立するのだ。
「会社」が圧倒的に有利な中、「工場」側は傭兵や特殊技能者を介して、サンプルを強奪。それを知ったアメリカの諜報員が韓国に乗り込んで来る。
秘密のプロジェクトとは、「暴君プロジェクト」と呼ばれる「人類の進歩を助ける無限の可能性を秘めたウイルス」の開発である。つまり、遺伝子薬物で最強の戦士を作るというものだ。このあたりは「The Witch/魔女」シリーズの世界観を踏襲しており、スピンオフとも言われる所以だが、「The Witch/魔女」を観ていなくても十分楽しめる。
序盤は、人間関係がわかりにくく、少々、物語が見えにくいのだが、要はそのサンプルの奪い合いと、チェ局長による関係者暗殺命令によるバトルであり、ストーリー自体はいたってシンプルだ。
炸裂するアクション、残虐ともいえるバトルシーン、血なまぐさい銃撃戦といったパク・フンジョン監督節が全開で、魅力的なキャラクターたちが追いつ追われつしながら韓国中を駆け巡るのだからこれが面白くないわけがない。
注目すべきは、キム・ソンホがパク・フンジョン監督と初めてタッグを組んだ2023年の作品『貴公子』とは真逆のキャラクターを演じていることだろう。『貴公子』では、とびっきりの腕利きにも関わらず、ユーモラスな側面を持つ愛嬌たっぷりの殺し屋を演じていたが、今回はアクションシーンはほとんどなく、理知的で冷静、かつ目的遂行のためには冷酷な判断も辞さない人物を好演している。
彼が銃を持つシーンはごく僅かだが、とりわけ中盤、殺したくない人物を目を背けたまま撃ち殺すシーンが非常に印象的だ。
主にアクションを担当するのは、チャ・スンウォン扮するイム・サンという国家情報院の裏家業を歩んで来た男と、チョ・ユンス扮する、殺し屋で金庫破りの父に育てられた若い女性チェ・ジャギョンだ。
イム・サンはいぶし銀のようなベテランの殺し屋であり、一度は引退したものの退職金が少なくてバイトとして復帰して来たというユーモラスな側面を持つ。街の十数人のチンピラたちをやっつけた際は、老いを痛感し腰の心配をするなど、本作のお笑い担当ともいえるが、やっていることは残虐極まりない。
一方のジャギョンは、父を殺され、それでも静かに受け入れるつもりでいたのに、自身も命を狙われ、怒りを爆発させるキャラクターだ。自分を巻き込み罠にはめたヨン・モヨン(ム・ジンソンがなんともいい味を出している)の居場所を突き止めるために次々と関係者を殺害していく冷酷さも兼ね備えている。
チョ・ユンスはオーディションで見いだされた俳優で、アクションも自ら颯爽とこなし、解離性同一症という複雑なキャラクターも見事に演じている。パク・フンジョン監督は本当に新たな才能を見出すのがうまい。
この二人が対峙することとなり、銃器アクションが繰り広げられるのだが、この2人の対決シーンは勿論のこと、奥行きのある市場や、ホテルやクラブの細長い廊下での壮絶なバトル描写は圧巻だ。これぞまさに韓国アクションの醍醐味と言えよう。
本作は、もともと映画として製作されるはずだったものが最終的に全4話のドラマになったというが、少々時間の長い映画といってもいい出来栄えで、夜や闇を基調とするノワールな画面作りや、光と闇が一種のテーマにもなっているゆえに映画館で観たかったという思いについつい駆られてしまう。
ところで、本作のストーリーの基盤となっているアメリカの横やりの件だが、韓国が開発している究極の武器を分相応でないと中断させ、そのプロジェクトを取り上げようとしているアメリカに対してチェ局長は「ロシアや中国、日本もやっていることをなぜ韓国がやってはいけないのか」と珍しく声を荒げて問うている。
今の韓国とアメリカの関係性に対する韓国側からの本音とも取れるエピソードなのだが、それがDisney+という枠組みで描かれたのがなんとも興味深い。
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