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【映画『J005311』】河野宏紀監督インタビュー/ “一見無駄に見えるものにこそ真実が宿る”という思いが生んだ独特の映画話法

第44回ぴあフィルムフェスティバルで満場一致でグランプリに輝き、第35回東京国際映画祭でも上映され話題を呼んだ映画『J005311』が2023年4月22日(土)よりユーロスペースで公開されたのを皮切りに全国で順次公開されている。

関西では5月13日(土)よりシネ・ヌーヴォ、5月26日(金)より京都シネマにて上映、以降、元町映画館でも公開が予定されている。 5/13(土)にはシネ・ヌーヴォにて18:50の回上映後、河野宏紀監督、野村一瑛さん(主演)が登壇予定。

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ひったくりの現場を目撃したひとりの青年が、ひったくり犯である青年に「100万円差し上げるので、車で送って欲しい」と持ちかけたことからふたりの奇妙なドライブが始まる。

 

スペシャルアクターズ』、『由宇子の天秤』に出演した河野宏紀(こうのひろき)が出演と初監督を務め、生きづらさを抱えた若者たちの声にならない声を拾い、その孤独感に迫った。主演の神崎を新人俳優の野村一瑛(のむらかずあき)が演じている。

 

タイトルの『J005311』は、光ることなく浮遊していた二つの星が奇跡とも呼ばれる確率で衝突し、再び輝くようになった2019年に実際に発見された恒星の名前から取った。

河野宏紀監督

このたび、関西での公開を記念して、河野宏紀監督にインタビューを敢行。作品が生まれた経緯や、作品に込められた思いなど、様々なお話を伺った。  

 

目次

監督としてせめて一作品は残したいという想い

(C)2022「J005311」製作委員会(キングレコードPFF

──まず、本作を制作するに至った経緯を教えていただけますか。

 

河野宏紀(以下、河野):19歳で役者を志してある俳優養成所に入ったんですが、その時の同期で一緒にやっていたのが今回主演した野村一瑛でした。

養成所での一年が終了し、ふたりで映画を作らないかと話をするようになり、監督・脚本を共同でやろうと準備を進めていたんですがうまくいかなくて、その話は一旦なしになってしまいました。

『J005311』は2022年3月に撮ったのですが、その前年あたりくらいから、役者を辞めようと考え始めていて、辞める前に監督としてせめて一作品は残したいと強く思うようになりました。

後悔のないようにと、もう一回野村と話し合ったところ、野村も作品を作りたいと考えていたらしく、でも前みたいに進まなくなってしまってはいけないので、今回は別々に、先に脚本が出来上がった方から撮ろうということになって、たまたま僕のほうが早く書き上がった。それを野村に見せてOKをもらって、そこからふたりで資金やロケハン、スタッフ集めなどを一から始めたという流れです。  

 

──もともと映画がお好きで役者を目指されたのですか。

 

河野:そういうわけではないです。メジャーの大作映画などは観てはいましたが、そこまで好きというわけではなく、どちらかというと映画館の雰囲気が好きでちょこちょこ通っていたという感じでした。役者を志してから、もっといろいろな映画を観てみたいと思うようになり、そこから視野が広がって行きました。

野村と映画を作りたいと考えたのも、何かきっかけなどがあったわけではなくて、ごくごく自然な思いから出たものでした。

作品を作り上げることに最大の価値を置いていた

(C)2022「J005311」製作委員会(キングレコードPFF

──野村一瑛さんは撮影時のことを振り返って「撮影当時の河野は狂っていた。恐らく全世界の人達が敵になっても彼はこの映画を作るのを辞めなかったと思う」とコメントされていますが、河野さんご自身は当時のことを振り返って今、どのように感じておられますか。

 

河野:よく「映画は観客の方に観てもらって初めて完成する」と言われますが、今作に限ってはそんなことはまったく念頭になくて、この作品を作り上げることに最大の価値を置いていました。

自分が役者として、監督としてどうなるということではなくて、完成させられなければ一人の人間として駄目になるんじゃないかとそんな思いもありました。

リハーサルも、2ヶ月間、野村やカメラマンのさのひかるを毎日のように呼んでやっていて、また、今回9割ぐらいがゲリラ撮影だったこともあり、毎日のようにトラブルがあって、撮影ができなくなる事態も多々ありました。

独り善がりの面もあったかもしれませんが、とにかく僕自身は失うものがないというか、正直死んでもいいという気持ちで望んでいたので、そうした雰囲気が野村には「狂っている」と伝わったのかもしれません。  

 

──撮影がすごく大変だったということですが、樹海での撮影はどんなふうだったのでしょうか。

 

河野:あの場所を最初に見つけた時、ここがいいなと直感的に思ったんですけど、リハーサルの段階では雪はまったくなかったんです。でも、撮影の日が迫ってくるに連れて雪が積もったり、逆にどんどん溶けてきて、滑ったりするので怪我もしがちですし、衣装が汚れるというリスクもありました。リハーサルでは10回ぐらいこの山梨の現場に通ったんですけど、撮影日は、陽の関係でワンテイクで撮るしかなくて、ただ、ずっとリハーサルで動きとかお芝居を繰り返してきたので、そこは信じて撮って、野村が本当に納得いく芝居をしてくれたので一発で終わらせることができました。

