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映画『裸足で鳴らしてみせろ』感想・レビュー /工藤梨穂監督が描く偽りの旅と孤独を埋めるためのラブバトル

『オーファンズ・ブルース』にてPFFアワード2018グランプリ・ひかりTV賞のW受賞を果たした工藤梨穂PFFスカラシップ作品として制作した商業映画デビュー作『裸足で叫んでみせろ』

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偽りの旅を制作する寡黙な青年二人。芽生えた感情はバトルとも呼ぶべき肉体のぶつかり合いへと向かい・・・。『オーファンズ・ブルース』のアキ役として鮮烈な印象を残した佐々木詩音と『アルム』(2020)などの諏訪珠理がW主演を務めた狂おしくも鮮やかな青春映画。撮影監督を『寝ても覚めても』(2018)、『あのこは貴族』(2021)の佐々木靖が務めている。  

 

目次

 

『裸足で鳴らせてみせろ』作品情報

(C)2020 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

2021年製作/128分/日本

監督・脚本:工藤梨穂 撮影:佐々木靖之 音響:黄永昌 美術:柳芽似 ヘアメイク:大宅理絵 衣装:藤原千弥 編集:山崎梓 音楽:藤井草馬 主題歌:soma 助監督:平波亘 出演:佐々木詩音、諏訪珠理、伊藤歌歩、甲本雅裕、木村知貴、円井わん、高林由紀子、淡梨、細川佳央、風吹ジュン

 

『裸足で鳴らせてみせろ』感想・評価

(C)2020 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

クロールで15mしか泳げない阿利直己(佐々木詩音)は、プールに通い始めて、監視員のアルバイトの男性・槙(諏訪珠理)と知り合う。槙は目の見えない養母・美鳥(風吹ジュン)に「わたしの代わりに世界を見てきて」と頼まれ、直己と共に、廃品回収で手に入れたレコーダーに、偽りの旅の音を録音し始める。

イグアスの滝サハラ砂漠、青の洞窟、フェアバンクスのオーロラ、アンテロープキャニオンetc・・・。

音を作る手立ての発見や工夫は、想像力という豊かな感性を引き出し二人を夢中にさせ、観る者をも魅了する。それらの行為は、映画制作におけるフォーリーサウンドを連想させ、虚構から真理を映し出す映画そのものにも想いをめぐらせる。  

 

しかし、直己は虚構の旅から本物の旅をしたいと望むようになる。そもそも槙が虚構の旅を始めたのは、美鳥から預かった通帳に美鳥が思っているほどの金が残っていなかったからだ。金が無くてもどこにでも行けたはずだったのに、結局は美鳥を騙していたのではないかという後ろめたさを彼らは拭えないでいる。

さらに直己は、「家族」という形にこだわる父親に“幽閉”された日常を送っている。ここから出ていきたいと望むものの、それは簡単なことではない。プールでクロールと背泳を試みるも前にも後ろにも進めない直己の姿は彼の「今」を象徴するものだ。

やっとの思いで父に家を出ていくことを宣言したものの、直己の預金は父に勝手に使われていた。金がなければなにもできないのか。学生時代の友人は軽々と海外へと飛んでいったというのに(もっとも彼女も、失意のうちに帰国するのだが)。

 

工藤梨穂監督はPFFアワード受賞作の前作『オーファンズ・ブルース』で、近いうちに世界の終わりがやってくるのを悟りながら生きる若者たちを描いた。しかもヒロインは今さっき行ったことすらもすぐに忘れてしまう健忘症のような状態に陥っている。

未来の幸せというものが想像し難い世の中を生きる若者たちの悲しみと歓びを描くという主題は本作にも継承されている。直己は「今でなくてはいけない」と焦り、長いスタンスで準備すればいいと言う槙とぶつかってしまう。

 

若者が生き急ぐのは、何も今に始まったことではない。しかし、直己を突き動かす希望と絶望はまさしく今の時代の空気感を反映しているだろう。それらは希望よりも絶望を、歓びよりも苦痛を伴うように映る。

 

そんな中、直己と槙の間には互いに特別な感情が沸き起こる。工藤梨穂監督がジャック・ドワイヨンの『ラブ・バトル』(2013)に影響を受けたと語っているように、直己と槙はレスリングのように相手を抱え込もうとして反発され、やり返されてさらにやり返し、体を密着させてもがきながら「バトル」を繰り返す。

『ラブ・バトル』での男女の格闘は互いの愛を確認するために必然で必死な格闘で、野外で泥まみれになりながら、あるいは、階段の下から上へと重なり絡みながら、最終的には愛の成就に至るのに対して、直己と槙の重なりは暴力となり相手を傷つけてしまう。

彼らが相手を強く引き寄せ、絡み合う様はまるで、二人の間に隙間が出来るのを恐れているかのようにも見える。『ラブ・バトル』では、男性が女性に「孤独と闘うならもっと力をつけろ!」と叫ぶシーンがあるが、直己と槙の絡みも単なる「愛」の代替表現ではなく、孤独から逃れようとする闘いでもあったのだろう。

 

ラストシーンは、工藤監督がこの映画を制作されるにあたって初期の頃にはっきりとした映像が浮かんだものだという。それだけにひどく印象的で心を締め付けられるシーンである。

劇中、イグアスの滝について語る際、「なにかの映画で出てきた」と美鳥は表現していたが、その映画、ウォン・カーウァイの『ブエノスアイレス』(1997)で、「会いたいときにはいつでも会えるから」と微笑んでみせたトニー・レオンに対して、ブエノスアイレスの小さなアパートの一室でパスポートを失ったまま孤独に耐えているレスリー・チャンの姿が、このラストシーンの直己と重なって見えた。

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