野村一瑛という役者について思うこと

(C)2022「J005311」製作委員会(キングレコードPFF

──河野さんから見て、野村さんはどういう役者さんだと思われますか。

 

河野:僕は人とのコミュニケーションがすごく苦手なんですが、彼はそれ以上に不器用なやつで、最初に出会った養成所の時などは、僕から見たらその不器用さゆえにやっぱりお芝居が面白いというか、人とかぶらない何かを持っているんですね。上手いかというと、僕はあんまりそうは思ってないんですけど、とにかく独自の個性を持っているので、今回は暗い性格の役柄ですが、それとは真逆の変な役のほうがはまるのではないかと感じています。いろんな役を映画で観てみたいと思わせる興味深い俳優です。

登場人物に密着し長回しで撮り続ける

(C)2022「J005311」製作委員会(キングレコードPFF

──ずっとカメラが野村さん演じる神崎に密着し、長回しで撮っていて、途中でカットを割ることもありません。説明的なことは何も描かれないのですが、その長回しの映像を観ているうちに次第に神崎の心情が伝わってくる、そこに大きな驚きと感動を覚えました。この映像スタイルにされたことについてお話いただけますか。

 

河野:普通はカットするようなところもずっと長回しで撮っているわけですけれど、映画に限ったことじゃなく、一見、無駄とされるところにこそ、一番大切なものがあるのではないかと僕は思っていて。台詞も少なくて、バックグラウンドの説明も何もないんですけど、この主人公の神崎をちゃんと捉えたいという気持ちがありました。神崎という男をみつめて、寄り添ってあげたかった。  

 

また、そもそもカット割りがどうとかいう知識もなく、そういう技術もなかったので、だったら技術を使わずに、ただ捉えるということに重きを起こうじゃないかと。映像の雰囲気としては緊張感をもたせるための長回しとか、いろいろそういうものが重なってこういう形になりました。

カメラワークは僕が8割くらい考えて、カメラマンのさのひかるに説明して一緒にリハーサルをしたり、頭で考えても不自然になってしまうシーンではさのにまかせたりしました。

 

──河野さんが演じられた山本というキャラクターはまず何よりも素早く走る姿で登場するという神崎とは真逆の人物です。キャラクターの設定に関しては演じるお二方の性格などが投影されていたりするのでしょうか

 

河野:全部が当て書きではないですけれど、内面的にどこか投影はさせたいなと思っていたのは確かです。

脚本はあくまでも頭の中で考えたことなので、最初の出会いのシーンでの口論などはやっぱりちょっと違うなと感じて、皆で話し合ったり、エチュードをやってみて、それをカメラで撮っておいて、本当に出た言葉を脚本に落としていきました。 

現在の心境とこれからについて

(C)2022「J005311」製作委員会(キングレコードPFF

──当初は、誰かに観てもらうということは考えていなかったとのことでしたが、ぴあフィルムフェスティバルでグランプリを受賞し、東京を皮切りに公開も始まりました。今、どのように感じておられますか。また、次回作を作るに際して、気持ちの上で変化はありますか?

 

河野:つい数日前まで、劇場公開しても実感が湧いてこなくて、本当に公開していいのかと思っていたくらいなんですけど、ようやく自覚し始めたところです。

娯楽作品とはまったく真逆の作品なので、退屈だという声や、寝てしまったという人もいるかもしれませんが、それでも全然いいのかなと。ともかく劇場に足を運んでくださるだけで僕は嬉しいです。

 

また、今後、監督としてコンスタンスに撮っていきたいかと言われるとまだそこまでは考えていないのが正直なところです。ただ、今、ひとつ撮りたいものがあって、それは必ず完成させたいです。  

映画『J005311』のあらすじ

(C)2022「J005311」製作委員会(キングレコードPFF

神崎(野村一瑛)は何か思い詰めた表情で、街へ出かける。タクシーが捕まらず、背中を丸め道端に座り込んでいると車道越しにひったくり現場を目撃。一心不乱に走り出した神崎は、ひったくりをしていた山本(河野宏紀)に声をかけ、100万円を渡す代わりにある場所へ送ってほしいと依頼する。山本は不信に思いつつも渋々承諾し、二人の奇妙なドライブが始まった。気まずく重い空気が漂う中、孤独な⼆⼈が共に過ごす歪な時間。この旅路の行きつく先は―。

(公式HPより https://j005311.com/

映画『J005311』の作品情報

2022年/日本/カラー/DCP/90分/配給:太秦

監督・脚本・編集:河野宏紀 撮影:さのひかる 録音:榊祐人、整音:榊祐人、河野宏紀 衣装:河野宏紀、野村一瑛 撮影協力:ROCKY、和田裕子、谷口巳恵 英語字幕:蔭山歩美 字幕チェック:Janelle Bowditch 英語字幕データ制作:廣田孝